堅物の元校長先生が、亡き妻が可愛がっていた地域猫によって次第に変化していく姿を描いた「先生と迷い猫」が10日から公開中だ。「太陽」(05年)以来、9年ぶりのイッセー尾形さんの主演作。「神様のカルテ」などを手がけた深川栄洋監督が、自身の作品「60歳のラブレター」(09年)での芝居にほれ込んでキャスティングした。深川監督は「イッセーさんも猫のように自由だった」と語る。
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定年退職した校長先生(イッセーさん)が一人で暮らす家に、三毛猫のミイがやって来る。ミイは、半年前亡くなった妻(もたいまさこさん)が可愛がっていた猫だった。妻がいないことを突きつけられるような気がして、校長先生はミイを追い払ってしまう……。猫に「いい加減にして」と小声で怒るイッセーさんの芝居が絶妙だ。妻を亡くして落ち込んだままの校長先生の「女々しさ」なのだと深川監督は語る。
「人間のおかしみが出せればと思いました。先生の小ささが見えることで、この変な先生に親しみを感じてもらえるのではないかと」
いつの間にか町から姿を消したミイ。そのミイが、さまざまな人に違う名前をつけられて可愛がられていたことを知った校長先生は、その人たちと一緒に猫を探し始める。
カメラとロシア文学が趣味で偏屈な校長先生役に、イッセーさんをキャスティングした理由について、深川監督は「『60歳のラブレター』でイッセーさんが入院中の妻にギターで弾き語りをするシーンがありました。その撮影のとき、僕は初めて現場で泣いてしまいました。それ以来、ぜひイッセーさんを主演で撮りたいと思っていました」と明かす。
校長先生像はイッセーさんと一緒に作っていったという。「僕が実際に知っている校長先生に、奥さんが校長先生をたしなめながら社会と手を結ばせているような方がいるんですが、その話をイッセーさんにしたところ『面白い』と乗ってくれました。そういう人が奥さんを亡くしたとき、どう生きていくのか。そんなところを、行き先を決めずにロードムービーのように撮ろうと思いました」と語る。
イッセーさんの芝居は、それこそ猫のように自由だったという。「イッセーさんが演じるとアドリブじゃないシーンも、アドリブに見えてしまいます(笑い)。猫もその場でどういう動きをするのか分からないから、カメラを回し続けるしかない。イッセーさんも同じです(笑い)」と深川監督は笑う。
三毛猫ミイ役のドロップは、NHK連続テレビ小説「あまちゃん」にも出演した俳優猫だ。撮影は「周りを怖がらない落ち着いた猫でした。猫は同じことを繰り返せないので、すべて本番だけの一発撮りで済ませました」という。
この映画には素晴らしいシーンがある。校長先生が道端でゴロゴロするミイに出会い、カメラで撮影する。それをロングでとらえた場面だ。「遠くから撮るのは冒険でした。でも、決められたアングルばかりだと、映画に豊かさが生まれない。遠くから撮ることで、のどかなシーンとなりました。猫の動きに合わせてイッセーさんに芝居をしてもらいました」と深川監督は語る。
舞台に伊豆を選んだ。港があり、町に川が流れ、緑あふれる風景が作品のテイストにピッタリだった。
「世知辛い世の中を描いて、寂しい映画にもできたけど、最後にたどり着いたのは、内面の豊かさと幸福が感じられる映画にすることでした。幸せな香りがする町を求めて、スタッフが全国を探し回り、伊豆の蓮台寺という場所に行き着きました。町を下見したとき、晴れていても雨が降っていても、ゆったりと時間が流れているように感じました。川端康成の『伊豆の踊子』の舞台でもある伊豆の、上品な感じが気に入りました」
猫を探して町中を歩き回る校長先生。引きこもりがちだった先生が、妻が生前通った美容院の女性、元教え子、見知らぬ中学生ら、町の人々と触れ合っていくことで得ていくものとは……。「前半は猫との触れ合いを描いて、後半には人と人のつながりを描いています。映画のフレームが途中からガラリと変わるところを楽しんでほしい。地域猫は社会の弱者ですよね。弱者がのんびりしていられることが、本当の幸せな社会だと僕は思っています」とメッセージを送った。
映画「先生と迷い猫」はイッセーさん、染谷将太さん、もたいさん、北乃きいさん、ピエール瀧さん、岸本加世子さん、ドロップらが出演。10日から新宿バルト9(東京都新宿区)ほかで公開中。
<プロフィル>
1976年生まれ。2005年に手がけた「狼少女」で劇場用長編監督デビュー。「真木栗ノ穴」(07年)とともに東京国際映画祭「ある視点部門」に選出され、高い評価を受ける。手がけた作品に「60歳のラブレター」(09年)、「白夜行」(11年)、「神様のカルテ」(11年)、「くじけないで」(13年)、「トワイライト ささらさや」(14年)などがある。
(インタビュー・文・撮影:キョーコ)
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