活動休止中のバンド「レミオロメン」のボーカルである藤巻亮太さんが、レーベルを移籍して第1弾シングル「ing」を17日にリリースした。アルバム「オオカミ青年」以来、約2年2カ月ぶりとなるシングルについて、また、この2年2カ月間について聞いた。
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−−「ing」は、「SPEEDSTAR RECORDS(スピードスターレコーズ)」に移籍して、第1弾のシングルですが、もともとレミオロメンがデビューしたときも同じレーベルでしたよね。
6年半ぶりに行ったら、様変わりしていて驚きましたよ。スタッフも入れ替わっているし、当時は原宿にあったのが、今は渋谷のすごいビルの上にありますし。もちろん当時から知っているスタッフもいらっしゃいましたが、レミオロメンとして戻ったのではなく、あくまでも藤巻亮太として戻ったので。改めて1年生という気持ちでいます。
−−どうして移籍することに?
そもそもレミオロメンで表現するにはリアリティーに欠ける、僕のパーソナルな部分やドロッとした部分があって。そういうものを表現したくて、衝動的に制作したのが、シングル「月食」やアルバム「オオカミ青年」でした。でも実際に作品として制作したことで、当初の思いは成就してしまって。じゃあ、次はどこに進むか?ということに悩んでいました。それで、自分というものをリセットしたくて、それまで在籍していたOORONG RECORDSを離れて。その上でもう一度、新人として始めたいと思って、その気持ちを共有してくれると思ったのが、レミオロメンのデビューのときにお世話になったSPEEDSTAR RECORDSでした。
−−この2年2カ月、精神的につらいときもありましたか。
ありましたよ。衝動的に始まったソロだったので、その思いが成就してしまったときは、ある意味で空っぽになって、途方に暮れました。成就させたい気持ちが強すぎたのもあって、ツアーを終えたときは次に何を作ればいいかまったく見えなくなっていた。本当に空っぽで、ビンを逆さにして振っても、乾いた砂しか出てこない、みたいな。
−−その空っぽだったものを埋めてくれたのはなんだったのですか。
歌うことの楽しさと、ファンへの感謝の気持ちです。昨年弾き語りでアコースティックツアーを行ったのですが、全国のいろいろな街を細かく回って。そのとき、歌うことがこんなにも楽しいんだと、あらためて実感しました。僕が迷走している中で、ライブに足を運んでくださったお客さんが大勢いてくれて。応援してくれるファンとまた会えたとき、感謝の気持ちがあふれて、本当に見に来てくれてありがとうと、心底思ったんです。ライブって、来てくれた人が元気になって帰ってもらいたいと、こちらからやるものなのに、逆に僕がいろいろなものをもらったんですね。それで、来てくれた人に、本当にいい音楽でお返しをしたい。ここでもらったものの、何十倍もいいものを返すんだ!と、心のエネルギーをチャージすることができたんです。
−−そうやってできたのが「ing」という曲ですね。アコースティックギターのアルペジオで始まり、非常に落ち着いた、ゆったりとした穏やかな曲調で、自分の置かれている状況や自分というものを受け入れて、今日があって明日があってと淡々としながらも、心の奥の方では火がともっているという印象でした。
そうですね、まずは受け入れることが、一歩前に進むための大事なプロセスだと気づきました。10年間やってきたバンド、始めたソロ、現状、自分の思いやみんなの思い、いろいろなものがあって。それらを整理して受け入れる。受け入れられずにいた2年だったけど、やっと受け入れられたことで、僕自身こうして前に進めました。
歌詞にもありますが、夜は絶対に暗いもので、それを暗くないといって認めないうちは、どうしても夜の闇におびえる。冬は寒いものなのに、冬は寒くないといっているうちは、冬の寒さに凍えてしまうんです。それを、夜は暗い、冬は寒いと認めたとき、じゃあ夜は明かりをともそう、冬は暖を取ろうと、次に歩みを進めることができるんです。
−−「ing」というタイトルは、「歩み」というような意味ですね。
人間が考えることって、だいたい過去のことか未来のこと。でも生きるというのは、今なんですよね。過去や未来にしばられるのではなく、今あるものを受け入れて生きていく。受け入れるということは、今を大事にするということで、それがつまりは生きるということになる。人は、常に人生の切っ先にいるという気持ちを込めています。これを聴いた方が、よし、来年も頑張ろうとか、来年もいい年にしたいとか、思ってもらえたらうれしいです。そんな願いも込めながら作りました。
−−いつくらいに作ったのですか?
今年8月にアラスカのホテルで。そのときはアメリカを旅していたのですが、最初にナッシュビルに行ってギターを買って。そのギターを持ってアメリカを旅して、最後に行ったのがアラスカ。アラスカの滞在最終日にホテルにこもって、1コーラスができました。
−−この2年間、アラスカやヒマラヤなど世界中を旅していたそうですが。
SNSの情報から「藤巻は、山しか登ってない」と思っていた人も多いと思います(笑い)。登山家の野口健さんとご縁があって、仲よくなって。いろんなところに連れて行ってもらいました。旅って、張っていた気持ちを緩めてくれるんです。「目が詰まる」という言い方がありますが、日常生活で目が詰まっていたものが緩んで、僕の中でせき止められていたものが流されていきました。僕にとっては、きっと必要なことだったのだと思います。
−−旅で印象に残っていることは?
たとえばヒマラヤは、人間や動物が住める限界を超えていくわけだから、もう神様が住む世界のように感じました。地球は、こんなにも美しいものを創造しているんだと考えたら、自分の音楽なんてちっぽけだなって思ったりもしたし。僕たち自身も地球から生まれた地球の一部で、最後は土になって地球に帰る。もしかすると僕ら人間は、地球の作品の一個かもしれない。その中で、エネルギーを循環していくだけなんだと思ったら、すごく楽になって。たくさんの勇気とパワーをもらいました。
−−では最後に、2015年はどんな活動をしたいと考えていますか?
2年間は表だった活動がなかったので、この間にチャージしたものをちゃんと示していこうと思っています。丸ごとでぶつかっていくと決めたので、それを示すアルバムを出して、それを携えてツアーを回りたい。ライブをたくさんやりたいです!
<プロフィル>
1980年1月12日生まれ、山梨県出身。高校の同級生3人でロックバンド「レミオロメン」を結成して、2003年にシングル「電話」でメジャーデビュー。「3月9日」や「粉雪」がヒットし、12年から活動を休止。12年2月にシングル「光をあつめて」でソロデビュー。これまでにシングル「月食/Beautiful day」、アルバム「オオカミ青年」をリリースしている。
(インタビュー・文・撮影:榑林史章)
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