19世紀の米国で、12年間の奴隷生活を生き抜いた1人の黒人の体験を映画化した「それでも夜は明ける」が公開中だ。1853年に出版されベストセラーとなったアフリカ系米国人ソロモン・ノーサップの回顧録に基づいており、「SHAME シェイム」(2011年)のスティーブ・マックイーン監督が脚本を書き、メガホンをとった。先ごろ発表された米アカデミー賞では作品賞、脚色賞、助演女優賞(ルピタ・ニョンゴさん)に輝いた。マックイーン監督はアカデミー賞発表直前に電話インタビューに応じた。
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マックイーン監督は「ある意味、ソロモンの方から僕のところにやって来たと思っている。ときどき人が何かを心から欲すれば、それを引き寄せることになると僕は思っている。奇妙なことだけどね」と語る。ソロモンとは、今作の主人公ソロモン・ノーサップのことだ。
ソロモンは生まれたときから“自由証明書”で認められた“自由黒人”で、愛する妻と2人の子供と幸せに暮らすバイオリニストだった。ところが、ある日突然、白人に誘拐され、ニューオーリンズで奴隷として売られ、その後、12年間も過酷な体験をすることになる。舞台は1841年の米国。ニューヨーク州で暮らしていたソロモンは、れっきとした米国人でアフリカ人ではない。それこそが重要だったとマックイーン監督は強調する。
「誘拐されたのがアフリカ人ではなく、米国人であるというアイデアそのものに興味があった。“エキゾチックな誰か”ではなく、もっと普通の男であることがね。なぜならそれが、まだほとんど語られていない歴史の一部だからだ。アフリカで誘拐されたり、売られたりして米国に連れて来られた人の話は以前から語られている。でも、当時、米国北部にいたアフリカ系米国人の10%が自由な身分で生きていたことを、多くの人が知らなかったと思うよ」
ノーサップによる回顧録との出合いは必然だったといえる。もともとマックイーン監督は、奴隷制度について興味を持っていた。自由な男が誘拐され、奴隷にされるというストーリーを自身で考えてもいた。そこで奥さんがアドバイスした。「なぜ、奴隷制度に関する実話や歴史的な話を探してみないの?」と。その言葉をきっかけに、マックイーン監督は奥さんと2人でリサーチを始めた。「そのとき妻が、『12 Years A Slave』という本を見つけてきたんだ。ページをめくるたびに、驚くべき新事実が出てきたよ。本を読み終えたとき、自分自身に腹が立った。なぜこれまでこの本のことを知らなかったのかとね。だけれども同時に、誰も知らないことにも気づいた。そこからこの本を映画化することが、僕が情熱を傾ける対象になっていったんだ」と映画化が具体的に動き出したときのことを語る。
映画の製作に貢献したうちの一人にブラッド・ピットさんがいる。ピットさんは今作でプロデューサーを務め、ソロモンがニューオーリンズで出会う奴隷解放論者の役で出演もしている。マックイーン監督は、ピットさんについて「ブラッドが(作品に)一枚かんだことで、投資家たちはこの映画に興味を持ってくれた。彼は製作費を集めるのにとても役に立ってくれた。それに彼は今、ニューオーリンズでたくさんの仕事をこなしている。あの役は彼にぴったりだったんだ」と語った。
今作で、ソロモン・ノーサップを演じたのはキウェテル・イジョフォーさんだ。これまで、「キンキー・ブーツ」(05年)や「2012」(09年)といった作品に出演してきた。イジョフォーさんについてマックイーン監督は、「素晴らしい役者だ」とたたえる。イジョフォーさんの素晴らしさを端的に証明するシーンがある。映画の終盤、ソロモンが木漏れ日の中で虫の鳴き声に耳を傾ける場面だ。「僕にとってあのときのソロモンの顔は、“過ぎ去った時”を表している。肉体的に、精神的に、彼がどれほど大きな打撃を受けているかを表現しているんだ。せりふがない1分21秒間の映像で一人の人間の顔だけを映している。イジョフォーはたった一人でそのシーンを背負ったんだ。あんなことができる役者はそうそういないよ」と賛辞を惜しまない。
また、長編監督デビュー作から数えて3度目のタッグとなり、ソロモンをいたぶる白人農園主を演じるマイケル・ファスベンダーさんについては「彼にはいつも新しい発見がある。天才的な役者で、尊敬している。難しい役を与えると、彼はそれに美しいものを与えてくれる。本当に素晴らしい俳優だ」とたたえた。
マックイーン監督にとって映画作りとは「実験してみることに尽きる」という。「できる限りリアリティーに近づこうと考えない限り、映画を作る理由は何もない。そして、それをするためには、常に創作し続けなければいけない」と話す。ただ、そのための作品選びには「何かが起きるのを待つ必要がある」という。マックイーン監督は、08年にIRA活動家の抗議運動を描いた「Hunger」(未公開)で長編監督デビューし、11年には「SHAME シェイム」でセックス依存症に悩む男を描き世間に衝撃を与えた。そして今作は「僕は5年間に3本の長編映画を作った。それはかなりクレージーなことだよ。その一方で、時間を要することもある。ちょっとしたアイデアが浮かび、それから1年とか時間がたつ間に徐々に物語が形成されたりする。いいものを生み出すには、なんでも時間がかかるものなんだよ」と自身の創作スタイルを語った。
出版されてから160年間、ひっそりと眠り続けていたソロモン・ノーサップの本は、マックイーン監督の情熱に引き寄せられ、映画として完成した。アカデミー賞授賞式の約1カ月前に行われたこのインタビューでは「ノミネートされただけでハッピーだよ。だって僕たちは、ほとんどの人たちができるとは思っていなかった映画を作ったんだからね」とコメントし、もし受賞したら映画界にとって「この国の暗い時代に何が起きたかということを認識し、それを理解しようとする素晴らしい前進であり、また、そういう歴史を受け入れることにつながる」と話していたマックイーン監督。そして結果は、黒人監督として初の作品賞を含む3冠を獲得した。作品賞授与の際には、「誰もが生きる権利を持っている。それがソロモンからのメッセージです。過去に奴隷制に耐えた人々と、現在も耐え続けている2100万人にこの賞をささげます」とスピーチし、跳びはねながら喜んでいた。そのコメント通り、今作は奴隷制の犠牲となった人々への鎮魂となっただけでなく、映画界に“前進”をもたらす作品となった。映画は7日から全国で公開中。
<プロフィル>
1969年生まれ、ロンドン出身。ロンドンのチェルシー・カレッジ・オブ・アート・アンド・デザインとゴールドスミス・カレッジで学び、在学中に映画を作り始める。2008年に「Hunger」(未公開)で長編映画デビュー。この作品でカンヌ国際映画祭カメラドール賞を受賞。11年には長編2作目となる「SHAME シェイム」を発表。セックス依存症の男を描き話題となった。映画監督としての顔のほかに、彫刻家、写真家としても活躍しており、これまでにフランスやドイツなどで展覧会を開催し、作品は英テート美術館や米ニューヨーク近代美術館(MoMA)、仏ポンピドーセンターなど世界中の美術館に所蔵されている。02年に大英帝国勲章4位、11年に3位を授与されている。
(取材・文:りんたいこ、撮影:Kaori Suzuki)
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