天才スピヴェット:「アメリ」のジュネ監督最新作 監督&キャトレット君に聞く「ぜひ3Dで見てほしい」

1 / 9

 フランス本国はもとより日本でも大ヒットした「アメリ」(2001年)のジャンピエール・ジュネ監督の最新作「天才スピヴェット」が15日に公開された。権威のある科学賞を獲得した10歳の“天才科学者”T.S.(テカムセ・スパロー)スピヴェットが、ワシントンD.C.で開かれる授賞式でスピーチをするために、家族に内緒でモンタナ州にある自宅から一人旅立つ。夢と冒険、家族愛がぎゅっと詰まった今作で、主人公T.S.を演じたのは、これが長編映画デビュー作となるカイル・キャトレット君だ。東京国際映画祭の上映に合わせて来日したジュネ監督とキャトレット君に話を聞いた。

ウナギノボリ

 ◇出来栄えに監督満足の3D映画

 ジュネ監督は、ライフ・ラーセンさんの原作「T・S・スピヴェット君傑作集」を読んだ時のことを「感動で涙した。観客の感情に訴える新しいものを作ってみたいという思いに合致した。どうしてもこれを映画化したいと思った」と振り返る。映画「ライフ・オブ・パイ/トラと漂流した227日」(12年)の監督交代で作ることができなかった3D映画。この物語が「T.S.が描いたスケッチが空間に浮かぶように表現できる」など3Dに適した素材だったことも魅力だったという。そして出来栄えについて、「2Dで撮影したものを3Dに変換したのではなく、あくまでも3Dカメラで撮影した」こと、そのために脚本も「3Dを意識して書いた」ことを強調した上で、「映画史上、より素晴らしい3D作品になったと自負している」と胸を張った。ただ、「時間とコストがかかり、本当に大変な作業だった」のも確かで「次の3D映画を手掛けるのは、10年先か15年先かわからないけど、メガネがいらなくなった時代かもしれない」と語る。

 ◇キャトレット君は第二のオドレイ・トトゥ

 一方、撮影当時10歳だったキャトレット君は、この役を得るために、ジュネ監督を前にして、「自分は必要に応じて泣くことができる」こと、「タフで強く、7歳以下の武道選手権の世界チャンピオンにもなった」ことなど熱弁をふるったという。そこまで出演を切望したのは、ジュネ監督の過去の作品を見て、「ユニークなところも好きだし、カメラワークもいいし、なんといっても脚本に感動したからです。それに、ジャンピエールはアメージング(驚くほど素晴らしい)な監督さんだから」とにっこり。

 共演者には、母親役のヘレナ・ボナムカーターさん、父親役のカラム・キース・レニーさん、スミソニアン博物館次長役のジュディ・デイビスさんら名優が居並ぶ。彼ら顔負けの演技のコツを聞くと、「監督にも大いに助けてもらったけれど、僕はただ“流れ”に身を任せただけです」とさらり。それを横で聞いていたジュネ監督は「カイルは、とにかく好奇心が旺盛で、現場でも撮影や録音機材のこと、すべてを知らないと気が済まない。T.S.が旅に持っていくスーツケースの中のいろんなガジェットを見たときは大興奮していたし、現場でもポケットナイフといった小物が常にポケットに入っていたんだ」と補足する。そして、「私にとってパーフェクトの役者の一人は(「アメリ」の)オドレイ・トトゥだけれど、カイルと話していると、彼女と話しているのと同じような感覚に陥るんだ」とべた褒めだった。

 ◇キャトレット君の向学心に監督ぼやき

 キャトレット君は、3年連続で総合格闘技の世界チャンピオンの座に就くなど武術が得意で、劇中のアクションも自身でこなした。例えば、列車に飛び乗る場面では、安全ケーブルは付けていたそうだが、「ワンテイクで済んだんだ。あんな離れ業、私にはできない」とジュネ監督が舌を巻くほどのスタントを見せている。当のキャトレット君にお気に入りの場面をたずねると、クライマックスでの100人を超す聴衆の前で長いスピーチをした、ジュネ監督いわく「たった2テイクで撮り終えた」場面と、「スタントを自分でやったこと」と屈託なく答える。ちなみにキャトレット君は語学にも興味があり、英語はもとよりロシア人の母とはロシア語を話すほか北京語も話せるそうで、フランス語は今回の撮影でジュネ監督に教わり、現在はスペイン語とラテン語を独学中。インタビュー中には、「どういたしまして」「ありがとうございます」と滑らかな日本語を披露し、今後は「日本語、イタリア語、ドイツ語を学びたい」と向学心にとどまる気配はない。ジュネ監督の口からは「私を愚弄したいのか(笑い)」とぼやきが飛び出すほどだった。

 ◇米国公開のために「ニューヨークにヤクザを送り込む」?

 ところで、今作は残念ながら米国では公開されていない。それは、「ハーベイ・シザーハンズ」の異名を取り、買い付けた作品を思い通りに編集するという「悪名高い」(ジュネ監督)ハーベイ・ワインスタインさんの会社ワインスタイン・カンパニーが米国での配給権を獲得し、ファイナルカット権を持っているジュネ監督と「戦争(係争)中」(ジュネ監督)だからだ。「なぜ彼に権利を譲ってしまったのか……」と後悔をにじませつつ、「小さなヒットかもしれないけれど、米国人の心にも響くかもしれないから大変残念に思っている」と話すジュネ監督。「デリカテッセン」(1991年)でも「同様のことをされそうになった」そうで、それだけに今回の騒動にはほとほと嫌気がさしているのだろう、「(ワインスタイン・カンパニーがある)ニューヨークに“ヤクザ”を送り込むべきだ!」と冗談交じりにコメントすると、隣で聞いていたキャトレット君がジュネ監督のほうに身を乗り出し、「ヤクザって何?」と質問。するとジュネ監督が、「マフィアのことだよ」と答え、キャトレット君が目を大きく見開き驚く一幕もあった。

 わが子同然の作品が米国でそのような目に遭っているにもかかわらず、ジュネ監督は、活況の米テレビシリーズには興味があるようで、「世紀末のパリを舞台にしたテレビシリーズをやりたいと思っている」と意欲を見せる。一方のキャトレット君は「俳優さんはたくさんいるから」と目標とする俳優の名前こそ挙げなかったが、将来は、「俳優、大統領、科学者、マーシャルアーツの専門家、その全部ができる大人になりたい」と目を輝かせた。

 ジュネ監督によると、「アメリ」の舞台となったカフェには、「いまだに毎日20~30人もの日本人女性が訪れる」そうで、「アメリ」は監督にとっても「まさに人生に一度という作品だった」と語る。だからこそ今回の「天才スピヴェット」も、「『アメリ』が大好きな人に楽しんでもらえたらうれしい」とコメントし、「ぜひ3Dで見てほしい」と締めくくった。映画は15日から全国で順次公開。

 <プロフィル>

 ジャンピエール・ジュネ監督 1953年生まれ、フランス出身。91年、「デリカテッセン」で長編映画監督デビュー。95年、「ロスト・チルドレン」を経て、97年、「エイリアン4」でハリウッドに進出。2001年に「アメリ」が大ヒット。ほかに手掛けた作品に「ロング・エンゲージメント」(04年)、「ミックマック」(09年)がある。

 カイル・キャトレット 2002年生まれ、米国出身。3年連続で総合格闘技の世界チャンピオンを獲得。10年には米ジュニア武術チームの一員になる。これまで「マーシー・ホスピタル」(09年)、「アンフォゲッタブル 完全記憶捜査」(11年)、「ザ・フォロイング」(13年)といった米テレビシリーズに出演。最新作は「Poltergeist」(15年)。英語のほかロシア語や北京語を話すことができる。

 (インタビュー・文・撮影:りんたいこ)

写真を見る全 9 枚

映画 最新記事