映画「舟を編む」:原作者・三浦しをんさんに聞く 映像にかなわないと思う部分は「全部です」

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 辞書作りに情熱を注ぐ人々の努力の日々をつづった三浦しをんさんの小説「舟を編む」が映画化され、13日から全国で公開された。活字だからこそ表現しやすい言葉や辞書の世界の映像化について、「思い切った決断だと思った」と語る三浦さんに話を聞いた。(りんたいこ/毎日新聞デジタル)

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 映画「舟を編む」は、出版社・玄武書房に勤めるちょっと変わり者の馬締光也(まじめ・みつや)が、営業部から辞書編集部に異動となり、そこで彼を迎え入れたベテラン編集者や日本語研究に人生をささげる学者、さらに先輩編集者らとともに、辞書作りに奮闘する姿を描いている。馬締を演じるのは松田龍平さん。先輩編集者の西岡正志にオダギリジョーさん。そして、ヒロイン役の馬締の下宿の大家の孫娘・林香具矢に宮崎あおいさんがふんしている。

 −−脚本を読んだときの感想を教えてください。

 映像表現に合う形に脚色が非常にうまくなされていて、なるほどなと思いました。出来上がった映画を拝見して、また感動しました。映画に合ったアプローチになっていたし、小説では表現できない部分が十全に表現されていたので、とてもいい映画だと思いました。

 −− 映画に合ったアプローチとは、具体的にはどのようなことでしょう。

 小説は、ほぼ辞書編集部と馬締の下宿の、それぞれの密室劇のようになっていて、場面があまり動きません。その代わり、三人称の語りで視点人物を変えることで、時間の経過や、ほかの人はその人をどう見ているのかが分かるようにしました。一方の映画は、もっと空間的に開かれていて、視点人物が変わらない代わりに、登場人物が一堂に会していて。……例えば、馬締の下宿に西岡と麗美ちゃん(池脇千鶴さんが演じる西岡の恋人・三好麗美)が来るところが象徴的だと思うんですけど、いろんな登場人物が一つの画面の中で何かをしていることによって、感情のからまりや動きが、スクリーンの枠の中から同時多発的にばーっと見えるように工夫されていると思いました。

 −−映像にはかなわないと思った場面はありますか。

 全部です(笑い)。やっぱり、生身の役者さんが演じられているそのすごみというか、生身の人間が持つ説得力というか……。そういうムードもそうですが、映像だと下宿の内部の様子などが、一瞬ですべて伝わるじゃないですか。それは、スタッフの方が、画面に映るすべてのものを作りこんでいらっしゃる、その努力によってなされているわけですが、その迫力には、やっぱり勝てないと思いました。

 −−具体的なシーンとしては?

 先ほども挙げた馬締の部屋に麗美ちゃんと西岡が来て、彼らと(猫の)トラさんがぎゅうぎゅういる、あのシーンですね。麗美ちゃんと馬締が、ああいうふうに一つの空間にいるということが、私にとっては新鮮な驚きであり、喜びだったし、馬締は珍しく気を利かせて麗美ちゃんを誘ったわけじゃないですか。そこに、馬締の変化や成長が感じられたし、(下宿の大家の)タケおばあさん(渡辺美佐子さん)のように、西岡や麗美ちゃんも、ついに馬締を理解し支えてくれる存在になったことが伝わるし。そのあと、馬締が香具矢さんとトラさんと2階に上がっていく一連の流れが、「馬締、お前、よかったな」という感じがして、すごく好きなシーンですね。温かいし、楽しいし。

 −−その馬締役の松田龍平さんは、やはり三浦さんの小説を映像化した「まほろ駅前多田便利軒」や「まほろ駅前番外地」の行天春彦とはまったく違う役柄を演じています。

 私も、行天をやってくださっている松田さんのイメージが強かったので、馬締は全然違うともちろん思いました。でも、松田さんが非常に深く役柄を考えて、とらえてくださる役者さんだということは、行天を拝見していて十二分に分かっていたので、松田さんならどういう馬締を演じるのかすごく楽しみでしたし、馬締を演じていただけることになってすごくうれしかったです。

 −−香具矢役の宮崎さんについてはいかがですか。

 最初の登場シーンで、これは馬締も恋に落ちるわという説得力のある美しさとりんとしたたたずまいで、これまたさすがだなと思いました。それに、男社会で頑張っている女性というと、どうしても肩ひじ張って、若干ヒステリックに頑張っている感じに表現しがちなんですけど、宮崎さんは全然そういう感じじゃないですよね。いろいろ悩んだり、迷ったりするけれど、キリッと自分を保っている感じ。それがすごくすてきだし、的確だと思いました。こういう女性だったら、馬締のよさも分かってくれるだろうなと思わせる女性として演じられていたと思います。

 −−西岡役のオダギリジョーさんについては?

 西岡って、もっとチャラいイメージだったんです。でも、オダギリさんが演じられた西岡は、調子のいいところもありますが、チャライというのとはちょっと違いますよね。それは、オダギリさんの持ち味なのかもしれませんが、私が思い描いている西岡像より誠実で、繊細な感じがしました。協調性もあり、人に気遣いもできるけれど、ちょっと寂しい部分がある。そういう西岡像をオダギリさんが作り出してくれたことによって、松田さんが作り出した馬締と非常にバランスがよく、どちらも満たされない部分がある寂しい人たち、でもその欠けている部分をお互い理解し、補い合っていく。そういう人間関係としてとても説得力があったし、胸に迫るものがありました。

 −−そもそも、なぜ、辞書編集を題材に小説を書こうと思ったのでしょうか。

 辞書が好きなんです。辞書って、何か無機質で、そこにあることが当然のように思われていますが、誰かが一つ一つ、全部の言葉について考えて書かないことには、こんな本は出来上がりません。一体、誰がこの気の遠くなるような作業をしているんだろうというのがずっと気になっていました。出来上がった辞書は、それぞれの味わいと色があるというのがすごく楽しいし、辞書っていいな、面白いな、不思議だなと思っていたんです。それで調べていくうちに、小説になると思ったんです。

 −−辞書にまつわる思い出はありますか。

 ページをめくるのが好きでした。まだ、あまり字も読めないうちから「広辞苑」をシャカシャカシャカとめくっていました。

 −−作品を楽しみにしている人にメッセージをお願いします。

 辞書を作る話というと、地味なイメージが浮かぶ方もいらっしゃると思うんですが、この映画はそんなことは全然なく、非常にドラマチックですし、かといって押し付けがましくもなく、笑えるシーン、ユーモアもあふれているので、気軽に劇場に足を運んでいただきたいと思います。辞書ってこうやって作っているんだという発見もあるし、同時に、登場人物たちが、現実に生きているように思えて応援したくなるような、そういう魅力的な作品です。映画をご覧になって楽しいと思われると思うので、そうしたら小説も読んでみてください。そしてガッカリしてください(笑い)。

 <プロフィル>

 1976年生まれ、東京都出身。98年、早稲田大学第1文学部卒業。2000年、書き下ろし長編小説「格闘する者に○」でデビュー。06年、「まほろ駅前多田便利軒」で直木賞受賞。ほかの代表的な小説に「まほろ駅前番外地」「風が強く吹いている」「木暮荘物語」など。エッセーに「悶絶スパイラル」「あやつられ文学鑑賞」など多数。「舟を編む」で本屋大賞受賞。「まほろ駅前多田便利軒」「風が強く吹いている」は映画化された。初めてはまったポップカルチャーは、マンガ「キャンディ・キャンディ」。おこづかいで初めて買ったのがコミックスの2巻だったという。1巻でないのは、幼稚園のバザーで売っていたのが2巻だったからとか。

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