さよなら渓谷:真木よう子と原作・吉田修一に聞く 「あえて自分に戻らないと崩れてしまう」難役

映画「さよなら渓谷」について語った主演の真木よう子さん(左)と原作の吉田修一さん
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映画「さよなら渓谷」について語った主演の真木よう子さん(左)と原作の吉田修一さん

 「悪人」「横道世之介」など作品の映画化が続く吉田修一さんの小説を、「ケンタとジュンとカヨちゃんの国」(09年)や「まほろ駅前多田便利軒」(11年)が高く評価された大森立嗣監督が映画化した「さよなら渓谷」が22日から全国で公開された。15年前に起こった残酷な事件。その加害者の男と被害者の女が寄り添いながら生きている。第三者にはにわかには信じがたい状況とその背景を、物語はつづっていく。原作の吉田さんと、主演の真木よう子さんに話を聞いた。(りんたいこ/毎日新聞デジタル)

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 「正直にいうと、(真木さんが演じる)かなこという女性がああいう事件に遭い、その後の人生を過ごす上で何を考え、何を感じているのかは分からないんです。その分からなさを埋めていくというのかな……。分かればいいなと思いながら書いていたような気がします」と執筆当時の気持ちを、言葉を選びながら語る吉田さん。隣にいる真木さんも、吉田さんの言葉にうなずきながら「もし、俊介とかなこのような人たちが本当にいたとしても、その人たち自身も、その気持ちを明確な言葉で表現できないと思うんですよね」と語る。

 吉田さんと真木さんがいう尾崎俊介(大西信満さん)とかなこ(真木さん)の夫婦は、緑豊かな渓谷でひっそりと暮らしている。あるとき隣家の若い母親が実の幼い息子を殺す事件が起き、その共犯者として俊介の名前が挙がる。通報したのは、かなこ。なぜ妻は夫を“差し出した”のか。週刊誌記者・渡辺(大森南朋さん)の取材を通して、やがて15年前に起きたある事件が浮かび上がる。

 真木さんは、今回の話が来たとき、過酷な経験をした女性の役であったにもかかわらず、強い覚悟を持って引き受けた。かなこと同様の被害に遭った人たちの本を読むなどし、また吉田さんが書いた原作の、ヒロインの詳しい心理描写をベースに役作りをした上で撮影現場に入り、「感じたことをそのまま表現する」ことに重きを置いたという。そうやって挑んだものの、「放っておくと心を侵食され、食事がのどを通らなくなる」ほどだったという。その気持ちにあらがうために、演じながら「今、自分の身に起きていることは真木よう子にではなく、役に起きていること」と言い聞かせた。「明るい曲を聴いたり、自分の幸せを顧みたり」することで、感情のはけ口を作っていった。「あえて真木よう子に戻るという作業をしたのは初めてです」と真木さんはいう。「そうでもしないと、きっと崩れてしまう」、それほど演じるにあたって自らを追い込んだ。

 真木さんがかなこを演じると聞いたとき、吉田さんはテレビドラマ「SP」での演技などから、日ごろ真木さんに「男っぽいイメージ」を抱いていたといい、「全然想像できなかった」と打ち明ける。しかし完成した映画を見た今では「自分が想像していたかなことも全然違う、映画のかなこを真木さんが作り上げてくれた」とたたえる。

 吉田さんが映像化された自分の作品を見て、一番驚くのは「せりふですね」という。「俳優さんたちの声で聞くと、自分が書いたカギカッコの中の文章が、まったくニュアンスが違って聞こえたり、強くなったりする」のだという。そして、今作の橋の上での真木さんの「私たちは、幸せになるために一緒にいるんじゃない」というせりふを耳にしたとき、「書いたときの何十倍もインパクトがあった」と明かす。小説を書くとき、「これがテーマだと決めて書くわけではなく、割とディテールを積み重ねていって、テーマはそのあと」という吉田さんは、真木さんのそのせりふを聞いたとき、「ここを目指して、僕はこの小説を書いたんだと改めて思った」と思い至った。

 吉田さんは映画の見どころをエンディングだという。「僕自身、これは、希望というか明るい結末だと思っていました。そうしたら真木さんがいうんです、『違うんです』と(笑い)。真木さんが演じた女性は、この時期は人生の一部ではなく、まったく別の世界を生きている。だからこそ、かなこと俊介は一緒にいられたのだと。それを聞いたとき、本当にその通りだと思いました。ですから、見どころではないのですが、原作者でさえ自分の価値観がガラッと変わったので、それを観客の皆さんにも体験してもらえたら」と言葉をつないだ。

 一方の真木さんは、今作のエンディングに流れる曲「幸先坂(さいさきざか)」を歌っている。真木さんが以前参加したアルバムを聴いた大森監督が「声の雰囲気がこの作品には合う」と思い、たっての希望で実現した。このオファーに真木さんは「自分は歌手ではないから」とためらったが、もし歌うのであれば、「親交があり信頼できる椎名林檎さんに書いてもらえるならうれしいし心強い」という話をし、椎名さんもラッシュ映像を見て快諾してくれたという。真木さんは、自分が歌うテーマ曲を「見どころ」とされたことに「恥ずかしい」と恐縮しながら、「林檎さんは、映画の世界観にぴったりの詞と曲を仕上げてくださった。私自身は慣れていないレコーディングだったのですごく緊張しましたが、かなこの気持ちで歌ったので、そう思って最後まで見てもらえたらうれしいです」と笑顔を見せた。映画は22日から全国で公開。

 <真木よう子さんのプロフィル>

 1982年生まれ。千葉県出身。2001年、映画「DRUG」で女優デビュー。06年、映画「ベロニカは死ぬことにした」で初主演を飾り、映画「ゆれる」では、第30回山路ふみ子映画賞新人女優賞を受賞。ほかに映画「SP警視庁警備部警護課第四係」(07年)やテレビドラマ「週刊真木よう子」(08年)、NHK大河ドラマ「龍馬伝」(10年)、ドラマ「最高の離婚」(13年)などに出演。ほかの主な出演作に、映画「モテキ」(11年)、「指輪をはめたい」「源氏物語 千年の謎」(ともに11年)、「外事警察 その男に騙されるな」「つやのよる」「すーちゃん まいちゃん さわ子さん」(すべて12年)など。今作で7年ぶりの映画主演を務めた。公開待機作に福山雅治さん主演の「そして父になる」(13年)がある。

 <吉田修一さんのプロフィル>

 1968年生まれ。長崎県出身。97年、「最後の息子」で文学界新人賞受賞。2002年、「パレード」で山本周五郎賞、「パーク・ライフ」で芥川賞、07年の「悪人」で大佛次郎賞、10年、「横道世之介」で柴田錬三郎賞を受賞。著書の多くが映画化され、10年の映画「悪人」では監督の李相日監督と共作で脚本を出がけ田。短編映画「water」を自身で監督したこともある。

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