薬屋のひとりごと:色や音で“無意識”を刺激 花に込めた意味 長沼範裕監督インタビュー

「薬屋のひとりごと」の一場面(c)日向夏・イマジカインフォス/「薬屋のひとりごと」製作委員会
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「薬屋のひとりごと」の一場面(c)日向夏・イマジカインフォス/「薬屋のひとりごと」製作委員会

 小説投稿サイト「小説家になろう」から生まれた日向夏さんのライトノベルが原作のテレビアニメ「薬屋のひとりごと」。2023年10月から日本テレビ系で毎週土曜深夜0時55分に放送中で、1月から第2クールに突入する。アニメは、キャラクターの表情だけでなく、花のモチーフ、背景などで感情を丁寧に表現しており、美しい映像表現が話題になっている。アニメを手掛ける長沼範裕監督に映像表現のこだわりを聞いた。

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 ◇全てを意識して作っている

 「薬屋のひとりごと」は、原作小説がヒーロー文庫(イマジカインフォス)から刊行されており、2種のコミカライズも人気を集めている。「魔法使いの嫁」などの長沼範裕さんが監督を務め、TOHO animation STUDIOとOLMがタッグを組んで制作する。とある大陸の華やかな後宮を舞台に、“毒見役”の少女・猫猫(マオマオ)が、美形の宦官・壬氏(ジンシ)と共に陰謀やウワサのひしめく後宮で起きる事件に巻き込まれていくことになる。長沼監督はこれまで「魔法使いの嫁」「劇場版 弱虫ペダル」で監督を務め、「薬屋のひとりごと」ではシリーズ構成も担当している。

 長沼監督は「親と子」「生と死」という大きなテーマを掲げてアニメ「薬屋のひとりごと」を制作しようとした。第2クールでもテーマは通底しているが、見せ方が変わってくるという。

 「第1~12話は猫猫のそばにカメラがある。第13話からはカメラを引いた状態で、猫猫を取り巻く人々の群像を描く見せ方にしていて、アプローチの仕方が変わっていきます。これまでは猫猫を中心に物語が進んできましたが、第13話からはそこに壬氏が入ってくる。壬氏が置かれている立場を見せつつ、そこに関わる事件が出てきて、猫猫が巻き込まれていく。いろいろな人が関わって、大きな事件につながり、第1クールとは違い群像劇としてカメラや見せ方が変えています」

 長沼監督は「全て計算で作っている」とも語る。

 「自分としては原作ありの映像化で偶発的なものはないと思っています。感情を表現するために、色彩、密度、あと音響もそうなのですが、全てを意識して作っています。第13話以降は印象も変わってくると思います。第1~12話で土台を作っているので、第13話以降は、視聴者が、これはこういう表現なんだ……となってほしいと思っています。例えば、第9話で赤が強調されたシーンが出てきますが、あれは死を表現しています。赤は危険信号という意味で使っていて、実は第6話の後半の夕景のシーンのアンサーとしてつなげています。第6話の園遊会での毒殺未遂事件で里樹妃の侍女をたしなめるシーンの後では、猫猫が壬氏の手をはらいますが、園遊会の前のかんざしを渡すシーンではすごく距離が近くなっている。落差を見せています。何に対して手をはらったかという答えが第9話です。第9話で夕景が赤く染まり、これ以上踏み込むと危険であるという信号にもなっています。言葉では説明していなくても視覚的な仕掛けがあります。音響もそうです」

 色の変化に気付いている人がいれば、気付いていない人もいるかもしれない。気付いていないとしても無意識に色の変化が刷りこまれ、後になって気付くことがあるはずだ。

 「言葉や画(え)にすると分かりやすいし、ストレートに入ってきます。ただ、深みを出し、飽きずに何回も見ていただくことを考えた時、どうやって無意識下を刺激するかを考えています。見ている人が、あれ?と引っかかり、その理由を探す。そこで答えをきちんと提示する。それが分かった時、これまでのせりふ、表情などの印象ががらりと変わる。そこを映像で表現しようとしています。それとは別にアニメではちょっと気になるところを残しています。気になって、原作小説やマンガが読みたくなり、さらに内容を深く理解できる。さらにもう一度アニメを見ると、見方が変わる……と循環する。そういう無意識を意識できるように制作しています」

 効果音はアクションシーンのような派手な音が入っているシーンもあれば、意外に静かなシーンもある。

 「足し引きを考えています。本来、音を付けるところで、意図的に音を抜くと、流れで見た時、音が付いているように錯覚することがあります。音を付けると、見ている方の中で音が固定されますが、付けないことで、見ている人にとって一番いい音が聞こえる。静かなシーンでは、何を話しているんだろう?と無意識に耳を澄ませるはずです。色、音などはアニメーションの醍醐味(だいごみ)だと思っています」

 キャラクターの肌や目の色にも変化を付けて、感情などを丁寧に表現しようとしたといい、「アニメーションは、見る側の感情、年齢などによって見え方が変わってくると思います。小中学生、高校生だった人が、社会に出た時に見返すと、気付くことがあったり、そういう作品を作っていきたい。そのためには、感情を丁寧に表現することが大事だと思っています」と話す。

 ◇花にも意味がある

 アニメ「薬屋のひとりごと」は“花”が印象的にちりばめられている。花にも意味があるようで、見ていると花言葉を調べたくなる。

 「薬、薬草ということなので、自然物、植物をテーマにしようとしました。シナリオの段階でも“親と子”“生と死”にもつながるような花言葉を各話数のテーマにしていましたが、より明確に花を表のテーマに決めたのは、音響監督のはた(しょう二)さんから『花を劇伴のテーマにしたらどうですか?』と話があったことがきっかけです。オープニングに出てくる花を含めて全ての花や植物に意味があります。最後まで見て、オープニングを見直すと、見え方が変わってくると思います」

 食事シーンも丁寧に描いている。

 「食べ物を美しく描くことは重要です。毒も美しく描こうとしています。いい人と言われている人がいい人というわけではなく、実際に会って話をしてみないと分からなかったりする。いい人だと思ったけど悪い人もいる。食事もそうで、キレイに見せているけど、毒がある。見た目が悪く中身が毒だと分かっていたら、誰も食べないですしね。美しくおいしそうに見えるけど、食べるまでは分からない。なので食べ物は全て美しく描いています」

 物語の舞台となる後宮、花街は女性を中心としているという共通点があるものの、背景、女性の服や装飾物などの印象が全く違う。

 「花街は個性を出して客を取らなければいけないので、個性が強いですが、後宮は上級妃の4人が一番目立っていて、それを軸にほかの妃や侍女たちの色を決めています。後宮は上級妃を軸に色を統一していますが、花街はワチャワチャさせて個性を目立たせています。色の使い方を明確に変えています」

 美術、色彩設計に並々ならぬこだわりを感じ、「夕日に5種類あって、それを基準に本編ではさらに派生させています。一般的な作品の3、4倍は大変だと思います」と明かす。

 確かに現実には同じ夕日は存在しないし、感情によって夕日の見え方が変わってくるものだ。だからこそ、細部までこだわって、表現しようとした。

 長沼監督の“計算”は緻密だ。ただ、分かりにくいわけではない。「仕掛けをここまで明確に意識するようになったのはこの作品からです」とも話す。

 「ここまで視聴者の方のことをイメージして作るのは初めてかもしれません。『魔法使いの嫁』を終えて、自分の中ではやりきった感があったんです。今後は何をしていこう?となった時、原作をきっちりとアニメとして形にすること以外に何ができるのだろう?と考える時間がありました。そこで自分が一生を掛けて表現しなければならないテーマが見つかりました。その答えが出た時に、今回は新しいスタジオ、チーム編成でできるので、アプローチも含めて、一からチャレンジしようと思いました。ありがたいことに、周りの方々たちの協力や、スタッフたちの助けで、自分の中の答えを具現化することができました。放送が始まり、すごく良い反響をいただき、自分の中で次につながる答えが出たと思っています」

 第2クールではこれまでにない展開も待っている。アニメならではの表現の変化にも注目してほしい。

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