6月28日から上演されるオフ・ブロードウェイミュージカル「The Last 5 Years」に出演する俳優の水田航生さん。同作はニューヨークに住む女優の卵・キャシーと成功し始めた小説家・ジェイミーの出会いから別れまでの5年間の関係を、それぞれ逆行する時間軸で表現したミュージカルで、水田さんは新進気鋭の作家のジェイミーを演じる。コロナ禍で一時は役者をやめることさえ考えたが、自粛期間を経て改めて気づいた思いがあったという水田さんに、ジェイミー役を演じる思いや過去の“テニミュ”時代のエピソード、俳優業への思いなどを聞いた。
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「The Last 5 Years」は、2001年の初演以降、世界中で繰り返し上演され続けている人気ミュージカル。女優のキャシーと作家のジェイミーが恋に落ち、別れるまでの5年間の姿を描く物語で、キャシーは結婚生活の終わりから出会いに向かって時間をさかのぼり、ジェイミーは2人が初めて出会った時から別れまでを順を追ってつづる。今回は3組のペアがそれぞれジェイミーとキャシーを演じ、水田さんは女優の昆夏美さんと共演。ほかには木村達成さんと村川絵梨さん、平間壮一さんと花乃まりあさんがペアを組む。演出は演出家の小林香さんが務める。
演じるジェイミーは、成功し始めた作家。劇中で描かれるのは普遍的で共感しやすい恋物語ゆえ、「自分なりの感性で表現できることを考えています」と水田さん。難解な楽曲が多いため、「歌のスキルをあげていかないといけないなと思います」と話す。
キャシーは2人の終わりから、ジェイミーは出会いから……とそれぞれ異なる時間軸で進行するのがユニークだ。水田さんは「面白いのは、キャシーは絶望の中で悲しんでいるところから戻っていき、ジェイミーは逆に順行していくこと。最初に悲しむのと最後に悲しむのとでは、悲しみ方も男女それぞれ違う。物語を通してジェイミーが悲しんでいく順行の形と、キャシーの逆行していく気持ちという、男と女の感情の流れのようなものも比較できて面白いと思います」と見どころを語る。
ジェイミーを演じるうえで「男としてのズルい部分だったり、エゴみたいなものを恥ずかしげもなく出して、ジェイミーとして舞台上で生きていければ」と語っていた水田さん。劇中では、どう自分らしさを出していくのか。水田さんは「この(男性キャストの)3人の中では、たぶん自分が一番“悪くなさそう”なイメージだと思うんです」と笑い、「悪い人じゃさそうな人が、実はそういう心を持っていて、そういう感情を発散する瞬間が、より魅力的に思えるんです。中身とギャップがある感じで僕のジェイミーは見られると思います」と外見と役柄のギャップがひとつの見どころだと考えている。
キャシー役の昆夏美さんとは初対面だったといい、「自分の意見をすごく持っている方だと思うし、とても芯の強いイメージですね」と水田さん。「(昆さんの)歌がすごいから、プレッシャーしかないですけど(笑い)。でも、すごく情熱的な舞台になりそうなイメージがあります。彼女の熱量に負けないように、自分もたくさん熱量を発散しないといけない。相乗効果が出れば、とても情熱的な2人になると想像しています」と自信ものぞかせる。
そんな水田さんが、俳優として役を演じるうえで常に大事にしていることとは、何か。聞いてみると、「10年以上俳優をやってきて思うのは、僕はたぶん、“受け”の役者だと思うんです。リアクションの役者なので、人が発したものをいかにちゃんと受け取って、どのような形で大きくして返すか……共演している人の発しているものを、いかにすべて受け取れるかにかかってくる」と水田さんは話す。
同じ芝居を毎日演じる舞台では、その時々で相手との“キャッチボール”がうまくいかないこともあるが、「『渡したよ、渡されたよ』と、ちゃんと相手と心でキャッチボールできることが大事だと思うし、『俺、そこが好きなんだな』と思うんです。舞台を降りたときに『今日なんかよかったよね』と共演者と共感できた瞬間に、とても尊いものを感じるし、そのときのために僕は舞台をやっているんだなと思います」と語る。
現在30歳。かつては「第1回アミューズ王子様オーディション」を勝ち上がった経験もあり、「第1回王子なんです」と笑う。「それがきっかけで(この世界に)入り、この仕事をさせてもらえるようになったんです。王子になったときが一番、キラキラしていましたね(笑い)。そこから、演劇という厳しい世界でぼこぼこにされて、泥水をすすりながら……」と苦笑いで語る水田さん。“王子”を勝ち取った後は、人気ミュージカル「テニスの王子様」(テニミュ)にも忍足謙也役で出演したが、苦労もあったという。
「ダブルキャストでAチーム、Bチームがあって、僕はBチームだったんです。AとBは別に『良い、悪い』ではないんですが、稽古期間とかいろんなことがAチーム主体で行われて、Bチームはあまりいい思いができなかった(笑い)。Bチームは1回も舞台稽古もやらずに本番をやったりしていたんですよ。本編とは別のライブでも、Aチームしか通し稽古をやらないから、Bチームはみんな、(Aチームの)自分と同じ役の人の立ち位置をメモって、ぶっつけ本番でやったり……テニミュの時代から、泥水をすすっているんです(笑い)。雑草魂ですね」と、水田さんはどこか楽しそうに懐かしむ。
コロナ禍の現在、映画や舞台などのエンタメも苦境に立たされている。水田さん自身も、一時は役者をやめることも考えたという。
「この仕事の必要性や意義みたいなことも考えたし、こんなことをやっていていいのかなとか、正直『役者やめようかな』まで考えました。でも、最終的な思いとしては、単純に、すごくこの仕事が好きだな、ということだった。頭の中パンパンにして、こねくりまわして考えた自粛期間を経て、とっても頭がシンプルになって。好きだったらやるべきだな、と思ったんです。人のためとか、何かを届けなきゃ、という思いももちろんありますが、やっぱり僕自身がこの仕事を好きで、誇りを持っているから、必要だと思っているうちはやろう、と。自分が好きでやっていることを『支えです、生きる糧です』と言ってくれる人がいるって……こんなにすばらしい仕事はないんじゃないか、と」
俳優を続ける原動力になったのは、単純な「好き」というシンプルな思いだったと気づいた水田さん。コロナ禍を経て、変化した考えもあった。「自分のことを認めました。今までは『人にやさしく自分に厳しく』と思っていたけど、自分にもやさしくしないと、人にもやさしくできないので。横柄な言い方かもしれないけど、(自分を)『すごいよな』と思っていないと、大きな力を届けることはできないと思う。謙そんするよりも、『俺たちはすごいことをやっているんだ』ということがパワーになる。それはコロナ禍を経て、初めて思ったことかもしれないですね」と柔和な笑顔で語ってくれた。
「The Last 5 Years」は6月28日~7月18日にオルタナティブシアター(東京都千代田区)で上演。