海堂尊:新作小説「アクアマリンの神殿」 「バチスタ」の10年後描く プロローグ編5

西野は優秀な人間だが、同時に気分にムラがありいい加減なところがある。つかみにくい性格だ (c)海堂尊・深海魚/角川書店
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西野は優秀な人間だが、同時に気分にムラがありいい加減なところがある。つかみにくい性格だ (c)海堂尊・深海魚/角川書店

 ドラマ化もされた「チーム・バチスタ」シリーズの10年後を描いた海堂尊さんの新作「アクアマリンの神殿」(角川書店、7月2日発売)は、「ナイチンゲールの沈黙」や「モルフェウスの領域」などに登場する少年・佐々木アツシが主人公となる先端医療エンターテインメント小説だ。世界初の「コールドスリープ<凍眠>」から目覚め、未来医学探究センターで暮らす少年・佐々木アツシは、深夜にある美しい女性を見守っていたが、彼女の目覚めが近づくにつれて重大な決断を迫られ、苦悩することになる……というストーリー。マンガ家の深海魚(ふかみ・さかな)さんのカラーイラスト付きで、全24回連載する。

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◇プロローグ編5 悪意の人・西野

 西野さんは善意の人だけど、同時に悪意の人でもある。そのこころは、ぼくのことを大切に考えてくれて、いろいろ提案してくれるという点では善意の人。だけどその提案はたいてい、達成するためにとっても大変な思いをさせられるという部分では悪意の人になる。

 今回の件では、西野さんの提案はおそらく、ぼくの“今の”ストレスを解消するためには有効な提案だろうけど、同時に“未来の”ストレスは今以上に増えるかもしれない。

 これまでの経験から、西野さんの言葉に安易にうなずいてはいけない、という心からの警告が聞こえてくる。でも、その提案はあまりにも魅力的すぎた。

 仕方なく、ぼくはうなずいた。すると西野さんはあっさりと言った。

「それなら次の定期試験から“学年順位ジャスト百位”を目標にするといい」

 拍子抜けした。

 学年トップだって簡単に取れるぼくだから、百位を取るなんて朝飯前だ、なんて豪語すると、西野さんは人差し指を立てて左右に振りながら言う。

「いやいや、ド真ん中の百位を取るのは、トップ取りより遥かに難しいんだよね」

「そうでしょうか。そもそも、どうして百位なんですか?」

 そんなこともわからないのか、と西野さんはあからさまに侮蔑の視線をぼくに投げる。

「坊やは『平凡に生きたい』んだろ? ド真ん中こそが平凡の権化だもの。桜宮学園中等部は一学年二百名だから、半分の順位はジャスト百位じゃないか」

「なるほど、百位の意味はわかりました。でも、どうしてそれが難しいんですか?」

「それは、百メートル自由形の競泳で三位を取れ、という命令に等しいからさ」

 首をひねる。さっぱりわからない。一位になるのは大変だけど、三位なら楽勝だろうに。

<毎日正午掲載・明日へ続く>

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