ジヌよさらば:原作のいがらしみきおさんに聞く 松尾スズキ監督・脚本「心配なかった」

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 いがらしみきおさんのマンガ「かむろば村へ」を基に松尾スズキ監督が映画化した「ジヌよさらば~かむろば村へ~」が4日に公開された。俳優の松田龍平さん演じる“お金恐怖症”の青年・タケが、過疎化が進む寒村“かむろば村”で1円もお金を使わずに生活しようと奮闘する姿を、個性的な村人たちとの掛け合いを交えながら描いている。原作者のいがらしさんに、映画化についての感想や原作の誕生秘話、さらには松尾監督との“因縁”について聞いた。

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 ◇リアルなファンタジーを追求した原作

 映画化の提案を受けた際、いがらしさんは「自分の原作を実写で映画化したのは初めてなのでうれしかった」とほほ笑み、「こんなこと言うのもなんですが、もし映画が完全に出来上がらなくても私は結構喜んでいた」と冗談交じりに笑う。映画が完成した今では、「自分の頭の中にあった“ゼロ次元”の話をマンガにし、映画化という展開を経て実体化して完成したものが見えていることに感動して、うるっときた」と心情を明かす。

 お金恐怖症の男が主人公という今作だが、原作を描き始めるにあたって編集者との打ち合わせで、いがらしさんは「限定された場所でのファンタジーを描いてほしい」と提案されたと言う。「リアルなファンタジーを考えよう」と決意し、「リアルなファンタジーということでは今の世の中を考えた時、お金を一銭も使わずに生きていけるかどうかは完全にファンタジー。だからやろうと決めた」と振り返る。連載終了から数年たっているが今でも当てはまるような内容で、「よく時代の符号みたいなことや、予言していたのかみたいなことをいわれる(笑い)」と言うが、「(自分では)そうは思わないけど、なんとなく時代と並行して生きている人間ですから、突飛なことを描いても、そんなに今の時代と違うことはあまり描かないです」と語った。

 ◇はた迷惑な人物もマンガや映画なら面白い

 物語に登場するキャラクターは「どこかで自分が知っている人間を描きたくなる」と言い、「そういう意味でタケという人間を知っているかと言うと、また別の意味での自分」といがらしさんは表現する。その他の個性的な登場人物についても、「極端は極端ですけど見たことあるような人が多い」と説明し、「何が面白いのか、人間のどこが面白いのかと言うと、何か欠落していたり、ものすごく過剰であるのが面白い。両極端のキャラクターというか話になってしまうので、確かにそういう人ははた迷惑な存在ですが、映画やマンガなどで見る分にはこんなに面白いものはない」と持論を展開する。

 実際にいがらしさんの隣にタケが引っ越してきたら?と尋ねると、「それは困るでしょう」と言って笑う。「お金に対しての共通の認識がないと困るということだと思う」と切り出し、「タケは共通認識が欠けているので、(こちらは)何をすればいいの?と。要するに人間の第一の行動原理というものが分かり合えていないので、(タケは)何をしたいのか、と思う」と自らが生み出したキャラクターに疑問を提示する。そして、「みんな困るけど、どうしてそういう主人公を考え出したのかといったら、村の人たちを困らせるため(笑い)」と言い、その理由を「人は困るのが一番面白いし、それがドラマというもの。人間関係のすったもんだというか、周りの人がどういふうに困るのかを描いた話だといえば、確かにその通りだと思う」と自作を分析する。

 主人公以外の登場人物も「何か欠落しているものがあったり、またはものすごく過剰」という軸で生み出し、「欠落しているか過剰かとか、そういう両極端のキャラクターというか話になってしまうので、たしかにそういう人ははた迷惑な存在ですが、映画やマンガなどで見る分にはこんなに面白いものはない」と説明する。そんな個性的な村人たちを演じたキャストについては、「マンガと実際の俳優さんでは、例えば皆さんが知っている松たか子さんなら松さんの顔というのがあるので、それはやっぱりマンガの亜希子とは違う」と言い、「そのギャップをどのように埋めていくのかが松尾さんの演出の一番の課題だったのでは」と思いを巡らす。

 松尾監督によるキャラクター作りについて、「村長の与三郎というキャラクターも阿部サダヲさんとはやっぱり違うし、体の大きさからして違う」と前置きしつつ、「そこを埋めるべくどういうふうにやったかと言うと、物を高速でぶん投げる(笑い)。それは、完全に松尾さん流のギャグなので、そういう手を使うとは思わなかったので、私も見た時はクスクス笑ってしまいました」と絶賛する。そして、「マンガのキャラクターと役者さんとは微妙に違う。その違いがあったことが、一番の収穫」と語り、「マンガと同じようにやってほしいとは思っていなかったですから、その違いみたいなものがうまくいったと思います」と評する。

 ◇松尾監督との因縁

 いがらしさんは「監督と脚本が松尾さんである時点で何も心配していなかった」と言うも、以前いがらしさんが映画レビューを書くブログをやっていた時、「松尾さんの初監督作『恋の門』について書き、ものすごくへまをした」と言う。そのため、「プロデューサーから「監督を松尾さんでいきたい」と言われ、もちろん私はうれしかったのですが、松尾さんが『本当に私でいいんですか?』と言っている」と聞かされ、「なんでだろうと」いがらしさんが問い正すと、「そのブログの話をされたことを聞き、まさか本人が読んでいるとは思わなかった」と驚いたこと告白。最終的には松尾さんが監督に決まったが、「『松尾さんなの?』と思われた人もいると思いますが、私も思いました」とちゃめっ気たっぷりに語る。

 映画の完成度を聞くと、「マンガを描いている自分から見たら無理もない感じの4巻ですが、しばらくたってから一つの話として(原作を)見てみると、確かに余計な部分もいろいろとある」と言い、「そういう部分を松尾さんは多分、分かったと思いますから、脚本の段階でキャラクターやストーリーを再構築してという作業を松尾さんがやってくれたので、完成度が上がったと思います。完成度が上がるということは、娯楽作品としていい出来になったということ」と称賛した。映画は全国で公開中。

 <プロフィル>

 1955年1月13日生まれ、宮城県出身。1979年にマンガ家デビュー。「ネ暗トピア」や「さばおり劇場」といった過激なギャグで支持を得、83年に「あんたが悪いっ」で第12回漫画家協会賞優秀賞を受賞。86年から連載した「ぼのぼの」では、88年に第12回講談社漫画賞青年一般部門を受賞し、テレビアニメ、劇場版アニメ化された。98年には「忍ペンまん丸」で第43回小学館漫画賞を受賞。「I【アイ】」で手塚治虫文化賞に3年連続でノミネート。今年3月には映画の公開に合わせて、今作の原作「かむろば村へ」の新装版が発売された。

(インタビュー・文・撮影:遠藤政樹)

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