俳優の渡辺謙さんが、米アカデミー賞の受賞歴がある俳優のマシュー・マコノヒーさんと共演した映画「追憶の森」(ガス・バン・サント監督)が4月29日に公開された。今年3月から4月にかけて、米ブロードウェーミュージカル「王様と私」に王役で再登板し、このインタビュー(4月25日開催)の数日前に米国から帰国したばかりという渡辺さんに、今作や共演のマコノヒーさんについて、さらに今後の展望などを聞いた。
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渡辺さんは、「ラスト サムライ」(2003年)で米映画デビューを果たしてから最近の「GODZILLA/ゴジラ」(14年)まで、メジャー作品で、「ある種、存在みたいなものを生かすようなキャラクター」を演じることが多かった。
対して今作は、「グッド・ウィル・ハンティング/旅立ち」(1997年)や「ミルク」(08年)などの作品で知られるガス・バン・サント監督によるインデペンデント映画。それだけに、「ある種、存在を消していくみたいな、実線というよりも点線のように(演じる)」ことを心掛けたという。それは渡辺さんにとって、「非常にチャレンジだった」といい、「さあ、どういう表現をしていくの、というところでは、非常に妙味だった」と語る。
渡辺さんが演じるのは、マコノヒーさん演じる米国人アーサー・ブレナンが、死に場所を求めてさまよう富士山の青木ケ原樹海で出会う、日本人男性ナカムラ・タクミだ。そもそも、渡辺さんがこの作品に興味を持ったのは「死というだけでなく、目に見えないもの、科学的ではないこと」に、米国人が興味を持ったことに「素直に驚いた」からだ。バン・サント監督が名乗りを上げたことも魅力だった。
とはいえ、脚本を読んだ当初は、タクミという人間を「つかみきれない感覚はずっとあった」と打ち明ける。バン・サント監督も答えを明確に提示することはなかったという。だからこそ渡辺さんは「こちらが、その意味をいちいち説明するのではなく、(観客)それぞれが作る公式で出る答えで、僕はいいと思っているんです。もしかしてああいうことか……と、映画を見終わったあとでもなく、1週間とか1年とかたってからふっとよみがえってくるみたいな、そういう残像感として表現したかったんです」と説明する。
マコノヒーさんとは、作品の内容を鑑み、撮影現場で初めて顔を合わせるまで、一切打ち合わせをしなかったという。ただ、その、タクミとアーサーが森の中で最初に出会う場面での最初のテイクは「使えませんでした」とか。なぜなら、互いに相手がどんな演技をするのかという意識が「強すぎちゃって、もっと、もっと抑えて、抑えて、と何回か撮り直したんですけど、最初のは、本当に恥ずかしいくらい使えなかったですね」と苦笑する。
しかし、「そこから一歩ずつ一歩ずつ歩みをそろえていくように撮影は進んでいったため、この映画を具現化していく上で、とてもいいプロセスになったと思います」と、それが決して無駄な作業ではなかったことを強調する。
そのマコノヒーさんについて、「自分からこんなこと言うのはおかしいんですけど」と断りながら、「すごく似ているタイプの俳優さんだなと思いましたね。準備はきちんとするんだけれど、カメラの前に立った時に、準備したものを全部出していくんじゃなくて、今、そこにあることだったり、今、そこで生まれたもの、感じたものに、すごく忠実に向き合う。そこにあるものとして残していくというタイプなので、すごくやりやすかったです」と振り返る。
昨年は、ブロードウェーミュージカル「王様と私」の王役で、米トニー賞ミュージカル部門の主演男優賞にノミネートされた。「映画ってマジックじゃないですか。たくさんのテイクのミスは許されるわけですよ。その中で、いいエキスというか、本当に必要なものだけをチョイスして、エディティング(編集)して、よくなることってたくさんあるんです。でも舞台はそうはいかない。そこでちゃんと認めてもらえたというのは、本当に、俳優としてちゃんと評価をしてもらえたということだと思うんです」と充足感をにじませる。
03年のハリウッドデビュー、15年のブロードウェーデビューとくれば、今後はどのような展望を持っているのだろう。その問いに、「ないんですよ。あてもなくさまよっていますから」と笑う。なんでも渡辺さんは「目標を決めちゃうと、そこに向かうことに必死になってしまって、そこにしか行けないタイプ」だそうで、「5年前に、自分が5年後、ブロードウェーでミュージカルをやっているなんて、これっぽっちも思ってなかったですから」と語る。そういった経験を踏まえてか、「僕にはビジョンは必要ないんだ。言われたままに、「はい」と言ってやればいいんだ」と考えるようになったという。
それを表すかのように、渡辺さんのツイッターのプロフィル欄には「世界放浪中の俳優。ビジョンもなくさ迷っています。出口はあるのか?」とある。「徘徊(はいかい)しているようなもんですよ(笑い)。だって、出口が見つかった段階で、果たしてどうすればいいのか? となったりするじゃないですか。出口を探してさまよっていることそのものが、生きているようなことですよ」と達観した見方を示す。
今作への出演についても、「20代、30代の頃なら、どうかなっていう気もしますよね。やっぱり僕も、ここ10年くらいでいろんなことを考えるようになったし、本当に目に見えないものに動かされていることを感じることってたくさんありますから」という思いがある。
今作について、これを見れば元気が出る、前進できるとポジティブシンキングを促す映画が多い中で、「もしかしたら、別に、前に進まなくてもいいんじゃないか。1回立ち止まって、今ここで、どんな風が流れているのか、その風はどんな匂いなのか、どんな音なのか。自分は今、どこを向いているのか。そういうことをちょっと感じるという時間も大事なことだよねということを、多分この映画は伝えようとしている気がしてならないんですよね」と指摘する。
その上で、「大事な人を失ったとき、今までの日常って、果たしてどうだったんだろうと、ちゃんともう1回振り返る。そういう時間のために、例えば日本では初七日や四十九日があったりしたわけじゃないですか。そういうものがどんどん失われて、お通夜をしてお葬式をして終わり、というふうになってしまっている。その存在を失ったということは、果たしてどういうことなのか。そういうことをかみしめる時間がなくなっている。本当はそういうことの方が大事なことで、もちろん、一緒に生きていくことも大事なんだけれども、そのあとも生活していたことは終わらないような気がするんですね。そういうことを、こういう映画でちょっと感じたりとか、見つめてもらえたらいいですね」と笑顔で語った。映画は29日から全国で公開中。
<プロフィル>
1959年生まれ、新潟県出身。83年にデビューし、87年、NHK大河ドラマ「独眼竜政宗」に主演。2003年、「ラスト サムライ」で米アカデミー賞助演男優賞にノミネート。15年には、米ニューヨーク・リンカーンセンター・シアターでの「王様と私」に主演し、トニー賞ミュージカル部門主演男優賞にノミネート。同作のサントラはグラミー賞にもノミネートされた。主演作「許されざる者」(13年)でメガホンをとった李相日監督の「怒り」(秋公開予定)に出演。初めてはまったポップカルチャーは、「アニメーションなら、『マッハGoGoGo』(1967~68年)」と明かしたあとで、「ちょっと古いかな」と照れ笑いしていた。
(取材・文・撮影/りんたいこ)
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