映画「バイオハザード」(2002年~)シリーズで知られるポール・W・S・アンダーソン監督が、わずか24時間で消滅したといわれる古代都市ポンペイを舞台に描いた「ポンペイ」が、7日から全国で公開中だ。「壮大なスペクタクル作でありながら、それぞれのキャラクターに共感できるストーリーにしたかった」と話すアンダーソン監督に、映画について聞いた。
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「いつになったら爆発や事故が起きるんだと観客に思わせるだけのディザスタームービー(災害映画)にはしたくなかった。観客は、ベスビオ山が噴火することは知っている。だけどそれを待つだけではなく、登場人物たちに寄り添って感情移入し、ハッピーエンディングではないかもしれないけれど、とにかく生き延びてくれと心から彼らを応援してもらえるような話にしたかった。だからラブストーリーを中心に、また、2人のグラディエーター(剣闘士)、マイロとアティカスの友情を描くことにしたんだ」と、今作がほかのディザスタームービーとは違うことを強調するアンダーソン監督。
映画「ポンペイ」は、西暦79年8月24日、ベスビオ山の大噴火によって、わずか24時間で消滅したイタリア・ナポリ近郊にあった古代都市ポンペイを舞台にしている。ローマ人に一族を殺されたケルト騎馬民族の生き残りで、奴隷からグラディエーターになったマイロ(キット・ハリントンさん)と、ポンペイの有力者の娘カッシア(エミリー・ブラウニングさん)の身分違いの愛と、マイロとポンペイ最強のグラディエーター、黒人のアティカス(アドウェール・アキノエ・アグバエさん)の友情を軸に、ポンペイ消滅の瞬間までを描いている。
「これまで、マシンガンと女性の“ラブストーリー”は撮ってきたけど、こういう、恋人たちが見つめ合っているポスターを作ってもらったことはなかったな。とはいっても、爆発している火山が後ろに映っているけどね」と今作のポスターを見ながら笑うアンダーソン監督。そして、作風の違いについて「人は年を重ねると変わるもの。今は長い時間を一緒に過ごす伴侶もいるし子供もいる。そういう実生活における変化や成長を作品に反映させたいと思う気持ちもある。たぶん10年前なら、こういう作品は作れなかっただろう」と説明した。
主人公マイロを演じたハリントンさんは、中世を舞台にしたテレビシリーズ「ゲーム・オブ・スローンズ」(11年~)に出演し、日本でも人気急上昇中の英国人俳優だ。アンダーソン監督の愛妻ミラ・ジョボビッチさんがそのドラマのファンで、ハリントンさんを推したことから今回の主役に抜てきされた。ハリントンさんはニ枚目のルックスと鍛え上げた肉体でマイロ役を好演しているが、その一方で馬の扱いにも慣れており、馬アレルギーのアンダーソン監督には、願ってもない俳優だったようだ。
さて、消滅したポンペイは、その後、18世紀に発掘が開始され、現在、その遺跡群は世界遺産に登録されている。英国北部で子供時代を送り、ローマ帝国に興味を持っていたアンダーソン監督は、7、8歳のころ、初めてポンペイ遺跡に触れた。当時のことを次のように話す。「学校の授業で習ったんだ。人間の形をした石こう像を教科書で見たときは、いろんなことが頭の中を駆け巡ったよ。人生で初めて“死”というものに思いをはせたのもこのときだった。この人たちはどんな人で、どんな生活をしていたのかとストーリーを考えずにはいられなかった。彼らは有名な政治家などではなく、僕らと同じ普通の人だった。その死の瞬間、彼らがどのように死と向き合ったのか、そのことにすごくロマンを感じたよ」。9、10歳ごろにはすでに映画監督になりたいと思っていたアンダーソン監督にとって今作は、40年来の夢がかなった作品といえる。
一般に公開されているポンペイ遺跡を実際に歩いたときは「こんなにすごいところだったのかと感動した」という。特に、街のいたるところに置かれている石こう像には心を動かされた。「街のそこここに石こう像が置かれているんだ。それを見ると胸に迫るものがあるよ。その感覚が、この映画を作る一つのきっかけになった」と、今作製作の経緯を話す。石こう像とは、火山灰が堆積し、その中から発見された遺体によってできた空洞に石膏を流し込んで作られたものだ。つまり、その人の“死の瞬間”がそのまま残されている。その石こう像から今回のキャラクターたちは生まれた。例えば、マイロとカッシアは、「恋人たち」という有名な石膏像から、また、カッシアにしつこく求愛するキーファー・サザーランドさんが演じた元老院議員は、恐怖で縮こまっている石膏像からインスピレーションを得たという。
今作を作るにあたってリサーチする中で、歴史についていろいろ知ることができたという。「ローマ帝国が崩壊したとき、当時のローマ人たちは、水道管の鉛が飲料水に溶け出し、鉛中毒で死ぬ人が多かったらしい。精神的に病む人も多く、皇帝といわれる人たちに“狂人”が多かったといわれるのは、そのせいかもね。その点、ポンペイにはそういう問題がなかった。というのは、硬度の高い硬水だったので、カルシウムが水道管に付着し、鉛が溶け出すのを防げたかららしいんだ。ローマ帝国は長く続き、正気な人たちが暮らすポンペイが都市ごと消えてしまったというのは、皮肉な話だね」と話した。
撮影中は「物理的な面と心理的な面、それぞれに大変なことがあった」といい、心理的に大変だったのは、最後のマイロとカッシアのキスシーン。「今回は製作費がかなりかかっていた。爆発シーンもあるし、(火山灰を舞わせるために)巨大な扇風機を回したり、CG(コンピューターグラフィックス)を使ったりと、監督として神経を使うことが多かった。でも、眠れなくなるほど心配したのは、最後の2人のキスシーン。だって、もしそこで失敗したら、そこまで映画を見てくれた観客をがっかりさせることになるからね。だから、そのシーンで胸にぐっと迫る映像が撮れたときは、心底ほっとしたよ」と安堵の表情を浮かべる。
一方、物理的に大変だったのは、最後の馬車のシーンだ。「役者、馬、馬車はすべて本物だけど、そのほかは全部エフェクト(特殊効果)なんだ。この映画はリアリティーを追求したから、街並みも通りも競技場もセットを作り、なるべく本物で撮っている。でも、その場面はそうせざるを得なかった。スタッフには、1週目に撮影、2週目に編集をしないと間に合わないといわれた。そんなに早い段階で編集までを決めなければならないというのは、監督としてはつらいことだよ」と苦笑する。そして「こんなことを言ったら、せっかくの映像マジックの威力が消えちゃうけど……」と前置きし、「実はそのシーンは、スタジオの前にある駐車場で撮ったんだ。あのスピードの馬と馬車を走らせるには、セットでは距離が足りなかったんだ。建物や炎はあとから人工的に足したものだけど、そうとは気づかないだろう? 僕も出来には満足しているんだ」と胸を張った。映画は全国で公開中。
<プロフィル>
1965年生まれ、英国出身。94年、「ショッピング」で映画監督デビュー。ハリウッドに招かれて監督した「モータル・コンバット」(95年)の成功でゲームソフトの映画化の才能を認められる。2002年、自身の脚本と製作で「バイオハザード」を監督し、その名が日本でも知られるように。04年、「バイオハザード2アポカリプス」と07年、「バイオハザード3」では製作と脚本を担当、10年、「バイオハザード4:アフターライフ」と12年「バイオハザード5:リトリビューション」で再び監督を務めた。他の主な作品に「ソルジャー」(98年)、「エイリアンVS.プレデター」(04年)、「デス・レース」(08年)、「三銃士/王妃の首飾りとダ・ヴィンチの飛行船」(11年)がある。
(取材・文・写真/りんたいこ)
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