トルナトーレ監督:「鑑定士と顔のない依頼人」 鑑定士の話に広場恐怖症の女性の実話を合わせた

最新作「鑑定士と顔のない依頼人」について語ったジュゼッペ・トルナトーレ監督
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最新作「鑑定士と顔のない依頼人」について語ったジュゼッペ・トルナトーレ監督

 イタリアの映画監督ジュゼッペ・トルナトーレさんの最新作「鑑定士と顔のない依頼人」が13日から全国で順次公開されている。一流の美術品鑑定士が、屋敷の一室に閉じこもる女性から鑑定依頼を受けたことで巻き込まれる上質のミステリーで、トルナトーレ監督自身が脚本を手掛けている。「これはミステリーだが愛の物語」と語る監督に、10月に開かれた東京国際映画祭で来日した際、話を聞いた。(りんたいこ/フリーライター)

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 映画の主人公は、類いまれな審美眼を持ち、わずかな痕跡から真贋(しんがん)を見極めることができる美術品鑑定士バージル・オールドマンだ。彼は世界の一流オークションからのオファーが絶えないオークショニア(競売人)でもある。そんな彼の元に、クレア(シルビア・ホークスさん)という若い女性から、両親が残した絵画や家具を査定してほしいという依頼が来る。ところがクレアはあれこれ口実を見つけてはバージルとの約束をほごにし姿を現そうとしない。やがてバージルは、彼女が屋敷内の隠し部屋にいることを突き止めるが、それがバージルを、新たな領域に踏み出させてしまう……というストーリーだ。バージルを演じているのは「パイレーツ・オブ・カリビアン」シリーズ(2003~11年)や「英国王のスピーチ」(10年)などで知られるジェフリー・ラッシュさん。

 トルナトーレ監督が今回の作品を作った直接的な要因は、美術品オークションのカタログだった。「ある時期から私の事務所にオークションのカタログが届くようになってね。最初は興味は湧かなかったが、何気なくページをめくっているうちに、オークションの世界では美術品がものすごく豊かな言葉で表現されていることを知ったんだ」と振り返る。それが、トルナトーレ監督の創作意欲に火をつけた。いくつかのオークションに足を運び、そこで采配を振るオークショニアを目にし、「なんて面白い職業なんだろう」と思ったという。「オークショニアが出てくる映画はこれまでにもあったが、その人そのものに焦点を当てた作品はほとんどなかった」という。そこから鑑定士の物語が生まれ、さらに、20年前に耳にして以来、温め続けてきた、何年も家の中に閉じこもる広場恐怖症の女性の実話が合わさって、今回のストーリーが組み上がっていった。

 オークショニアを描くのだから、絵画が登場するのは「ある種の必然」だった。バージルは、自宅に数々の名画を所有している。それらを彼がどのように入手したかはここでは触れないが、とにかく、その肖像画の女性たちこそが、彼が唯一愛せる“人間”だった。トルナトーレ監督は、バージルについて「優秀な鑑定士であるが、実生活では社会や人間と真っ当な関係を築けない男。特に女性との関係をまったく結べないでいる。目を正面から見ることすらできない」と表現する。そして、元来潔癖症でもある彼は、普段、手袋を外すことはない。「バージルが唯一認める世界は美術だけ。手袋は、彼の他人に対する不信感と軽蔑の表れなんだ」と説明する。

 そのバージルが、あるきっかけから手袋を脱ぎ、クレアに触れる。「あそこで手袋を外すのは、ちょっとあからさまだったかなと思っている」と少しの後悔を口にしつつ、「あれが、彼が生身の人間に触れる瞬間だった」と強調する。ちなみに劇中には、ルノワールやゴヤ、ボッカチーノらが描いた数々の女性の肖像画が登場する。“彼女たち”が一堂に会する場面は圧巻だが、トルナトーレ監督のお気に入りはモディリアーニの作品だそうだ。

 これは、一流の鑑定士が、図らずもある出来事に巻き込まれていくミステリーだ。しかし、トルナトーレ監督は「私はこの映画をラブストーリーのつもりで描いた」と言い切る。そして「確かに語り口はミステリーだが、古典的なミステリーの要素は排除した。殺人もなければ殺人者もいない。刑事もいない。愛というものをミステリーになぞらえて見せていきたかったんだ」と、あくまでも今作が初老の男が体験する愛の物語であることを主張した。

 ところで、トルナトーレ監督といえば「ニュー・シネマ・パラダイス」(1989年)が有名だ。今作のラストには意味深な場面が用意されている。そこに映る大小さまざまの歯車。それは、フィルム映写機のリールに見えなくもない。そう指摘するとトルナトーレ監督は「フィルム映写機とはまったく関係ないが、でも、フィルム映写機は解体すると歯車が隠れているからね。その意味では、あながち検討違いの指摘ではないよ」と笑顔を見せた。映画は13日から全国で順次公開中。

 <プロフィル>

 1956年生まれ、イタリア・シチリア州出身。1976年、短編ドキュメンタリー「荷馬車」で監督デビュー。長編劇映画初監督作は「“教授”と呼ばれた男」(86年)。89年、脚本、監督を務めた「ニュー・シネマ・パラダイス」が米アカデミー賞外国語映画賞に輝くなどし、全世界で大ヒットを記録。主な作品に「みんな元気」(90年)、「記憶の扉」(94年)、「明日を夢見て」(95年)、「海の上のピアニスト」(99年)、「マレーナ」(2000年)、「題名のない子守唄」(06年)、「シチリア!シチリア!」(09年)など。

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