86年にソビエト連邦(現ウクライナ)にあるチェルノブイリで起きた原子力発電所の事故。そのとき、周辺で暮らす人々は何を思い、どんな行動をとったのか。そしてその後、その土地はどうなったのか。事故当時とそれから10年後をフィクションとして描き、事故から27年後の今も立ち入り制限区域に指定されている土地で撮影した「故郷よ」が9日から全国で順次公開された。メガホンをとったのは、これまでドキュメンタリー作品を手掛け、今作が長編劇映画デビュー作となる女流監督のミハル・ボガニムさん。脚本も手掛けた。母親がウクライナ地方に遠いつながりがあったことが、今作に向かわせるきっかけとなったという。1月に来日したボガニム監督に話を聞いた。(りんたいこ/毎日新聞デジタル)
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物語は、チェルノブイリ原発事故が起きたその日、3キロ離れた町プリピャチで結婚式を挙げたアーニャ(オルガ・キュリレンコさん)や原子力発電所の技師アレクセイ(アンジェイ・ヒラさん)を中心に進む。前半では、事故当時の彼らの様子を、後半では10年後、故郷にとどまり、チェルノブイリのツアーガイドとして働くアーニャと、故郷を見失い放浪の旅を続けるアレクセイとその家族を描いていく。
−−ドキュメンタリーではなく、あえてフィクションとして撮ったのはなぜでしょう。
リアルなものには、むしろ共感しづらいことがあります。私が撮りたかったのは、事故そのものではなく、キャラクターそれぞれのドラマであり、彼らの生活や変化です。観客のみなさんには、詩的なもの、映像美を楽しみつつ、そうしたものを一緒に体験してもらえる作品にしたかったのです。
−−チェルノブイリ事故当時、あなたは12歳でパリにいました。実際のニュースを覚えていますか?
あのときは政府が情報を止めていたせいで、危険かどうかも分かりませんでした。爆発したときできた雲が、フランスの国境手前で止まったという情報が流されたりしていました。
−−今回の作品で撮影が困難だったシーンは。
一つは(事故が起き)町の人々が避難するシーン。たくさんの人を使って撮影するのは難しかった。また、バスの窓からのショットを、どんな構図にするかにもこだわりました。特にあの場面は、この映画にとって大事なシーンなので、かなり注意を払いました。また、前半の第1部は86年当時の様子を描いていますが、当時の風景や雰囲気を出すのに苦労しました。何を見せていいか、何を見せたいか、そういうのものにも気を使いました。
−−検閲が厳しかったと聞いています。見せてはいけないものをあえて映したということはありましたか。
主人公のアーニャが終盤、被爆の影響で病気になる設定はやめろといわれましたが描きました。また、(チェルノブイリから西に60キロ離れた都市)スラビティチの市長がスピーチをしている場面は、テレビのドキュメンタリー番組からとった映像ですが、あれも使用を止められましたが使いました。その市長からは、後日、あんなことはいっていないといわれましたが、実際、記録に残っていますし、私も一切手を加えていません。
ほかにもいろいろありますが、そもそも撮影自体が立ち入り制限区域で行われており、そこを管理している公的機関にとって、この映画のほとんどは映ってほしくないものなのです。当局は放射能の影響がいまだに続いていることを描かれることを嫌がりました。彼らはこれを、(原発事故の処理に当たる人々の)ヒーロー映画にしてほしかったようです。でも私はそれよりも、被害を受けた人々に焦点を当てたかった。ですから、非常に影響力のあるオルガ(「007/慰めの報酬」などに出演したオルガ・キュリレンコさん)が出演してくれたことには助けられました。
−−完成した作品を当局は見たのでしょうか。
正式に連絡があったわけではないので分かりませんが、最初にウクライナで上映したときのリアクションは、よくなかったようです。
−−このあと福島に行かれるそうですね。
福島へは今回の映画を上映するために行きます。観客の方々と(原発事故)当時の経験について語り合い、思いを分かち合いたいです。被災地にも足を運ぶつもりです。
−−今後の抱負を聞かせてください。
これからはフィクションを作っていきたいと思っています。ドキュメンタリーはフィクションを撮る上で、とてもいいトレーニングになりました。ドキュメンタリーを撮っていたからこそ、ドラマに社会的、政治的なものを盛り込める勘が鋭くなり、フィクションだけを撮っている監督とは違う描き方ができたのだと思います。ロシアやポーランドの映画学校では、フィクションを撮る前にドキュメンタリーで経験を積ませる授業があるほどです。それほどドキュメンタリーは、ストーリーを作る上でも、撮影方法においても、いい勉強法なのです。
*……この取材から2日後、ボガニム監督は福島県飯舘村と南相馬市を訪れた。同行した映画関係者によると、ボガニム監督は津波の被害に遭った南相馬市の海岸沿いの街を訪れた際には、すべてが流された光景に絶句していたという。また、津波は免れたものの、福島第1原発事故の影響で避難区域に指定され、住民が姿を消した街中では、瓦解(がかい)した建物がそのまま残る現在のプリピャチと比較し、「電気も通っていて街がきれい」という感想を漏らし、時折通る自動車が赤信号できちんと止まるのを見て感心していたという。映画は9日からシネスイッチ銀座(東京都中央区)ほかで全国で順次公開中。
<プロフィル>
1973年、イスラエル・ハイファ生まれ。幼少期に両親がレバノン戦争に巻き込まれ、家族でパリに移住。ソルボンヌ(パリ大)で人類学を学び、ドキュメンタリー作家の故ジャン・ルーシュさんに師事し映画製作を学ぶ。その後、イスラエルに戻り、ヘブライ大学で哲学と歴史を専攻。99年、ロンドンに渡り、国立映画テレビ学校で監督業を学ぶ。05年に発表した「ODESSA…ODESSA!」は、ベルリン国際映画祭など50以上の映画祭に招待され、各国で上映された。現在はパリとテルアビブを拠点にしている。
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