故・黒澤明監督の下で長く助監督を務め、“愛弟子”といわれてきた小泉堯史監督の5作目の映画「蜩ノ記」のブルーレイディスク(BD)とDVDが15日に発売される(8日からレンタル中)。直木賞受賞作、葉室麟(はむろ・りん)さんの同名小説を原作に、映画は、10年後に切腹を命じられた役所広司さん扮(ふん)する戸田秋谷(とだ・しゅうこく)と、その監視を命じられた岡田准一さんふんする檀野庄三郎(だんの・しょうざぶろう)の師弟愛を軸に、秋谷の家族愛、夫婦愛が描かれていく。秋谷の妻を原田美枝子さんが、娘を堀北真希さんが演じている。
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昨年の劇場公開時には興行収入11億円を超え、2月に発表された日本アカデミー賞で岡田さんが今作で最優秀助演男優賞に輝いた。今回のBD、DVDの発売にあたり、小泉監督と、黒澤監督の作品で記録係(スクリプター)を務めてきた野上照代さんが今作について語り合った。黒澤監督の「影武者」(1980年)以来の付き合いというお二人だけに、気の置けない“師弟愛”が伝わる対談となった。
−−映画をご覧になって印象に残ったことを教えてください。
野上さん:あの墨がピシャッとなる最初の雨のシーンは結構大変だったでしょう?
小泉監督:うまい具合に扇風機で風を起こして撮りました。汚れ方が少なかったので、あとでCG(コンピューターグラフィックス)で足しましたけどね。
野上さん:(CGを)使ってるの? いやらしいなあ(笑い)。それはともかく、景色がきれいですよね。一言でいえば、美しいといいますか、すがすがしい映画。今回、小泉さんが得したわねと思うのは、俳優さんを決めること自体が監督の大事な仕事ですし、もちろん小泉さんの演出なんですが、時代劇という、今(興行的に)難しい作品にもかかわらず、非常にいい俳優さんたちが集まったということ。それで、小泉さんは写真にとても詳しくて、景色を撮るのがすごくきれいでしょ。自然が美しい。
小泉監督:自然というのは情緒に深く結びついているものですから、大事に撮りたいと思うんですね。自然は、お金をかけなくても撮影時間や光線の具合などをきちんと考えれば撮れるものなので、そこは大事に撮るべきだと思うんです。
−−野上さんは撮影現場に行かれたそうですが、現場の雰囲気は黒澤監督の頃とは違いましたか。
野上さん:まったく違います。黒澤さんはどなり回ってますからうるさいですけれど(笑い)、小泉さんの方は静かです。それには撮影器材が変わったということもあるんですけど、昔は、特に照明には大きい声を出さないと声が届きませんでしたから。もちろん、小泉さんの人柄というのもありますけどね。
−−小泉監督は、野上さんにいつも助言を仰いでいらっしゃるそうですね。
小泉監督:(台)本を書いたら必ず読んでもらっています。
野上さん:私なんか見せていただいても、あまり役に立たないんですけどね。
小泉監督:野上さんは褒めるのが非常に上手なので、元気づけてくれることが多いんです。
野上さん:いいところがあるから褒めるんでしょ。小泉さん、シナリオなかなかうまいですよ。
小泉監督:シナリオを読んで、そこからどういう画(え)が立ち上がってくるのか、そこまできちんとイメージしてサジェスチョン(提案)できる人はなかなかいないんですよ。というのは、現場に携わっていないから。その点、野上さんは現場をずっとやってこられた人ですから、行間を含めて想像力を持って読んでくださる。そういう人に読んでもらうことが大事なんです。
−−野上さんは、小泉監督のどんなところに黒澤監督のDNAを感じますか。
野上さん:みんなから、「黒澤さんの影響」ってかわいそうになるぐらい言われるけど、小泉さんは小泉さんですよ。もし黒澤さんの影響を受けているとすれば、撮り方じゃないかしら。
−−この構図が黒澤監督のあの作品に似ていたというようなことは……。
野上さん ないですね。
小泉監督:映画というのは“一回性の積み重ね”で、例えば、黒澤さんの構図をまねしようと思ってもできないんですね。アングルも違えばサイズも違う。レンズの使い方も違うから全部違っているはずなんです。だから一回一回が自分の決断なんです。
−−あの映画のあのシーンをイメージしたということもないのですか。
小泉監督:ないですね。芝居の内容も違うし。ただ、今回のラストで秋谷が去っていく場面は、「ザ・ファミリー・オブ・マン」という(写真展に出品された写真をまとめた)写真集の中に、ユージン・スミスというカメラマンが撮った、林の中を子供が2人去っていく写真があるんですが、こういうふうなものがラストにくればいいなあというイメージはありました。だからといって、それと同じようなアングルやサイズで撮れるかといえばそうはいかない。黒澤さんの作品のリメークにしても、どうやったってあんなふうに撮れるわけがない。でも、そのワンショット、ワンショットが違うということこそが、映画の面白さだと思います。僕はワンショットの(構図を決める)決断は意外と早く、迷ったりはしません。それは、黒澤さんの下で経験し、影響を受けたことかもしれません。
野上さん:(小泉監督と黒澤監督の類似点を)私がしいて挙げるとするなら、素材の作り方。つまり、セットや被写体をよく見せる撮り方だと思います。小泉さんには小泉さんの撮り方がある。(黒澤監督の下で)勉強していましたから影響はされているでしょうけれど、同じじゃ意味ないものね。
−−撮影中大変だったことは。
小泉監督:ないですね。すべてスタッフがきちんと整えてくれましたから。
野上さん:私が難しかっただろうなと思うのは、複雑な原作をシナリオにする作業だったと思うのね。特に(秋谷が切腹を命じられる原因となった)“あの事件”が複雑で、シナリオのとき、よく整理をしたなと。ただ、欠点はせりふで説明しなくちゃならないところね。見る人は、せりふを聞き落とさないようにしないといけない。特に若い人の場合は言葉が難しいから。でも、俳優さんの芝居がよかったし、役所さんと岡田くんの関係が分かればいいわけだから、それはあまり気にしなくてもいいことかもしれないわね。
−−月代(さかやき=成人男性の額から頭頂部にかけて頭髪をそった部分)がある人とない人がいました。庄三郎は総髪(そうはつ)でしたね。
小泉監督:岡田さんご本人は(月代を)やるつもりで、メークも一回きちんとやったんですが、勝海舟が(総髪で)まげを結っている写真がありまして、岡田さんの額の生え際がそっくりなんですよ。それで、こっちの方がいいなあと総髪に決めました。
−−BD、DVDならでは楽しみ方を教えてください。
野上さん:何度でも繰り返して見られるから、分からないせりふも複雑な話も分かるところ(笑い)。
小泉監督:僕にとってむだなせりふは一つもないはずなので、一つ一つの言葉を大事に受け取ってもらえるといいですね。
<小泉堯史監督プロフィル>
1944年生まれ、茨城県出身。東京写真短期大学(現・東京工芸大学)、早稲田大学卒業。在学中に黒澤明監督の「赤ひげ」(1965年)に感銘を受け、70年、黒澤プロに参加。「影武者」(80年)以後、「乱」(85年)、「夢」(90年)、「八月の狂詩曲」(91年)、「まあだだよ」(93年)で助監督を務める。黒澤監督の遺作シナリオ「雨あがる」(2000年)で初監督。以降、“小泉組”には黒澤組ゆかりのスタッフが多数参加している。他の監督作に「阿弥陀堂だより」(02年)、「博士の愛した数式」(06年)、「明日への遺言」(08年)などがある。
<野上照代さんプロフィル>
1927年生まれ、東京都出身。1949年、大映京都撮影所にスクリプター見習いとして採用され、50年、「羅生門」を撮影する黒澤明監督につく。以降、「生きる」(52年)をはじめとする黒澤監督の作品でスクリプターや編集、製作助手を務めた。2000年、小泉堯史監督のデビュー作「雨あがる」では小泉監督をサポートし、また、自身の自伝的小説「母べえ」は、07年に山田洋次監督によって映画化された。
「蜩ノ記」……ブルーレイディスク(BD):特典DVD付き2枚組み5700円(税抜き)。▽DVD:特典DVD付き2枚組み4700円(税抜き)▽4月15日発売▽発売・販売:東宝▽(C)2014「蜩ノ記」製作委員会
(インタビュー・文・撮影:りんたいこ)
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