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解説:「ドラえもん」と「コロコロ」の歩み 「名作劇場」“最終回”も話題に

「ドラえもん」のてんとう虫コミックスの第1巻のカバー

 故・藤子・F・不二雄さんの人気マンガ「ドラえもん」のコミックス収録エピソードを掲載する「藤子・F・不二雄名作劇場 ドラえもん」が、4月15日発売の連載誌「コロコロコミック」(小学館)5月号で最終回を迎えた。「コロコロコミック」は、1977年4月に「ドラえもんがたっぷり読める雑誌」という触れ込みで創刊したマンガ誌で、長きにわたり長編作品「大長編ドラえもん」シリーズを独占連載するなど「ドラえもん」と共に歩んできたといっても過言ではない。1996年に藤子さんが亡くなり、藤子さんによる「ドラえもん」の新作の掲載は終了したが、2002年から「名作劇場 ドラえもん」(後に「藤子・F・不二雄名作劇場 ドラえもん」と改題)として再掲載を続けてきた。「ドラえもん」と「コロコロ」の歩みを振り返る。

 ◇“ドラえもんマガジン”としてスタートした「コロコロ」

 「ドラえもん」は、1969年12月に小学館の「よいこ」「幼稚園」「小学一年生」「小学二年生」「小学三年生」「小学四年生」といった6つの雑誌の1970年1月号で連載をスタートした。藤子さんは各誌の読者の年齢によって内容を描き分けており、「ドラえもん」には6種の第1話が存在する。1973年には、「小学五年生」「小学六年生」でも連載を開始し、最も多い時で8誌同時に連載されていた。1974年には、「ドラえもん」のためのレーベルとして「てんとう虫コミックス」が誕生。コミックスが発売される度に重版を重ね、1977年の時点で累計発行部数が500万部を突破するなど大ヒットを記録した。

 「ドラえもん」人気が高まっている最中の1977年4月に創刊したのが「コロコロコミック」だ。「ドラえもんがたっぷり読める雑誌」という触れ込みで、創刊号では「ドラえもん」を200ページにわたり掲載。「みきおとミキオ」「バケルくん」といった藤子さんの作品も掲載され、“ドラえもんマガジン”、“藤子・F・不二雄マガジン”としてスタートした。

 ◇初の新作連載は「大長編ドラえもん」

 「ドラえもん」と「コロコロ」を語る上で忘れてはいけないのが、1980年1月号で始まった「大長編ドラえもん」シリーズ。「大長編ドラえもん」は、藤子さんが劇場版アニメの原作として執筆した長編作品で、第1作「のび太の恐竜」が1980年1~3月号で連載された。創刊当時、「コロコロ」では各学年誌で掲載されたエピソードを再掲載しており、「のび太の恐竜」は初の新作の連載となった。以降、第17作「のび太のねじ巻き都市冒険記」まで、藤子さんの新作である「大長編ドラえもん」を独占連載し続けた。

 1996年9月号から連載された第17作「のび太のねじ巻き都市冒険記」に関しては、執筆の途中で藤子さんが亡くなったため、以降のエピソードは藤子さんのアシスタントを務めたむぎわらしんたろうさんや、劇場版アニメを手がけた故・芝山努監督らが、藤子さんの遺したアイデアノートを元に制作した。その後も、全ての劇場版アニメに連動した形ではないが、藤子プロにより制作された「大長編ドラえもん」の掲載は続けられた。

 その一方で、2002年4月号で、コミックスのエピソードを再掲載する「名作劇場 ドラえもん」がスタート。以降、「コロコロ」には、定期的な長編と、藤子さんが描いたコミックスのエピソードが掲載され続けてきた。

 創刊から49年、「コロコロ」は「ドラえもん」と共に始まり、その歩みを進めてきた。ファンの中には「コロコロ」で「ドラえもん」を読み始めた人も少なくないはずだ。今も子供たちにとっても入り口の一つとなっていることだろう。「藤子・F・不二雄名作劇場 ドラえもん」の最終回は、「ドラえもん」と「コロコロ」の歴史の一つの区切りになるのかもしれない。(しろいぬ/MANTANWEB)

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