青森・津軽から単身、京都の花街にやって来た15歳の少女・春子が、舞妓(まいこ)修業に奮闘する姿を描いた「舞妓はレディ」が13日から全国で公開された。メガホンをとったのは周防正行監督。終末医療を扱った前作「終の信託」(2012年)とは打って変わって、ミュージカル仕立てのファンタジー作品だ。「今回はとにかく楽しんでほしい」という周防監督が、22年越しの思いを結実させた。ヒロインの上白石萌音(かみしらいし・もね)さんや相手役の長谷川博己さん、さらに「お茶屋遊び」と「AKB48」との思わぬ共通点について語った。
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周防監督は、相撲部で奮闘する大学生を描いた「シコふんじゃった。」(1992年)を撮り終えたとき、「今度は、日本の伝統文化の中で女の子が活躍する話を」と思い描いていたという。ちょうどその頃ニュースで、京都の花街が舞妓のなり手不足で悩んでいるという話を耳にし、「舞妓さん」に興味を持った。そこで、リアルな「花街」を知るために取材を始めたが、芸妓や舞妓の世界の神髄はそうやすやすとは見えてこなかった。その後、「Shall we ダンス?」(96年)を撮ったあたりから花街に知り合いができ始め、一見さんお断りの店にも行けるようになった。妻、草刈民代さんの結婚後初めての誕生日を、お茶屋で祝ったこともあったという。ちなみにお茶屋遊びとは、料理などをいただきながら芸妓や舞妓の唄や舞を楽しむことだ。また舞妓は、芸妓の修業段階の女性のことをいう。
客としてお茶屋を訪れるようになったことで、取材のときには分からなかったお茶屋遊びの面白さが見えてきた。それは周防監督にとって、「東京にいたら絶対味わうことのできない、まるで非日常の世界」だった。例えば、結婚のために舞妓をやめる女性の送別会に誘われて参加したときのこと。当時の様子を、周防監督は「その席で、舞妓さんがいきなり“シャチホコ”という芸を見せてくれたんです。ウソだろ、舞妓さんがこんなことをするのかよと引っくり返っちゃったんです(笑い)。そういう光景を見て、お茶屋遊びというのは、お客さんとお茶屋の女将(おかみ)さん、芸妓さんが一緒に遊びを作る世界だということが分かってきたんです」と振り返る。
そういった体験を通じて周防監督は「リアルなお茶屋、つまり花街の裏表を描くのではなく、僕が楽しいと思うファンタジーとしての京都を描く映画として成立させよう」と考えるようになっていった。そして、そのファンタジー性を、歌と踊り、つまりミュージカルで表現しようと具体的にイメージし始め、「それでもボクはやってない」(07年)の仕上げ中に作曲家に相談。配役については、企画当初から頭にあった富司純子さん、竹中直人さんに加え、草刈さんや田畑智子さんらに決めていくなど、作品を徐々に熟成させていった。しかし、どうしても製作に着手するまでには至らなかった。その「具体的なスイッチ」を入れさせたのが、今回800人もの中からオーディションで選ばれたという上白石さんだった。
オーディションは、12年に行われた。そのときの上白石さんは、「第一印象を聞かれても、どんな印象だったんだろうというほど地味な子だった」という。ところが、課題の歌を歌ったとき、「いきなり彼女、変わったんです。表情が変わったというより、本当に生き生きと輝きだしたんです。歌は本当に上手。だけどそれ以上に、私は歌が大好きで、歌えることが本当に幸せなんだという純粋な気持ちが伝わってきた。いつまでも聴いていたいと思わせる歌でした。彼女の声、歌詞の一言一言が、本当に心に届いたんです」という。そのことが上白石さんを春子役に選ぶ最大の決め手となった。
その春子が心をときめかせるのが、京都弁を教える言語学者の京野法嗣だ。演じるのは長谷川博己さん。周防監督に長谷川さんについて聞くと、「世間では二枚目で通っていますが、変な人です」と笑う。周防監督いわく長谷川さんは「非常にマニアックな映画オタク」で、映画の話を始めると止まらなくなるらしい。その一方で「すっきりとした二枚目」だという。今回の「言語オタク」の役に、長谷川さんは「まさにどんぴしゃり」だった。ちなみに、春子が恋心を抱くのが京野ではなく、その助手の“クールでスマートな青年”という案もあったそうだ。しかし、「助手と萌音ちゃんの小さいコンビとデカい長谷川さん」の“構図”が気に入り、今回の配役に至ったという。京野の助手を演じているのは、濱田岳さんだ。
ファンタジー性を追求した今作だが、語られるエピソードの多くは、周防監督が花街で実際に見聞きしたことだという。春子の面倒を見る富司さん演じるお茶屋の女将が、初恋の映画スターに会うためにYS11(1965年就航の、戦後初の国産旅行機)に乗って東京へ向かうというエピソードも、芸妓さんから聞いた話を基にしている。そのシーンでは、実際のYS11の前で撮影することもできたが、あえてハリボテを使った。その理由を周防監督は「現在進行形のファンタジーの世界の中に組み込まれる女将さんの過去の話。最もファンタジー性が強く、この映画を象徴するシーンだから」と説明する。なお、周防監督を仰天させたくだんの“シャチホコ芸”も、今作にはしっかり組み込まれている。
ところで、お茶屋遊びの世界には男性が楽しむ場のイメージがあり、女性の中にはその楽しさを理解するのが難しい人がいるかもしれない。周防監督もそれには理解を示す。ただ、かつての、例えば溝口健二監督の「祇園囃子」(1953年)で描かれる舞妓の世界と今作のそれとでは「描き方だけではなく、本質的に変わってきている」といい、実際、最近は「女性だけのお客さんも増えてきている」そうだ。
周防監督は「お茶屋遊びをする旦那衆の楽しみは、高校野球や宝塚歌劇の楽しみと近いかもしれない」と話し、「舞妓さんが、どう成長していくかを見せてもらうのもお座敷芸」で、「そのときに旦那衆は、その舞妓さんの頑張っている姿を見ている。女の子が16、17歳でお酌をしたり、踊ったりするんです。うまくできるはずがない。だけど、まだおぼこい子(幼さが残る子)が一生懸命やっている姿に、きっとオヤジたちは参るんです」と世の旦那衆の気持ちを代弁する。そして、「実はそれは、僕らが高校野球を応援したり、宝塚音楽学校を卒業してスターへと成長していくその過程を楽しむ心に近いのかもしれないと思うんです。未熟だけど一生懸命やっているその姿と、そこから成長する過程を、日本人は愛(め)でているのです」と分析。その上で、「ご贔屓(ひいき)のお客さんがついて応援する」ことから、「AKB48は、舞妓さんにその原型を見てもいいのかもしれない」との見解を示した。
とはいえ、今作はあくまでもファンタジー。「楽しくて、幸福感にあふれた映画にしたいと思って作った」ことを強調する。そして、「僕自身がまるでお茶屋の女将さんになって、お客さんをおもてなしするつもりで作りましたので、『機嫌ようお遊びしてくれやしたか』と、そんな感じでお客さんを待っています」と笑顔で締めくくった。映画は13日から全国で公開中。
<プロフィル>
1956年生まれ、東京都出身。立教大学文学部仏文学科卒業。在学中に高橋伴明監督や故若松孝二監督、井筒和幸監督らの助監督を経験。89年、「ファンシイダンス」で一般映画監督デビュー。92年の「シコふんじゃった。」は、日本アカデミー賞最優秀作品賞はじめ数々の賞を受賞。96年の「Shall weダンス?」は、日本アカデミー賞13部門に輝き、世界公開されるとともに、2005年にはハリウッドでリメークもされた。07年、「それでもボクはやってない」、11年にはバレエ映画「ダンシング・チャップリン」を発表。12年の「終の信託」は、毎日映画コンクール日本映画大賞をはじめ数々の映画賞に輝いた。
(インタビュー・文・撮影/りんたいこ)
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