解説:「薬屋のひとりごと」 どうしてここまで盛り上がったのか

いわゆるアニメファン以外の人が多様なジャンルに触れ始める段階にきているのかもしれません。
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いわゆるアニメファン以外の人が多様なジャンルに触れ始める段階にきているのかもしれません。

 日向夏さんのライトノベルが原作のテレビアニメ「薬屋のひとりごと」(日本テレビ系)が、2023年にTVerで配信開始された新作アニメの中で最多視聴されて特別賞を受賞するなど、大ヒットを記録している。どうしてここまでの人気になったのか。アニメコラムニストの小新井涼さんが、ヒットの理由を解説する。

ウナギノボリ

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 現在放送中のアニメ「薬屋のひとりごと」が、放送前からの予想を大きく超える人気をみせ、注目を集めています。

 実はアニメ化発表の前からテレビCMが打たれるなど、アニメ好きの間では随分前からその人気は知られていた本作。しかしそれにしても、配信サービスTVerでは“昨年開始の新作アニメ番組総再生数1位”を飾りアワードでも特別賞を受賞、更には厚生労働省とタイアップを果たすなど、ここまで広く世間に認識され、話題になるとはと、驚いた人も少なくないのではないでしょうか。

 更に本作の人気は、小中学生をはじめとする若年層への浸透に加え、原作やアニメファンだけでなくアニメファン以外の層、特にF2層以上のいわゆる主婦層からの支持も厚い印象があります。本作がそうした人々の間でこれほどの盛り上がりをみせた背景や要素としては、どのようなことが考えられるのでしょうか。

 背景としてまず考えられるのは、“アニメジャンルの多様さ”がアニメファン以外にもじわじわと知られてきている点、つまり、人々が話題作だけでなく、より自分好みの作品にも手をのばし始めている点です。

 「鬼滅の刃」の社会的なヒットを機に、アニメというジャンルが多くの人に親しまれるようになっています。中でも、以前はコアなアニメファン以外に届くことの少なかった深夜アニメが、定額配信の定着等によってより一層大衆化した事はもはや疑う余地もありません。

 そうした中、最近の傾向としてみえてきたのが、「鬼滅の刃」や「呪術廻戦」「SPY×FAMILY」といったアクションやドラマ要素も強いジャンプ系作品のようなターゲット層の広いジャンルだけでなく、人は選ぶかもしれないが刺さる人にはとことん刺さるジャンルまでもが、コアファン以外の間でも度々話題になってきている点です。実際に本作をはじめ、ファンタジーの共通言語を多く含む「葬送のフリーレン」や、夕方アニメですがロボットものの「機動戦士ガンダム 水星の魔女」、芸能やサスペンス、転生要素まである「【推しの子】」など、恐らく3年も前であれば違った盛り上がり方をみせたのではないかという作品も人気を広げています。

 それもここ数年のブームを機に、アニメの面白さを知ったアニメファン以外の層が、次にそのジャンルの多様さに触れ、話題作だけでなくより自分好みの作品を探求していくフェーズに入ってきていることの表れでもありそうです。そうして多くの人々が、たとえばサブスクサービスの「あなたにおすすめ」などを通して様々なジャンルに手を伸ばしているタイミングで、刺さる層にしっかり届いたのではないでしょうか。

 さらに、本作が特に前述したF2層以上に刺さった要素としてひとつ大きいと思われるのが、“宮廷もの”というジャンルです。

 本作は、ミステリーやラブコメ要素も多分に含みながら、どろどろの人間関係や、華やかさと容赦のなさが同居した世界観といった同じく宮廷もの特有の人気要素もしっかりと詰まっています。こうした長年F2層以上から特に高い人気を誇るアジアの宮廷ものの世界観を持つ本作は、様々なジャンルに手を伸ばす中でもいきなり異世界ものや日常系にいくよりはハードルが低く、かつしっかり刺さる作品でもあったのでしょう。

 そんな、刺さる人にはしっかり刺さる物語が、個性的で魅力的なキャラクターと共に美しい映像で描かれる様子に、中には子供と一緒に見始めて自分の方がハマってしまったという人も少なくないのではないでしょうか。作品そのものの魅力はもちろん、本作はこうして、幅広い層に多様なジャンルが受け入れられはじめる中で、刺さる層にしっかり刺さる要素も大きな後押しとなって、予想していた以上の盛り上がりまで生んだのだと思います。

 同じように今後、本作をきっかけにアニメの“宮廷もの”を知ったことで、一昨年の「後宮の烏」を「あなたにおすすめ」伝いに視聴したり、4月からの「烏は主を選ばない」までこのジャンルを深掘りしていく人も出てくるかもしれません。また、同じタイミングで話題になっている「葬送のフリーレン」で初めてエルフやドワーフ、勇者や僧侶といったファンタジーの文法に触れたことで、その魅力を知った人々が、同じジャンルの作品にも手を伸ばしていくことだってあるでしょう。

 本作のヒットは、近年国内でアニメがより一層大衆化された中での次のフェーズとして、いわゆるアニメファン以外の人が多様なジャンルに触れ始める段階に入ってきていることの、ひとつの表れでもあったのかもしれません。

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 こあらい・りょう=KDエンタテインメント所属、北海道大学大学院国際広報メディア・観光学院博士課程在籍。毎週約100本以上(再放送、配信含む)の全アニメを視聴し、全番組の感想をブログに掲載する活動を約10年前から継続しつつ、学術的な観点からもアニメについて考察・研究し、大学や専門学校の教壇にも立つ。アニメコラムの連載をする傍ら、番組コメンテーターやアニメ情報の監修で番組制作にも参加している。

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