葬送のフリーレン:マンガ大賞の話題作 誕生秘話 感情を揺さぶる理由

「葬送のフリーレン」のイラスト
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「葬送のフリーレン」のイラスト

 マンガに精通する書店員らが「その年一番面白いと思ったマンガ」を選ぶ「マンガ大賞2021」(実行委員会主催)で大賞に選ばれた「葬送のフリーレン」。山田鐘人さん原作、アベツカサさん作画のマンガで、「週刊少年サンデー」(小学館)で2020年4月に連載がスタートすると、すぐに話題になった。生と死をテーマに繊細な感情が表現されるなどさまざまな魅力がある作品だ。じんわりと心に染みるような不思議な読後感もある。「葬送のフリーレン」はなぜ、人の感情を揺さぶるのだろうか? また、どのように誕生したのだろうか? 小学館の担当編集の小倉功雅さんに聞いた。  

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 ◇複雑な感情をリアルに描く

 「葬送のフリーレン」は、連載がスタートしてからまだ1年もたっていない。人気マンガをランキング形式で発表するガイドブック「このマンガがすごい!2021」(宝島社)のオトコ編の2位に選ばれたことも話題になり、3月17日発売のコミックス第4巻で累計発行部数が200万部を突破するなど早くも話題になっている。

 魔王を倒した勇者一行の一人で魔法使いのフリーレンが旅をする姿を描いている。エルフであるフリーレンは、ほかの種族よりも寿命が長く、10、50年をあっという間と感じる。自分以外の勇者一行が年老いて、寿命で死んでいく中で、他人にあまり関心がなかったフリーレンが人を知ろうとする。

 生や死を考えさせられるところもあるが、決して難解なわけではない。小倉さんによると「少年マンガ誌ではありますが、読者層を絞っている意識はない」という。仲間、成長、死などの普遍的なテーマだからこそ、子供だけでなく、大人も楽しめる。「面白い!」と話題ではあるが、なぜ多くの人の心をつかんでいるのだろうか?

 「表面的にはエルフと、人間などほかの種族との寿命の差の違い、死を身近に描いていて、感情移入しやすい部分が、入り口になっているかもしれません。少し掘り下げた部分には『前向きさ』『肯定感』があると思います。切ない話ではありますが、読み心地が良いんです。そこは作家さんが気をつけているところでもあります」

 繊細な感情表現も魅力だ。お涙ちょうだいの安易な表現ではない。

 「第1話のネームから、生きている人間がしっかり描かれていました。いわゆる異世界ファンタジーで、ここまでリアリティーのある感情をマンガに落とし込む力は、突出しているように感じます。一つの考え方ですが、マンガ、小説、映画など物語では『感情を届ける』という側面があると思います。物語の一つであるマンガという表現媒体の中で、絵、キャラクター、コマ割り、セリフなどを駆使して高解像度の感情を紡ぎ出すことが大事です。人間の感情は複雑なものではありますが、それをリアルに表現していると思います」

 ちょっとした表現に驚かされることもある。丁寧な表現だからこそ、心が揺さぶられる。

 「個人的に、裏にあるテーマは『人への興味』だと解釈しています。せりふに呼び名が多いです。例えば『じゃあまたね』で終わるところを『じゃあまたね。アイゼン』としています。読んでいて気付きにくい、山田先生のこだわりです。目の前にいる人に対する、興味、敬意、思いやりを直接的ではないけれど丁寧に描いていて、そこがにじみ出ている気がします。違う例えですが、母親が3、4歳の子供に料理を作る際、細かく食材を切ってあげる。子供は何も知らずにその料理を食べますが、小さい口でも食べられるようにと、母親の配慮がある。母親は食材を切っている時に、きっと子供のことを考えているはずです。その瞬間の『人が、大切な人のことを思う尊さ』という種類の感情がたくさんちりばめられていると思います。特に第4話などは象徴的です」

 ◇二人のとんでもない化学反応

 原作の山田さんは「週刊少年サンデー」の月例賞に選ばれ、2013~15年に「週刊少年サンデーS」(同)で連載された「名無しは一体誰でしょう?」の原作を担当。「サンデーうぇぶり」(同)で「ぼっち博士とロボット少女の絶望的ユートピア」を連載したこともある。作画のアベさんは2015年に「週刊少年サンデー」の月例賞に選ばれ、「殺人鬼vs.殺人鬼」などの読み切りを発表してきた。

 「山田先生は、僕が新入社員だった2009年から、アベ先生は2014年から担当しています。山田先生の前作『ぼっち博士とロボット少女の絶望的ユートピア』は名作だと思っていますが、残念ながら売れませんでした。2017年末に連載が終わった後、まずは読み切りを描くことを提案しました。しばらくは何本かのネームを描いていただき、打ち合わせしていましたがうまくいかず。そこで、最初の受賞作が勇者・魔王モノのコメディーだったことと、ゲームやファンタジーに造詣が深いので、思考をリセットして、その方向でギャグを描いてみては?と、方向性だけ提案したのですが、いきなり『葬送のフリーレン』の第1話のネームが上がってきました。全然ギャグじゃない(笑い)、でも、すぐに面白い!となりました。寿命が長いエルフを主人公にすることを思いつくことはあっても、物語に落とし込むことが難しい。僕がネームを見た時、山田先生は、あまり自信がなさそうだったのが印象に残っています」

 いきなり出てきた「葬送のフリーレン」の第1話のネームは「ほとんど直していない」というから驚きだ。アベさんが作画を担当することによって、とんでもない化学反応が起きた。

 「作画をどうしよう?と考え、アベ先生にこういうネームありますがどうですか?と相談しました。『描いてみたい』と言っていただき、最初にフリーレンのキャラ絵を描いてもらいました。その絵にとても人間味を感じたのと、感情がある気がしました。山田先生からも『この方ならお願いしたい』という返答をいただきました。作画を誰に依頼するか?を考えた時、コンペにすることもあり得たのですが、タイミングもあって、アベ先生にお願いしたところ、化学反応が起きたと思います」

 「そもそもお二人は会ったことが(現時点でも)ないので、チャレンジでした」と語る小倉さん。早速、連載に向けて動き出した。

 「まずは読み切りで呼吸を合わせてほしいと思っていました。でも、面白かったので、企画書には『短期集中連載』と書いて、アベ先生が描き直したネームを出したんです。編集長の感想は『なんだかすごく面白い。でも読み切りだよね? 続きどうするの?』でした。読み切りで描いたことを見透かされてしまい……。ここはチャレンジ!と、山田先生と打ち合わせしていた中で続きを描いてもらえそうな感触もあり、第2話のネームを描いてもらいました。第2話のネームもほとんどそのままです。素晴らしいです!と絶賛したのですが、第2話も山田先生は自信がなさそうでした。アベ先生が第2話ネームを描き上げた時、短期集中ではなく、『本誌週刊連載』として企画しました。編集長は忘れているかと思って(笑い)。その時の返答では、絶賛していました。慎重に見えるかもしれませんが、二人ともまだ新人作家さんでしたので、なるべく作品を大切にしたかったんです。連載開始まで、2年ほど準備したことになります」

 ◇二人の作家の素顔

 山田さん、アベさんは共にメディアの露出もほとんどないため、どんな作家なのかが見えにくい。小倉さんは、山田先生について「ギャグやコメディーが得意な作家さんだと思います。ストーリー、ドラマという縦糸、キャラ、コメディーという横糸があるとすれば、横糸タイプの作家さん。でも、『葬送のフリーレン』には、うまく縦糸が混ざります。例えば、勇者ヒンメルのエピソードが入ると、フリーレンの心の成長が表現される。ヒンメルが出てくると物語が締まる気がします。切なくても、カタルシスがあるので」と説明する。

 アベさんは「絵を描くのがすごく好きな方」という。

 「打ち合わせでお待たせしまったことがあったのですが、『サンデー』の打ち合わせブースで、人体の画像が出てくるアプリを見ながら、クロッキーの練習をしていたのが印象的でした。そんな新人作家さんは見たことがありません。アベ先生にしか描けないビジュアル、キャラクターがあり、センスが素晴らしい。賛辞しかありません。山田先生も『ここまでフリーレンを正確に捉えて、高い精度で描いていただける方はいない』とおっしゃっています。山田先生のネームから感情を読み取る能力がすごい。作品の魅力を増幅させています。絵の密度もすごいです。」

 マンガ大賞の受賞を受けて「二人とも学生の頃から知っているので、正直ホッとしています。良かった……と父のような気持ちです」と語る小倉さん。今後の展開も気になるところで「引き出しの多い作家さんですし、あくまで編集の考えですが、続けられる限り、長く自由に連載していただければ……と思います。ただ、長くするために展開を出し惜しみするのは先生も編集部も違うと思っているので、まだまだ面白くなっていくと思います」と話す。「葬送のフリーレン」の“とんでもない化学反応”はまだまだ続きそうだ。

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