花、香る歌:イ・ジョンピル監督に聞く パンソリ初の実在した女流歌手の愛を歌を「情」に乗せて

「花、香る歌」について語ったイ・ジョンピル監督
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「花、香る歌」について語ったイ・ジョンピル監督

 実在した韓国伝統芸能の「パンソリ」初の女流歌手の激動の人生を描いた「花、香る歌」が23日に公開された。女性が歌手になることがご法度だった時代を舞台に、ヒロインと師匠の強い絆を描き出す。ヒロインをK‐POPガールズグループ「miss A」のスジさんが演じ、パンソリをたっぷりと聴かせる。師匠を「7番房の奇跡」(2013年)のリュ・スンリョンさん、興宣大院君を「無頼漢 渇いた罪」(15年)のキム・ナムギルさんが演じるなど豪華なキャストが顔をそろえた。メガホンをとったのは、音楽を題材にした作品に定評のあるイ・ジョンピル監督。イ監督は「愛を言葉で伝えることがなかった時代の“情”に寄り添って作った」と語る。

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 ◇愛を言葉で伝えることはなかった時代の物語

 パンソリとは、歌い手が太鼓の伴奏に合わせて唄(ソリ)と言葉(アニリ)と身ぶり(ノルムセ)で物語を語っていく伝統芸能。映画は朝鮮時代末期を舞台に、女人禁制にもかかわらず歌い手になりたいという夢を追う実在の人物チン・チェソン(スジさん)と、パンソリ塾の創始者である、やはり実在の人物シン・ジェヒョ(スンリョンさん)との物語。師弟愛を中心に、自然豊かな美しいロケの中に描き出している。

 ジェヒョが書き遺した短歌「桃李花歌」を原題に選び、弟子を恋しく思うその詩を基に、師弟関係を想像しながら作っていったという。「単なるラブストーリーなのではなく、師弟愛、父と娘のような愛、いろいろな見え方ができると思います。愛を言葉で伝えることはなかった当時の、人と人の間にある情に寄り添って作っていきました」とイ監督は説明する。父と娘を歌った「沈清歌」と身分違いの悲恋を歌った「春香歌」が劇中で歌われ、歌の内容に2人の関係を重ねた。

 前半と後半でチェソンの表情は、全く変わる。師匠にはねつけられてもあきらめず、男装をして試験を受け、修業に耐える前半は、ユーモラスに生き生きと描いた。後半は、愛する人のために命を投げる覚悟で成長していく。愛を知っていく女性の物語は、さりげなく弟子を思う師匠の物語へと移っていく。

 「時間の流れをあからさまに描きたくなかったので、目立たない形で視点が移っていくようにした」とイ監督は語る。「パンソリは身ぶりが大事。これは深い意味で芝居をすることに通じるのではないかと思いました。女性であるチェソンをジェヒョが弟子に受け入れることができたのも、歌の中でヒロインになり切る才能が彼女にあると感じたのだろうと想像しました」と説明する。

 ◇スジは少女と強い女性の両面を演じてくれた

 ヒロインには、日本でもヒットした「建築学概論」(12年)の出演で“国民の初恋”と呼ばれるようになったスジさんを配した。実在の女流歌手という大役で3年ぶりにスクリーンに登場したスジさんは、パンソリの発声法を1年かけてみっちり練習し、夢をいちずに追うヒロインを熱演している。

 「ヒロインの熱が、彼女を厄介者と思っていた師匠の心を動かして、やがてかけがえのない存在になっていく大事な役どころ。清らかで芯の強さがあるスジさんが役にぴったりだと思ってシナリオを渡しました。チェソンについての記録があまりなかったので、『あなたがチェソンです』と伝えました。心が澄み渡っている少女の面と、強じんな女性の両面を演じてくれました。スジさんは、歌手になる夢を持って頑張っていたころのことを思い出しながら演じてくれました」とイ監督は絶賛する。

 チェソンとジェヒョは、景福宮を再建した大院君が催す落成の宴に出ることが目標となる。大院君役には、ドラマ「赤と黒」などで日本での人気も高い俳優のナムギルさんが演じている。イ監督が手がけた作品を製作してくれた縁もあっての抜てきとなった。

 「大院君は両班(貴族)の出でしたが、暗殺されないよう、バカなフリをしてみすぼらしい格好をしていたような人物。常に芝居をしていたので、どれが本当の自分なのか分からないような気持ちだったでしょう。存在感もあってソフトとシャープ両面を持っているナムギルさんなら、この難しい役どころを演じてもらえるのではと思いました。複雑な心境も、スッと理解してくれ、細かいところもよく考えて演じてくれました」

 ◇温かさと切なさを感じてもらいたい

 1980年生まれのイ監督。今回、映画の準備をするうちに、パンソリの素晴らしさに気づいたという。

 「韓国人にとってパンソリは“私たちの歌”なのです。いろいろな感情のしこりが恨(ハン)の情緒に込められていて、だからこそ、人生を楽しむこと、つまり、興(キョウ)を知っている……と頭では分かってはいましたが、今回映画作りのためにパンソリを調べるうちに、心の奥深く、心の源を動かしてくれるものだと感じました」という。

 さらに、「人々がパンソリを楽しむことが少なくなった」という理由で、パンソリの奥義である「恨」よりも、「愛の物語」として新しいアプローチにしたという。師弟が互いを思いやる姿は、父親と娘のようにも映る。

 「僕は小津安二郎監督の映画が好きで、小津映画の父と娘を見るといろいろな感情が浮かぶんです。笠智衆さんがポツンと寂しそうに待っている姿を見ると温かい気持ちになりますね。今回の作品は全く違うものですが、人々が疲れて渇き切っているこの時代に、この映画から温かさ、切なさを感じて心の癒やしや安らぎを感じてもらえればと思います」とメッセージを送った。

 「花、香る歌」は、スジさん、スンリョンさん、ソン・セビョクさん、イ・ドンフィさん、アン・ジェホンさん、ナムギルさんらが出演。23日からシネマート新宿(東京都新宿区)ほかで公開中。

 <プロフィル>

 1980年生まれ。「全国のど自慢」(2013年)で長編映画デビュー。続いて「アンサンブル」(14年)と、音楽を題材にした作品に定評がある。今後が期待される若手監督の一人。日本映画では、小津安二郎監督、北野武監督の作品がお気に入りとか。

 (取材・文・撮影:キョーコ/フリーライター)

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