世界の果ての通学路:プリッソン監督に聞く「危険な通学路を実際に何度も歩いてロケハンした」

最新ドキュメンタリー映画「世界の果ての通学路」について語ったパスカル・プリッソン監督
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最新ドキュメンタリー映画「世界の果ての通学路」について語ったパスカル・プリッソン監督

 ケニア、アルゼンチン、モロッコ、インドの四つの地域の辺境地で、学校に遠距離通学する子どもたちに密着したドキュメンタリー映画「世界の果ての通学路」が公開中だ。本国フランスではディズニーが配給し、2013年に動員120万人を超えるヒットとなった。「マサイ」(2004年)で知られるパスカル・プリッソン監督が、実際に通学路を歩いてロケハンした。危険な道のりを何時間もかけて通学する姿を通して、子どもたちの学ぼうとする意欲と可能性について問いかける作品だ。プリッソン監督は「学ぶこととは何かを感じて、女子の教育や貧困、社会について考えてもらいたい」と話す。

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 ◇ゾウに襲われないよう小走りで進む命懸けの通学路

 ケニアに暮らすジャクソンくんと妹は、ゾウに襲われないようサバンナを小走りに進み、15キロの道のりを2時間かけて通学する。アルゼンチンのカルロスくんは、パタゴニアの平原の18キロの道のりを1時間半かけて、一頭の馬に妹を乗せて通学する。モロッコのザヒラさんは、険しいアトラス山脈を越えて、寄宿学校を目指して22キロを4時間かけて、友だちと一緒に歩く。インドのサミュエルくんは、凸凹道を幼い2人の弟に車いすを押されながら、4キロを1時間15分かけて通学する……。

 歌いながら、おしゃべりしながら、ときにハプニングもある長く危険な通学路を、子どもたちが「勉強したい」という一心で学校を目指す姿を、広大な風景とともにカメラに収めた。

 今作を製作するきっかけとなったのは、プリッソン監督がケニアで野生動物の映画のロケハン最中に、マサイ族の若者と出会ったことだったという。2時間かけて学校に通う途中だったことを知り、ドキュメンタリー映画を作ることを思い立った。

 子どもを選び出す作業は約1年かかった。ユネスコと国際組織「エッド・エ・アクション」の協力を得て、世界中から地理的に特殊な学校が選び出された。「遠距離通学で苦労していること」「学校が将来を切り開いてくれると信じていること」を条件に、撮影対象になる子どもを選んでいった。

 監督は「一番大事だったのは、子ども自身が映画に参加したいという気持ち。子どもたちに映画に出てみないかと持ちかけて、それから彼らの家族に了承を得ました。最初、カルロスだけが『学校を休むことになるならやりたくない』と言ったのですが、彼の先生が『映画がどんなふうに作られているのか、体験したことを授業でみんなに発表したらいい』と宿題を出してくれたため、オーケーしてくれました」と振り返る。

 プリッソン監督は「それぞれの通学路を暗記するほど歩いた」という。撮影ポイントを決めて、カメラの前にやって来るのを待つスタイルで、近景と遠景も取りまぜながら1人につき12日間かけて撮っていった。映画は通学風景のほか、通学する前日の彼らの生活ぶりも紹介。家の手伝いをしたり、一家で食事をする自然な姿が映し出されている。

 「通学している様子を見せるために、前日の生活ぶりを見せて生活環境を伝える必要がありました。撮影前にカメラを持たずに1人で現地に入って、家族と交流しながら信頼関係を結んでいきました。彼らは映画を見たことがなかったし、知らなかったので、それがよかった。カメラを回してもシャイになることがなかったし、行動を制限することもなかったんです」

 ◇学校に行けることはラッキー

 映画はドキドキ、ハラハラの連続だ。たとえばジャクソンくんと妹が、ゾウが出没しそうな地域を確認しながら、小走りになるシーンが出てくる。

 「ジャクソンが住む地域はとても危険で、武装集団がいたり、ライオン、ゾウ、ハイエナなどの野生動物がすんでいたりします。スタッフは野営キャンプで寝泊まりをしましたが、野生動物の声が聞こえて怖い思いもしました。かつてこの地ではゾウが乱獲されたことで、人間を見ると襲うこともあるといいます。実際、ジャクソンの親友はゾウに襲われて亡くなったと聞きました。それでも、ジャクソンは『今、苦労していた方が、後で苦労するよりいい』という信念を持っており、学ぶことに命懸けです。危険地域では、ジャクソンと妹は急にヒソヒソ声になり、耳をそばだてながら周囲の音に注意していましたよ」

 ジャクソンくん、カルロスくん、ザヒラさん、サミュエルくんは、その一族で学校に通う第1世代だという。つまり、彼らの親は学校教育を受けていないのだ。子どもたちは自分から「学びたい」と親に話して、通学を始めたという。

 「私たちが子どもたちに会いに来たことで、親は自分たちが正しいことをしているのだと確信したようで、誇らしそうな様子でした。教育は世界のすべての子どもたちの権利ですが、実際はそうではない地域もたくさんあります。たとえば、モロッコのザヒラの一族はイスラム教徒で、12歳の彼女はもう結婚年齢なのです。ザヒラの父親は娘の通学に反対だったそうですが、医師になりたいという夢を持つ彼女自身が父親を説得し、今では家族みんなで応援しています。女子が幼い年齢での結婚を逃れるためには、勉強するしかありません。私はこの映画を、世界中の家族、子どもたちに見てもらいたい。先進国では学校は自由を奪うイメージですが、学校に行くことは将来にかかわる重要なこと。学校に行けることはラッキーなことなんですよ」

 映画はシネスイッチ銀座(東京都中央区)ほか全国で公開中。

 <プロフィル>

 1959年生まれ、パリ出身。ナショナル・ジオグラフィック誌やBBC放送向けのテレビドキュメンタリーを制作。12年間、ケニアのマサイの村に通い詰めて、世界で初めて部族の映画撮影に成功した「マサイ」(04年)で劇場映画デビュー。今作で2013年、フランスのドキュメンタリー作品興行成績1位を記録した。

 (インタビュー・文・撮影:上村恭子)

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