世界最高峰のパフォーマンス集団シルク・ドゥ・ソレイユ。その妙技を余すところなく、しかも3D映像でスクリーンに映し出す「シルク・ドゥ・ソレイユ3D 彼方からの物語」が9日から全国で公開された。といっても今作は、彼らのパフォーマンスを3Dカメラに収めただけの、いわゆるドキュメンタリーではない。彼らの代表作「オー」や「カー」といった七つのショーを背景にした、この映画のためだけに作られたオリジナルストーリーが展開する。メガホンをとったのは「シュレック」や「ナルニア国物語」などで知られるアンドリュー・アダムソン監督。アダムソン監督は「ミュージカルでもドラマでもなく、典型的なストーリーがない“シルク”を、いかに映画的な手法で表現し、感情的な物語として観客に伝えられるかは、ある種、実験でした」と語る。今年の東京国際映画祭での上映に合わせ来日した監督に話を聞いた。(りんたいこ/毎日新聞デジタル)
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映画は、サーカス団の公演を訪れた少女ミア(エリカ・リンツさん)が、空中ブランコ乗りの青年(イゴール・ザリポフさん)と出会い、その青年が公演中に姿を消したことから、彼を追うミアもまた異世界へと迷い込んでしまう……というストーリー。青年を探してテントに入るたびに、「オー」や「カー」、「ミスティア」「ザ・ビートルズ・ラブ」といった七つショーがミアの目の前、つまり観客の目の前に広がっていく構成になっている。
映画化にあたって、まずアダムソン監督がしたことは「シルクの世界に自分を没入させ、その本質を見極めること」だった。それで見えてきたのが「夢」。夢の世界ではなんでも起こりうる。そういうストーリーはないかと考えたとき、浮かんだのが「不思議の国のアリス」だった。「出発点は現実の世界でも、アリスが穴に落ちることで夢の世界に入り込み、なんでも可能になる。その世界を思い描き」ながら、今作を作っていったと明かす。
そもそもアダムソン監督とシルクとの出合いは90年代にまでさかのぼる。当時、ロサンゼルスに住んでいたアダムソン監督は、友人に勧められて、サンタモニカまでシルクの公演「サルティンバンコ」を見にいった。当時のことを「まさに夢の世界に連れていかれた感じがした。照明が落ち、音楽が聞こえてきて、パフォーマンスが始まったとき、不可能が可能になったと感じた」と振り返る。そのときの感動をそのまま観客に伝えるべく、今回の映画では、月がボールになるなどの場面転換のとき以外、コンピューターグラフィックス(CG)は使っていない。また、40フィート(約12メートル19センチ)もの上空で踊る彼らの「危険性や空間的広がり」、さらに「クローズアップの美しさ」を伝えるために3Dカメラを使用した。
ただ、撮影には困難を要した。というのも、通常の撮影のように適当なところで“演技”を止めることができないからだ。シルクのパフォーマンスは、「メカニカルなプログラムがなされていて、いくつかのストップポイント以外で止めることは非常に危険」なのだという。また、パフォーマーの体力が消耗するから「2、3回のテークがせいぜい」で、そのために撮影隊が行ったことは、カメラを増やすことだった。多いときには18台の3Dカメラを同時に回したという。そのカメラの提供者は、製作総指揮として参加しているジェームズ・キャメロンさん(「タイタニック」や「アバター」監督)だ。そのキャメロンさんは今作について「夢の中でサーカスに迷い込んだよう」であり、「演出や衣装デザインの巧妙さ、苦もなく流れるような演技をするアーティストたちの力強さや敏しょうさを体感することができる」と評している。
ところで、クライマックスの、ミアと青年による空中でのバレエは、今作の中でもとびきりロマンチックだ。アダムソン監督が「『風と共に去りぬ』をイメージし」、“愛の高まり”を表現したものだが、「具体的な振り付けは、ほとんど(リンツさんとザリポフさんの)2人がやったようなものだ」と謙遜する。監督にとってもお気に入り場面の一つで、「今見ても感動する。40フィートの高さで、足1本で支えられるのは、相手を完全に信じていないとできない。その身体表現がそのまま2人の感情の絆を見せてくれるからこそ、感動がより高まるのだろう」とリンツさんとザリポフさんをたたえた。
「ライブ(公演)には、パフォーマーと観客のある種の“対話”がある」と、その点では映画よりライブの方に軍配を上げる。しかし今回は、3Dという最新の撮影技術を駆使し、「映画ならではのユニークなもの、映画でしか見られないシルク」を見せることに全精力を注いだ。その出来栄えについて、「シルクのライブを見たから映画を見たい、あるいは、映画を見たからライブを見たいと、互いをサポートし合うものになっていると思う」と胸を張り、“実験”の成功を確信していたようだった。映画は9日から全国で公開中。
<プロフィル>
1966年、ニュージーランド・オークランド出身。ニュージーランドのアニメーションスタジオで、コンピューターアニメーターとしてキャリアをスタートさせ、91年、米ロサンゼルスに移住、PDIカリフォルニア(現PDIドリームワークス)に入社。視覚効果スーパーバイザーとして手掛けた作品に、「バットマン フォーエヴァー」(95年)、「バットマン&ロビン/Mr.フリーズの逆襲」(97年)などがある。監督としてのデビュー作は、01年の「シュレック」で、米アカデミー賞長編アニメーション賞に輝いた。続く「シュレック2」(04年)の監督・脚本を経て、05年には初の実写映画「ナルニア国物語/第1章:ライオンと魔女」を監督(脚本も)。続く「ナルニア国物語/第2章:カスピアン王子の角笛」(08年)でも共同脚本、監督、製作を担当した。
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