荒川弘:「鋼の錬金術師」の誕生秘話語る 農業マンガ「百姓貴族」で新境地

荒川弘さんの自画像(左)と「百姓貴族」第2巻の表紙 (C)2012 Hiromu Arakawa/ SHINSHOKAN Co.,Ltd. All rights reserved.
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荒川弘さんの自画像(左)と「百姓貴族」第2巻の表紙 (C)2012 Hiromu Arakawa/ SHINSHOKAN Co.,Ltd. All rights reserved.

 大ヒットマンガ「鋼の錬金術師」(ハガレン)で知られるマンガ家の荒川弘さんが、北海道での体験をもとにした農業エッセーマンガ「百姓貴族」(新書館)を出し、1~2巻で計48万部を発行するなど、人気を博している。「ハガレン」の王道ファンタジーから一転、全く違う題材で読者の心をわしづかみにする荒川さんに、農業マンガを描いた経緯や、「ハガレン」の誕生秘話、マンガへの思いを聞いた。(毎日新聞デジタル)

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 ◇ダークファンタジーと農業コメディー

 「百姓貴族」は荒川さんがデビューする前に北海道の実家で7年間、農業に従事していたときの話をもとにしたコミックエッセーだ。自宅の冷凍庫は、実家から送られてきた国産牛肉でいっぱいだが、冷蔵庫は空っぽでお金がなくて野菜すら買えない……というエピソードから始まり、年中無休のハードな農家の生活、グレる暇がないほどの農業高校時代、荒川さんの父が真冬にパンツ一丁で牛舎に出かけていく話もある。どこまで本当なのかは分からないほどで、マンガでは「農家の常識は社会の非常識」というキャッチフレーズが使われているが、荒川さんは「(マンガのことは)本当の話です」と笑って答えた。

 「ハガレン」のダークファンタジーの世界から一変した異色作「百姓貴族」の誕生は、担当者からの推薦だった。荒川さんは「ハガレン」の連載前の読み切りでコメディーに挑戦したことがあり、評判もよかったという。そんなある時、荒川さんと雑談をしていた新書館の編集者は、荒川さんの農業話が何から何まで面白かったこともあり、「誰も描いていない農業コミックエッセーを描けるのは荒川先生しかいない」と考え、連載を持ちかけた。荒川さんは「笑えるか、笑えないか(ネタの)チョイスは(担当者に)振って、受けたらいけます!」と笑いながら、農業を体験していない編集者の視点を考慮しながら作品を制作する。「百姓貴族」というタイトルも荒川さんが思いついた。荒川さんによると「百姓という言葉は(報道や出版の世界)では避けたい用語だけれど、(農家である荒川さん)本人が使う分にはいい」と考えて、このタイトルにしたという。

 農業マンガといえば、荒川さんは現在「週刊少年サンデー」(小学館)で、農業高校の青春ストーリー「銀の匙 Silver Spoon」を連載しており、全国の書店員が面白いと思うマンガを推挙する「マンガ大賞」のノミネート作になるなど、こちらも話題になっている。「銀の匙」は青春マンガで「少年たちの成長」が主眼だが、「百姓貴族」は、一般人の知らない農家の実態をコミカルに語るエッセーマンガで、こと農業に関しては内容が濃密だ。荒川さんは「農家に生まれたがゆえの愛憎ですね。へんちくりんな生活、ゆがんだ愛を笑ってください」と笑い飛ばしている。

 ◇「ハガレン」構想のきっかけはリハビリセンター

 荒川さんは、マンガ家になろうと思ったきっかけについて「小さいころから絵を描くのが好きでそのまま職業にしちゃった感じ」と話す。身近で畜産をやっていたこと、村の図書館に置いてあった故・田河水泡さんの「のらくろ」の影響もあり、子どものころから動物ばかり描いていたと明かす。荒川さんは「弟の進路が決まるまでの中継ぎ」ということで農業高校に進み、弟の進路が決まったときに「これからは好きなことをする」とマンガの執筆に本腰を入れた。そしてエニックス(現スクウェア・エニックス)の漫画大賞を受賞しデビュー、その賞金を引っ越し費用にあてて上京し、マンガ家の道へ踏み出した。

 荒川さんはデビュー後も読み切り作品を描いていたが、その中の1本を連載用に練り直し生まれたのが「鋼の錬金術師」だった。構想は、荒川さんがリハビリセンターの交通整理の警備員のアルバイト中、義手の人が歩いている光景を見て浮かんだという。連載が始まるとすぐに人気となり、コミックス発行部数の数字が結果として出たことで「最後までいける!」と感じた。作品がアニメ化をへてコミックスの部数が100万部を超えたときは逆にプレッシャーになったというが、「読者をがっかりさせてはいけない。面白さを維持しなければならないという思いがわいてきた。程よいストレス、程よいプレッシャーですね」と振り返った。

 ◇「それでも好き」が本当のモチベーション

 最後に「荒川さんにとってマンガとは?」という質問をぶつけてみた。すると「冗談混じりですが」と前置きした上で「心中相手」という答えが返ってきた。荒川さんといえば、コミックスの巻末にオリジナルの4コママンガを描いたり、カバーを外した本の表紙にも絵を描いている。そのサービスについて尋ねると、荒川さんは「その方が楽しいじゃないですか。(マンガを)雑誌で読んでいる人もいるから、プラスアルファがあった方がコミックスを買う楽しみが持てる。私がコミックスを買うと『おまけがあるといいな』と思いますから」と話しながら、「(マンガを描く)モチベーションは好きだから。しんどいことはもちろんあるけれども『それでも好き』というのが本当のモチベーションでしょうね」と力を込めた。

 月刊マンガ誌から週刊マンガ誌に舞台を移し多忙になったかと尋ねると「曜日の感覚が出て健康になりました。そもそも映画やアニメが始まると、本編のマンガ以外にも描くことも増えるのですが、(それで執筆の)スピ−ドが上がりました。描かないとスピードは上がらないんですよ」と明かした。ヒット作を生み出し続ける荒川さんのペンはとどまるところを知らない。

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 「百姓貴族」の第2巻は25日に発売される。また「ニコニコ静画(電子書籍)」では「銀の匙 Silver Spoon」第1話を3月30日まで、「百姓貴族」の第2巻発売を記念して第1巻の冒頭18ページと第2巻冒頭8ページを3月21日まで無料で配信する(無料のアカウント登録が必要)。

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