映画「ベテラン」:リュ・スンワン監督「映画を通して敗北したままでいいのかと問いかけたい」

最新作「ベテラン」について語ったリュ・スンワン監督
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最新作「ベテラン」について語ったリュ・スンワン監督

 熱血刑事と財閥の御曹司が対決する痛快アクション映画「ベテラン」が、12日に公開された。韓国最大のタブーといわれている財閥の横暴を描き出し、本国で歴代3位の記録的な大ヒットを飛ばしたほか、世界三大ファンタスティック映画祭の一つ「シッチェス・カタロニア国際映画祭」のコンペティション部門でフォーカスアジア最優秀作品賞を受賞。「国際市場で逢いましょう」(2014年)のファン・ジョンミンさん、「ワンドゥギ」(11年)のユ・アインさんのアクションバトルも話題だ。今作を手がけた「ベルリンファイル」(13年)などのリュ・スンワン監督に聞いた。

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 ◇取材過程で知り合った刑事の世界を投影

 ソウル警察庁の広域捜査隊のソ・ドチョル(ファン・ジョンミンさん)はベテランの熱血刑事。かつて捜査で世話になったトラック運転手の男が意識不明の重体になったことを不信に思い、真相究明に乗り出す。そしてパーティーで知り合った巨大財閥グループの御曹司チョ・テオ(ユ・アインさん)に行き着く。捜査にあたるドチョルだったが、財閥と癒着している警察の上層部から妨害に遭う。

 今作を作るきっかけとなったのは、これまでの映画の取材過程で知り合った広域捜査隊の「いい社会に変えられる」というひたむきな仕事ぶりに引かれたことだった。主人公のドチョルには、「こんな刑事がいてくれたら」という思いを込めた。また、「刑事のチームプレーも見てほしい」とリュ監督は語る。

 リュ監督は「刑事ものの映画では、ワンマンかバディが多いので珍しいかもしれません。初稿では主人公のドチョルがワントップでしたが、周囲の刑事たちのキャラクターがいいことにスタッフも気づいて、刑事のチームワークのよさを出すように書き換えました。取材で出会った刑事たちもまさにそうで、難しい事件を扱っていることで連帯感が強く、本当の兄弟のような関係を築いていました」と話す。

 主演のファン・ジョンミンさんは、リュ監督の過去作「生き残るための3つの取引」(10年)で演じた刑事役とは全く違った顔を見せている。ユ・アインさんは初の悪役で、冷血非道で子供っぽい財閥の御曹司を狂気とともに演じている。2人のキャスティングについて「いいバランスだった」とリュ監督は満足げに語り、ユ・アインさんの芝居を「特別な演出はいらなかった」と絶賛する。

 リュ監督は「2人の組み合わせはすごく新鮮で、最初はどうなるのか予測ができませんでした。観客から見てファン・ジョンミンさんは安心して見ることができる、安定型の俳優。そこに猪突猛進型のユ・アインさんが混ざって、ちょうどいいバランスになりました。ユ・アインさんは型にはまらない演技をしてくれました。例えば笑顔がとてもよかった。殴られる父親を子供に見せるシーンでは、単に悪魔的ともいえない独特の笑みを見せてくれました」と手応えを感じた。

 ◇明洞で初のカーチェイス&バトルを撮影した理由とは?

 10代の頃は香港映画に親しみ、ジャッキー・チェンさんの作品などに夢中になったという。アクションで昔ながらの打撃にこだわったのも、そんな影響からだろうか。女性刑事役にモデル出身のチャン・ユンジュさんを配し、長身から繰り出す強烈な蹴りを使って、ユーモラスなシーンを作っている。

 クライマックスのシーンでは、若者が集まる繁華街・明洞の中心部で、韓国史上初となるカーチェイスとアクションバトルの撮影を4日かけて行った。制限が多く難しい場所だったが、選んだのには理由があった。

 リュ監督は「明洞は、近代から現代まで経済活動の拠点となっています。財閥が三世代にわたって会社を経営している設定なので、伝統的な場所として明洞でなくてはならなかったのです。もっと複雑なアクションも考えていましたが、やはり制限も多く、省かざるをえませんでした。そこで強烈な場面が必要だと考えて、渋滞する道路を車が突破するというシーンを作りました。スタッフも俳優も入念に準備していたので、スムーズに撮影ができました」と撮影について語る。

 今や韓国映画界のヒットメーカーとなったリュ監督。社会の闇をえぐるテーマと硬派なアクションは踏襲しつつも、これまでの作品とは印象が異なる痛快なエンターテインメント作に仕上げた。その理由は、「難しいテーマだから」だという。

 リュ監督は「大衆に映画を見てもらうには、いい先生になればいいと思いました。いい先生は難しい問題を楽しく説明できます。コミカルでアクションもあって、子供から大人まで誰もが楽しめるものにしたのは、大勢の人に見てもらって、資本権力の腐敗に関心を持ってもらいたかったからです」と語る。

 さらに、「社会が抱えている問題を多くの人に見てもらって、話し合ってほしい」という思いもあったと語る。「私はいい芸術はいい質問からスタートすると思っています。何かを見て、この感情はどこから来るのかと思うと、周囲に目が向けられるようになります。私は映画を通して問いかけを投げたかったのです。大衆は何も持っていないし、力も弱い。でも、自分たちの幸せを考えた時に、つらい状況のままでいいのか、ずっと敗北したままでいいのか、と自分自身に問いかけてほしいのです」と力を込める。

 映画「ベテラン」はファン・ジョンミンさん、ユ・アインさん、チャン・ユンジュさんのほか、ユ・ヘジンさん、オ・ダルスさん、オ・デファンさん、キム・シフさんらが出演。12日からシネマート新宿(東京都新宿区)ほかで公開中。

 <プロフィル>

 1973年生まれ。アルバイトをしながら映画を撮り続け、パク・チャヌク監督「三人組(原題)」(97年)の演出部で働く。下積みの末、インディーズで製作した「ダイ・バッド~死ぬか、もしくは悪(ワル)になるか~」(2000年)で青龍映画祭新人監督賞を受賞。「シティ・オブ・バイオレンス-相棒-」(06年)など、これまでになかった斬新なアクションと脚本・演出で人気を確立。「生きるための3つの取引」(10年)で青龍映画祭監督賞を受賞し、ベルリン国際映画祭に正式出品。「ベルリンファイル」(13年)、「新村ゾンビ漫画(原題)」(14年)などがある。影響された映画について「香港映画。10代の頃はジャッキー・チェン、ユン・ピョウ、サモ・ハン・キンポーが好きでした。青年時代は、80年代の米国の映画も好きでした。日本映画では、今村昌平監督、黒澤明監督、松本人志監督の『さや侍』(11年)も好きです」と語った。

 (インタビュー・文・撮影:キョーコ)

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