家路:久保田直監督に聞く 松ケンは「予想外の芝居も出てドキュメンタリーを撮っているようだった」

最新作「家路」について語った久保田直監督
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最新作「家路」について語った久保田直監督

 東日本大震災後の福島を舞台に、家族の再生を描いた「家路」が全国で公開中だ。脚本は「いつか読書する日」(2004年)などの青木研次さんによるオリジナルで、テレビドキュメンタリーのディレクターとして25年以上のキャリアを持つ久保田直監督の劇映画デビュー作となった。“帰れない場所”になってしまった故郷に20年ぶりに帰って来た主人公・次郎を、松山ケンイチさんが演じている。震災直後に全域が警戒区域(福島第1原発から半径20キロ圏内)となった商店街でも撮影が行われた。「人と自然の関わりも感じてもらたい」と久保田監督は話す。

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 ◇兄弟の対比の中に日本の家族を映し出した

 次郎(松山さん)はかつて捨てた故郷の家に戻って、汚れた土地を耕し、一人で苗を植えて生活をしている。周辺は原発事故の影響で無人の警戒区域になっている。一方、兄の総一(内野聖陽さん)は妻(安藤サクラさん)、母親(田中裕子さん)と一緒に仮設住宅で暮らし、総一は先祖から受け継いだ土地を失い、絶望を抱えていた……。

 映画を作るにあたって福島の農家で取材を重ねた久保田監督。農家の長男たちから後継ぎとしての思いをたくさん聞いたことから、兄弟の対比の物語が生まれていったという。

 「避難している農家の方々に一時帰宅ができたら何をしたいかたずねたところ、みなさんが『墓に行く』『仏壇をおがむ』と言いました。先祖代々から受け継いだ土地を守るのが俺たち長男の役目だ、と。脚本の青木さんも僕も長男なのですが、そんな意識は全くなくて衝撃を受けました。そのとき弟たちの話も出て、農業のセンスは必ずしも長男の方があるとは限らないが、農家を継ぐのは長男なのだという話が印象に残りました。長男と次男の対比の中に、日本の家族のありようを描き出せるんじゃないかなと思いました」

 次郎と総一は、過去の出来事にわだかまりがある。そこに次郎の母親や総一の妻の思いもからみ合って、それぞれが抱える思いが静かに交錯していく。物語は家族の行方を丁寧に追いながら進んでいく。

 「これまで、家族の姿を知りたくてドキュメンタリーを作ってきました。今回は劇映画という形を選びましたが、同じ思いで撮っています。次郎の家族は、それぞれがどうにもならない思いを抱えている。でも、ドロドロとした思いを持った人は他人に優しくなれるんです。そういう人間の姿を描きたかった」

 松山さんと次郎役については「暗くなくていい」と話し合った。「深刻な場面で、人は思いつめた様子にならないものです」と久保田監督。

 「こういう局面で人はこうなるよねっていう僕の話を、松山さんはよく理解してくれました。予想外の芝居も出て、まるでドキュメンタリーを撮っているようでした(笑い)」と振り返る。一方の内野さんが演じる総一については「次郎とは真逆で、状況に翻弄(ほんろう)されてブレている」と説明する。「内野さんはたくさんの質問を僕にぶつけてきて、総一になり切ってくれました。松山さんの次郎と好対照で、いい感じで役にはまってくれたと思います」と兄弟役の対比を語る。

 ◇種は何が起きたのかを知らない

 撮影は、兄弟の生家、仮設住宅、商店街のシーンが福島県内の実在の場所で行われた。

 「兄弟の家は、農業指導をしていただいた、農家15代目の方のご自宅をお借りしました。取材で訪れたとき、まさしく総一の家だなあと一目で気に入ってしまいました」と一目ぼれだった。

 次郎が同級生と一緒に歩く無人の商店街は、震災直後に警戒区域となった町内にある。現在は立ち入り制限は解除されたが、時間制限つきの立ち入りおよびスクリーニングが推奨されていて、15歳以下の立ち入りは原則禁止されている。

 「最後の場所探しのときちょうどゲートが開いて、無人の商店街に入ってみたとき、抜けの風景がよく、原発をうたった看板があって絶対ここで撮りたいと思いました」と直感で選んだ。

 久保田監督は、商店街に立ったときの思いをこう続ける。「なんともいえない奇妙な感じがしました。遠くに見える緑はきれいだし、鳥の鳴き声は聞こえているのに、ここで吸っている空気はどうなのって。田中さん、内野さんも『行きたい』とおっしゃってくれて、出番はないけれどお連れしました。ぜひ、演者として立っている俳優から、その場所からにじみ出るものを感じてほしかった」とエピソードを語った。

 時が止まったような商店街の風景の中で、俳優の動く姿は強く胸に訴えてくるものがある。同様に、無人の農村で次郎が農作業する姿も力強い。このシーンは、観察するようなカメラで丁寧に映し出された。同級生(山中崇さん)に「ゆっくり自殺するようなものじゃないのか?」と言われる次郎の行動……。何が彼をかり立てるのだろうか?

 「次郎はこう言います。『僕は何も知らない種でいい』と。彼は自然界の象徴ともいえます。種は何が起きたのか知らないからスクスクと育つわけです。でも人間は何が起きたかを知っている。次郎が自然とどう生きていくのか、自分たち人間が自然とどう関わって生きていくのか。見た人それぞれに感じてもらえたらと思います」と久保田監督は最後にメッセージを送った。

 <プロフィル>

 1960年神奈川県生まれ。82年からドキュメンタリーを中心としてNHKや民放各社の番組制作に携わる。2007年、MIPDOCでTRAIBLAZER賞を受賞し、世界の8人のドキュメンタリストに選ばれる。11年、文化庁芸術祭参加作品「終戦特番 青い目の少年兵」(NHKBSプレミアム)を演出。 

 (インタビュー・文・撮影:上村恭子)

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