「怪盗グルー」のユニバーサル・スタジオと「シュレック」のドリームワークス・アニメーションが初めてタッグを組んだ劇場版アニメ「ボス・ベイビー」(トム・マクグラス監督)が全国で公開中だ。俳優のムロツヨシさんが、日本語吹き替え版で外見は赤ちゃんなのに、中身はおっさんという奇天烈なキャラクターの声を担当している。「僕が普段やっているお芝居では、どうやっても赤ちゃんにはなれないので、そこに魅力を感じました」と語るムロさんに、声優初体験の感想や苦労したこと、プライベートでの気分転換法や10年後の自分について聞いた。
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映画は、7歳の少年ティムの家に、黒いスーツ姿の“ボス・ベイビー”がやって来たことで巻き起こる騒動を描いていく。普段の芝居でしばしばアドリブを繰り出すムロさん。今回の収録でも、その“特技”はいかんなく発揮された。
「ボス・ベイビーが背中を向けたらこっちのものです(笑い)。その時はチャンスとばかりに……」アドリブを考えて入れ込んだ。ボス・ベイビーとティムの“決闘”シーンや、ボス・ベイビーが転ぶシーンなどでもアドリブを試み、吹き替え版の監督とは、「半分採用、半分不採用の戦い」を繰り広げたという。
声優の仕事は今回が初めて。しかも主演だ。海外の映画やアニメーションの声優を、日本の俳優やタレントが担当することは、今ではすっかり定着したが、ムロさん自身は「それを目標にしていたことはなかったですが、初めて声優のオファーが来た、それが主役だったのは、本当にうれしかったです」と喜びをかみ締める。
これまで親しい俳優仲間に声優の依頼が来ても、「僕のところには来なかった」ことも、喜びに拍車をかけた。「今回こうやって、しかも赤ちゃんの役が来たというのはありがたいです。続けていてよかったと思います。20代のころね、まったく仕事がなかった人間ですから」としみじみ語る。
それだけに、初めての声優は難しさより「やりがいの方が大きかった」と語るも苦労はあった。普段の芝居では、動きに合わせて出せる声も、アフレコでそれをやるときぬ擦れの音が入ったり、動きのせいで声を出すタイミングがずれたりする。ミキシング(音の編集)で多少の調整はできても、「リアクションの声とかは難しいと思いましたね。そこに関しては、経験がもっと必要だと思いました」と正直に明かす。
今後も機会があれば、「シュレック」(2001年)などのような、「人間ではない役をいろいろやってみたいです」と意欲を見せる。さらにやってみたい役として挙げたのは、「嫌になるぐらい、本当にいいお父さん(笑い)」とか。
もっともそれは、今回の仕事を通して父親願望に目覚めた、ということではないようで、ムロさんは「この仕事に関わる前から結婚願望は『ない』と即答していたんですけど、即答の『ない』がなくなったぐらいです。『ある』とは言わないです。マイナスからゼロになった」程度。ただ、「結婚願望より父親願望の方がある」そうで、それというのも、「友人たちがほとんど父親」で、「誰かの家に遊びに行くと子供たちがいる。そうすると、僕を敬遠していた子供たちが、そろそろなついてくるんですね、『ムロくん』と言って(笑い)。そうすると、やっぱり子供っていいなと思う」からだ。
半面、子供たちを叱る友達を見ながら、「僕に叱ることができるかなと思いながら、そんな父親願望というか“父親想像”が出てきている」のだという。
ちなみにボス・ベイビーは、ある任務を抱えており、5人の赤ちゃんの“部下”と情報収集に余念がない。そんなボス・ベイビーと自身の共通点は、「仕事最優先」のところ。「家族を大事にするという気持ちはありますが、それは仕事がうまくいってこそ」という思いがあるからだ。
1999年に作、演出、出演と1人3役をこなした独り舞台で活動を開始。長い下積み生活が続くも、本広克行監督の映画「サマータイムマシン・ブルース」(05年)で映画初出演を果たし、その後、福田雄一監督の「大洗にも星はふるなり」(09年)に出演するなどし、徐々に頭角を現した。最近では映画、ドラマ、CMと引く手あまただ。先日には、優れた映画やテレビドラマ、プロデューサーや俳優を表彰する「第42回エランドール賞」新人賞を、42歳で受賞した。さらに4月には、ムロさんが08年から続けている舞台「muro式.」の11作目「muro式.10『シキ』」の公演を控える。
そんな現状を、ムロさん自身は「今回の仕事も含めて、続けていてよかったなというぐらいやりがいのあるお仕事がやって来てくれています」とありがたがる一方で、「こうやって来る仕事を楽しくやれるのは、20代、30代という過去があるから」と冷静に分析する。そして「これから3年後、5年後、自分が仕事を楽しくやれているためには、もっといろいろ今から、何かしらの行動は必要だろうなと思っています」と襟を正す。その直後、「難しく考えちゃう性質なんですよね。単純にやっていればいいんですけど」と苦笑しながらこぼすムロさんに、真面目な人柄がのぞく。
ちなみに気分転換は、「風呂に入る」こと。「朝、昼、夜、風呂に入ります。1回散歩して帰ってきたらまた風呂入ります(笑い)」。銭湯や温泉にも出かけていくそうだ。
そんなムロさんに10年後の自分を想像してもらうと、「自分が面白いものはこれです、という『形』を作れる人間でありたいなと思います」と話す。今のムロさんにとって、その「形」が「muro式.」だ。ただ、その「muro式.」でも、「(面白いものは)作り切れてはいないと思う」と打ち明ける。だからこそ、「その(『形』を作る)作業はずっと続けいく」という。「そうでないと、いつか、これが自分の面白いものですと言えなくなってしまう」という危機感があるからだ。
「舞台だけではなく、もしかしたら映像かもしれないし違う形かもしれません。でも、作れる人間でいたいと思います」と真摯(しんし)に語る。そして、「自分が面白いというものを確認するために、作ったものを毎回壊し」、その上で「いろんな形を持っている人たちに、自分が面白いと思うものはこれですけど、どうですか。ムロを使ってみませんか。ムロとやりたくないですかということが、できればいいなと思います」と前を向く。
そこまで語ったムロさんに、改めて10年後の具体的なイメージを尋ねると、「今はないです」としながら、「そこ(10年後)で、面白い形はありますかと自分に聞いたときに、ありますと言えるかどうか」。それが、ムロさんが描く10年後だという。
<プロフィル>
むろつよし 1976年1月23日生まれ、神奈川県出身。99年に行った独り舞台で活動を開始。映画「サマータイムマシン・ブルース」(2005年)をきっかけに映像作品にも活動を広げる。主な映画出演作に「大洗にも星はふるなり」(09年)、「シュアリー・サムデイ」(10年)、「明烏 あけがらす」(15年)、「ヒメアノ~ル」(16年)、「銀魂」(17年)など。18年の待機作として「50回目のファーストキス」「空飛ぶタイヤ」がある。
(インタビュー・文・撮影/りんたいこ)
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