一青窈:少女時代につらい経験をした友人に「恋をしてほしいんだ」と気づいた

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 歌手の一青窈さんが、2012年以来の新作CDとなるレコード会社移籍第1弾シングル「蛍」を3月26日にリリースした。Superfly(越智志帆さんによる音楽プロジェクト)のコンポーザーとして知られる多保孝一さんが作曲、一青さんが友人にまつわる実話を受けて作詞をしたというバラードナンバーで、今作には同曲の中国語バージョンも収録されている。最近はアルバムの新作についても構想中だという一青さんに、カップリング曲も含めてニューシングルについて話を聞いた。

ウナギノボリ

 −−ここ1年くらいは海外旅行によく行っていたそうですね。

 NY、ボストン、レキシントン、ミャンマー、ラオス、台北、香港、オーストラリア……韓国も行ったかな。ミャンマーでは、年に1回ある、1年のけがれを水で払う水祭りっていうのに参加したんですけど、同じ現地ツアーに日本から参加していた男の子がいて、地方の孤児院(道場)出身っていう話を聞いて、すごくそこに行きたいなと思ったので、ミャンマーから戻ってから連れて行ってもらって、その道場の師匠さんにも会わせてもらって。みんなが「ハナミズキ」を歌って歓待してくれたんです。

 −−いろんな風景に触れて新たな歌詞のイメージもふくらみそうですね。新曲「蛍」の歌詞はどんなきっかけで生まれたんですか?

 友人からちょっと重い少女時代のつらい経験を聞いて、また別の友人からも同じような話を聞いて、「頑張れ」でもないし、「つらかったね」なんて言えないし、ずっと言葉を探してたんです。それで、台南(台湾西南部の都市)に初めて行ったときに野外ライブを見に行って、台湾の谷村新司さんみたいな感じで、ちゃんとギター1本の弾き語りでいい歌を歌う方なんですけど、その人の歌を聴いてるときに、「そうか、恋をしてほしいんだ彼女に」って思ったんです。いろんなトラウマを抱えてるけど、怖がらずに人を好きになったり人に心を許したりできるといいなと思って。台南は台北の都会の感じというよりは、京都みたいで緑も多いし、陽も高く昇ってるし、人の目をそんなに気にしないでも生きていける感じで、彼女たちもそれぐらいリラックスできたらいいなと思って。なので、“恋をしよう”というのが今回のキーワードですね。

 −−歌詞の「黒い服に身を包み……」というフレーズや、タイトル「蛍」に込めた意味合いは?

 友人の一人はイスラム系の方で、わりと黒い服を身にまとう子だったんで。とはいえここは日本なんで、なんでかなと思ってたんですけど、たぶん黒で女性らしさを抑えてるんだと思うんですよね。ピンクやパステルとかじゃなくて、アトラクティブ(魅力的)じゃないように見せる反発心っていうのも感じて、もっといろんな服を来てオシャレをしてほしいなと思ったんです。「蛍」は、彼女たち自身に、消えそうな微かな生命体を感じたので……。でもそれが別に悪いわけじゃなくて、その光を大切に守っていきたいなと思ったんですよね。

 −−作曲はSuperflyの作品も手がける多保孝一さんですが、今回の楽曲提供のきっかけは? また、曲の印象はいかがでしたか?

 (一青さんのプロデューサーの)武部(聡志)さんがユーミン(松任谷由実)さんの苗場のライブ(の音楽監督)をやってらっしゃって、そこに多保さんがいらしたとは聞きましたけど、たぶんそういうご縁じゃないですかね。この曲は学校の卒業式とかに似合いそうだなと思って、彼女自身がそのトラウマから卒業できる何かであってほしいなって。

 −−カップリング曲についてですが、「霞道(かすみじ)」は、認知症の母と、その母を介護する息子を描いた映画「ペコロスの母に会いに行く」の主題歌として書き下ろしたそうですね。

 この息子と母親における幸せな瞬間ってなんだろうと考えたとき、車いすを押してる息子が見せたい景色を母親と共有して、母親が「キレイだね」って言ったり、ニッコリ笑う瞬間なんだろうなと思って。それは、自分自身が母親を亡くしたときにしてあげられなかったことで、私が小さいから知らないほうがいいと思っていた分、周りが教えなかったんですけど、知っていたらいろんなものを一緒に見に行きたかったと思うんですよね。あと「霞道」は、物語の舞台である長崎に実際にある道の名前で、くねくねと六つのカーブがある道を下から眺めると、蜃気楼(しんきろう)で霞のように見えるっていうのを調べて知ったので、すてきだなと思ってつけました。

 −−また「アンパンマンのマーチ」は、「アンパンマン」の作者でこの曲の作詞も手がけたやなせたかしさんの特番「NHKスペシャル みんなの夢まもるため~やなせたかし“アンパンマン人生”」(NHK総合)で一青さんが歌った曲ですね。やなせさんの人生哲学が込められているというこの歌を歌って感じることは?

 アンパンマンってたぶんやなせさんの分身なんですよね。誰かのために自分を犠牲にして何かをしてあげられる人になったとき、ホントに自分がヒーローというか強い人間になったような気持ちになって……。へこたれそうになったときに自分を奮い立たせるもう一人の自分がアンパンマンで、やなせさんは自分がへこたれそうになったらアンパンマンに励ましてもらって、ちょっと強くなったら自分がアンパンマンになってみんなを励ましてあげるっていう。私はそこを行き来しながら歌ってる感じでした。

 −−今回のシングルは濃い1枚になりましたね。

 とにかくいい出会いがありましたね。台南の旅行でもすてきな歌手の方に出会えたり、「ペコロスの母に会いに行く」もそうですし、「アンパンマンのマーチ」も(番組で歌うという)この機会がなかったらまったく持って普通に通り過ぎてましたね。自信を持ってお届けできる作品ができたので、聞いてほしいな(笑い)。

 <プロフィル>

 1976年9月20日、台湾人の父と日本人の母の間に生まれる。東京都出身。2002年にシングル「もらい泣き」でデビュー。2004年には5枚目のシングル「ハナミズキ」を発表。新曲「蛍」の中国語バージョン「螢火蟲」は「日本語の方はより言葉の一つ一つの情念を込めてるんですけど、中国語はちょっと発音自体がフランス語みたいで美しいというか、(韻を踏む)音や口遊びを楽しむ感じ」だという。一青さんが初めてハマったポップカルチャーは、映画「バック・トゥ・ザ・フューチャー」(85年)のマイケル・J・フォックスさん。「初めてファンレターを出したアイドル。お尻を出しても可愛いオチャメなアイドルっていうイメージで、三枚目も演じるところが好きでした。英語でファンレターを書いたのに返事が来なくてガッカリしました(笑い)」と話した。

 (インタビュー・文・撮影:水白京)

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