浜田麻里:35周年インタビュー(上) 「破壊と再生」の音楽人生…プリプリ、デーモン閣下との秘話も

デビュー35周年を迎えてアルバム「Gracia」を1日にリリースした浜田麻里さん
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デビュー35周年を迎えてアルバム「Gracia」を1日にリリースした浜田麻里さん

 2018年4月にデビュー35周年に迎えた歌手の浜田麻里さんが、通算26枚目のオリジナルアルバム「Gracia」を1日にリリースした。今作は、デビュー時に所属していたビクターエンタテインメントへの復帰第1弾。当初は「麻里ちゃんはヘヴィ・メタル」というキャッチコピーでデビューし、“ヘビーメタルの女王”の異名を持つ浜田さんに、35周年の思いや同時期に活躍していたアーティストとのエピソード、音楽的ルーツなどについて聞いた。

 ◇アイドル的な売り方でグラビア撮影も

 ――レーベルを移籍したことも含め、デビュー35周年を迎えた心境はいかがですか。

 35周年を迎えるにあたって、ここ2、3年いろいろ悩んで考えて……。音楽をする人間として、どうしても私は保守的な考え方ができないタイプで、それまでのスタッフや周りのミュージシャンたちとも、本当に満足のできる温かい関係があったんですけど、それをあえて壊して、また再生していくというか、もう先に進むしかないんだと。破壊と再生の繰り返しをしてきた私の音楽人生の、また一つの大きな転機だったのではないかと思います。

 ――浜田さんは、ご実家が昔、理容室を営んでいて、3歳のころにそこで働いていた従業員の女性に連れて行ってもらった美空ひばりさんのコンサートが、音楽の原体験だったそうですね。

 そうなんです。ただ具体的に歌を始めたのは小学生の時の合唱クラブで、部長になって頑張ったり。その時の土台というのは結構、今に生きてるんじゃないかなと思うんです。唱歌ってハーモニーを重ねていったりいろんな転調があったりと意外に凝ってるんですよ。もしかしたら、自分の中のハーモニー的なニュアンスは、はじめに勉強したそういうクラシカルなところからきてるのかなと思ったり、今もアカペラのアレンジをするんですけど、苦もなくそれが構築できるのは、そのときに積み上げたものがあるからなのかなって。

 自分は歌が得意なんだって自覚し始めたのも小学生の時で、小学校6年生の時にはもう「歌手になろう」と思って歌のオーディションみたいなものを受けたんですけど、それがすごくいい成績で。特待生みたいな形で受け入れていただいて、ボーカルスクール的なところにもいましたし、15歳ごろからスタジオシンガーとしてテレビやラジオのCMソングを歌う仕事をいただくようになって、プロとして歌い始めたんです。

 ――デビューの時のキャッチコピー「麻里ちゃんはヘヴィ・メタル」についてはどう感じていましたか。

 正直びっくりしました(笑い)。それこそ本格的なロックシンガーとしてデビューするんだと思っていたし、もちろんアルバムはそういうふうに作ってはいたんですが、売り方としては“半分アイドル”じゃないですけど、例えば男性誌のグラビアに出たり。それは(水着とかではなく)普通の格好でしたけど。なので、そっち(アイドル的な方向)にもっていかれないように気を付けなきゃなって思ってました。

 ◇プリプリからライバル視されていた!?

 ――浜田さんは当時は大学生で、まさに“聖子ちゃんカット”のようなヘアスタイルだったそうですね。

 レイヤーの聖子ちゃんカットが伸びたような髪の毛で、ハマトラとかの時代ですね。あと高校も私服だったので、ジーンズのオーバーオールを着古したようなやつをちょっとラフに着たり。そういうのがはやった時代でした。

 ――ちなみに、荻野目洋子さんの「ダンシング・ヒーロー(Eat You Up)」が再び注目を集めたり、プリンセス プリンセスが数年前に再結成したりと、最近の「80年代リバイバル」の傾向について感じることはありますか。

 荻野目ちゃんについてはウェブニュースか何かで見たような気がしますけど、私、テレビをもう何年も見ていない人間なので、本当に疎いんですよ。荻野目さんは、昔(お互いに在籍していた)ビクターで何度かお会いはしてると思いますけど、ちょっと畑が違ったので……。プリンセス プリンセスは、ちょうどヒットしたころが同じだったので、テレビ番組で毎週のように一緒だったりしましたね。一度だけ、(聖飢魔IIの)デーモン閣下と(プリプリの)みんなでお食事したことはありますけど、私、どういうわけかライバル視されるタイプなんで、女性から仲よしくしてもらえない(苦笑い)。あんまり深いお付き合いはないですね。

 <プロフィル>

 はまだ・まり 1962年7月18日生まれ、東京都出身。15歳のころからスタジオシンガーとして活動し、高校生の時にディープ・パープルやレインボーなどのハードロックのコピーバンドを結成。大学時代に女性ロックバンド「Misty Cats」として「East West’81」のコンテストに出場したことをきっかけにスカウトされ、83年4月にアルバム「Lunatic Doll」でデビュー。89年に発売したシングル「Return to Myself~しない、しない、ナツ。」がカネボウのCMソングに採用されヒット。2018年10月からはデビュー35周年記念&アルバム「Gracia」リリースツアー「The 35th Anniversary Tour“Gracia”」を開催予定。

 (インタビュー・文・撮影:水白京)

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