宮沢賢治の食卓:作者の魚乃目三太に聞く 賢治は「フーテンの寅さんのような人」

マンガ「宮沢賢治の食卓」の作者の魚乃目三太さん
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マンガ「宮沢賢治の食卓」の作者の魚乃目三太さん

 俳優の鈴木亮平さんが主人公の宮沢賢治を演じたWOWOWの「連続ドラマW 宮沢賢治の食卓」が放送中だ。若き日の賢治と家族や親しい人たちとの関わりを、賢治が愛した食や音楽とともに描いた作品で、少年画報社の「思い出食堂」に掲載された魚乃目三太さんのマンガ「宮沢賢治の食卓」が原作。魚乃目さんは取材を進めていくうちに「賢治さんは食いしん坊じゃないかと思って」と考え、この作品を描いたという。魚乃目さんに今作を描くきっかけやドラマに期待することなどを聞いた。

ウナギノボリ

 ◇帰郷した賢治は…

 ドラマは、大正10(1921)年、若き青年・宮沢賢治(鈴木さん)は実家を飛び出して東京で自活していたが、父からの電報で帰郷。久々に帰郷した賢治は打ち込むべきものを見つけられずにいた。東京で味わったコロッケを手作りし、それを家族と“分かち合う”ことから気づきを得て……というストーリー。山崎育三郎さんが親友の藤原嘉藤治、石橋杏奈さんが賢治の妹トシを演じている。

 ◇教師時代は人生で一番バラ色だった

  ――この作品を描くことになったいきさつを教えてください。

 3年ほど前、うちの娘が2歳くらいのころに、NHK Eテレの番組「にほんごであそぼ」を見ていて、その中で子供たちが賢治さんの「雨ニモ負ケズ」を暗唱していました。テロップで文章を読んだときに、ちょっと疲れていたのか、心にしみまして、賢治さんって、どんな人なのかなと興味を持ったんです。僕が賢治さんで覚えている作品は、小学生のときに読んだ「注文の多い料理店」で、大人になって読み直したときに「この人はもしかしたらすごく食いしん坊じゃないか」と思ったんです。そこから、(マンガの)担当さんに連絡して、そのことを伝えたら調べてくれたんですよ。

 すると、いろいろ分かったんです。例えば鹿革のジャンパーを着ていておしゃれだったとか。お孫さんの宮沢和樹さんの講演会の動画を見たら、「賢治は皆さんが思っているような聖人ではなく、もっと気さくでちょっと変わった人だったんです」と言うんです。(賢治の故郷の)岩手に取材で行かせていただいて、和樹さんと話して、「どんな人ですか?」と僕が聞いたら、その答えが「子供のころ、親戚の集まりなどで変わったおじさんが一人くらいいるでしょ。放浪癖があったり、職についてなかったり、子供とトランプをやったり、ゲームを教えてくれるとか、そういう人の一人が賢治さんでした」と。「子供たちを集めて、自分の作った話を語ったり、星を眺めたら、あの星はなんだ(と解説してくれる)とか、音楽を聴いたり、そういう、おしゃれなこと教えてくれるおじさんなんです」と言うんです。それを聞いて、フーテンの寅さんのイメージができて、これは賢治さんじゃなくて、「男はつらいよ」を描くつもりでやりましょうということで取材を終えて、この作品を描きました。

 ――食いしん坊から食をテーマに?

 そこから入ったので食べ物は(物語の)すべてに絡んでいるんですけれど、何よりも賢治さんの教師時代は、(人生で)一番バラ色の時期なんですよ。お金もあったし、家族もいたし、生徒もいて。多分、いろんな苦悩も抱えてらっしゃったと思うんですけれど、逆にこの時代に自信をつけたんじゃないかなという気がしますね。なんでもやっていけるという自信に満ちあふれてしまったために、その後、羅須地人協会で農業を始めたりとか、だんだん脱線するんですけれど。そんな中でも食べていかないといけない。その食のエピソードが賢治さんの場合、結構残っているんです。そばが好きだったとか、天ぷらを食べたとか、(東京・上野の)精養軒に行っては西洋料理を食べたとか、いろんな話があって。

 ――病弱で野菜しか食べない……というようなイメージは賢治の一部分で、教師時代は豊かな時期だった。

 お孫さんの和樹さんの話では、賢治さんが岩手山によく登山に行ってたんですって。そのときにリュックの中に、当時珍しかったチョコレートを入れていたんだそうです。糖分やエネルギーなど、科学的に分かってやっていたんだろうなと聞きました。「雨ニモ負ケズ」に「一日玄米四合ト」と出てくるんですけれど、玄米もいまや結構ヘルシー食品だし(笑い)。白米だけじゃなくて玄米が脚気(かっけ)などに効くとかいうことを、もしかしたら分かっていたのかもしれないですね。

 ◇題名の付け方に抜群のセンスを感じる

 ――作品に掲載するメニューのピックアップはどのように?

 (賢治の)作品からですね。あと賢治さんは生涯すごく手紙を書かれたんです。友人に宛てた手紙とかから。賢治の研究家の方がたくさんおられて、たくさん情報を持っていて、(こんなものを食べていたとか結構調べていて)どこでこんなの調べたんだという手紙を全部調べて本にされたりしているんです。

 ――描いていくときの苦労は?

 苦労はあまりないかもしれない。一番(大切にしたの)は時間軸かな。(賢治は)この時期にこの作品を書いているという事実があるじゃないですか。生徒と何かがあったからこの作品に影響したとか。一番分かりやすいのは「永訣(えいけつ)の朝」で、妹が亡くなったからこういう作品になった。妹が亡くなる前にこんなことをしていたという事実があるので、あとは寅さん=賢治さんがどんなふうに前向きに進んだかを僕は描いているだけなんです。

 ――事実としての骨格があって寅さん的なアレンジを加えたんですね。ドラマでの鈴木さんが演じる賢治は笑顔がすてきなキャラですね。今までこういうふうに描かれたことはあったんでしょうか。賢治ファンの反応は?

 否定的な意見よりも肯定的な意見が多いですね。こんなふうだから「クラムボンはかぷかぷわらったよ」とか面白い言葉が出てくる人なんだって。異質な人でないと書けない。

 あと抜群にすごいと思うのは、題名の付け方ですね。間違いなく全部に抜群のセンスがある。「春と修羅」とか、内容とまた違うんですけれど物語を面白くする力がすごくあるなと思いましたね。「銀河鉄道の夜」も抜群な感じですよね。

 ◇鈴木亮平は「賢治が降りてきた」と…

 ――今回のドラマ化される話を聞いた率直な感想は? 鈴木さんが演じることについては?

 うれしかったですね。鈴木さんは(賢治に)似ているなと思いました。宮沢賢治さんの写真と(鈴木さんが)似ているな、と。あと、「宮沢賢治の食卓」に出てくる前向きで明るいキャラと合っているなと感じました。

 ――撮影現場には行かれたんですか。

 見学に行きました。すごかったですね。正直、びっくりしました。セットにもびっくりしたんですけれど、皆さんの熱意というか、取り組んでいる姿勢に。

 ――鈴木さんとお話は?

 させていただきました。鈴木さんがイメージしている賢治さんは、孤高の人、頭の中がよく分からない人なんですって。よく俳優として天才を演じたり、有名人を演じることが多々あるんだそうですけれど、その人になり切ろうと思ったら越えられないらしいんですよ。だから、「降りてきてもらう」という言葉をよく使われていて。賢治さんに「人間的に降りてきてもらって自分と合わせているんです」とおっしゃっていて、「ああ、そういうことなんですね」って。

 マンガ家にとっては、降りてくるというのは乗り移ってもらうというか、よく言うのは「マンガの神様が右手に乗り移って勝手に描く」のがマンガ家として一番いい状態なんですよ。ようするに頭の中で何も考えないでいい。「降りてくるとは全然違うんでしょうけれど、(共通点もありそうで)面白いですね」という話はさせていただきました。

 ――ドラマに対して、先生が期待することは?

 これまでと違う賢治像を発信できたらなと御法川(修)監督が使命のように思っていると感じましたね。そこを僕も見てみたいと思うし、視聴者の方は、初めて賢治さんの映像を見る人はこういう人なんだと思っちゃうかもしれないけれど、多分、昔から賢治さんを知っている人にとってはこれまでと全く違う賢治像だと思うんです。そこに期待してほしい。

 ――今後の先生の活動について。

 この作品の2部を今度始めまして。2部は羅須地人協会に入って、いよいよ教師をやめて農業を始める。すると、いろんな苦悩が出てくる。村の方々、農家の方々からのプレッシャーがあったり、多分、闘う相手は自然になってくるので雨、風、台風、冬の厳しい寒さとかそういう中で収穫する食べ物が描けたらな、と。

 トマトがおいしかったとか、自然な食べ物、野山に咲く何かがおいしかったとか。だんだんそういうふうに暮らしていると賢治さんの感じるものが作品に投影されていき、仙人の修行くじゃないんですけれど、作品が研ぎ澄まされていく。そこですごい書き直しを始めるんです。昔、書き上げた作品を何回も書き直したり、未完といわれている「銀河鉄道の夜」を何回も書き直したりということを乗り越え、最終的に「雨ニモ負ケズ」という作品にたどりつけたらなと考えています。

 *……「連続ドラマW 宮沢賢治の食卓」はWOWOWプライムで毎週土曜午後10時に放送。

 <プロフィル>

 うおのめ・さんた マンガ家。1975年5月生まれ、奈良県出身。東京都在住。デビューは「島之内ファミリー」(少年画報社)、「コミック ホームレス中学生」(ヨシモトブックス)の同時期2作品。代表作に「スカイツリーの周辺で愛を叫ぶ」(PHP研究所)、「しあわせゴハン」(集英社)、「戦争めし」(秋田書店)などがある。人情噺(ばなし)に定評があり、家族愛や食をテーマにした「思い出食堂」(少年画報社)をはじめ、複数の雑誌で活躍中。

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