トガニ 幼き瞳の告発:原作者に聞く 主演のコン・ユから「作品に対する愛着が伝わってきた」

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 11年に韓国で公開され、460万人以上の観客を動員した映画「トガニ 幼き瞳の告発」(ファン・ドンヒョク監督)が4日、日本で公開された。今作は、韓国・光州市にある聴覚障害者特殊学校で、校長を含む複数の教職員が、長年にわたって生徒に性的暴行を加えていたというおぞましい事実を映画化したもので、韓国ドラマ「コーヒープリンス1号店」などで知られる人気俳優コン・ユさんが主演している。

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 05年の事件発覚後、加害者らは逮捕、裁判にかけられた。だがその判決は、刑が最も重い校長でさえ、執行猶予付きの懲役2年6カ月という不当に軽いものだった。その公判記事を新聞で読んだ、韓国の人気作家コン・ジヨンさんは、判決が理解できず取材を開始。それを基に小説「トガニ」(日本語で「るつぼ」の意)をインターネット上で連載し始めた。そして09年に単行本を出版、さらに11年9月に映画が公開されると、事実を知った国民の怒りが爆発。それは国を動かし、ついには性犯罪者をより厳しく罰する改正法を生むに至った。その法律は小説のタイトルにちなみ、「トガニ法」という別名を持つ。また今年7月には、新たな裁判にかけられていた加害者に懲役12年の判決が下った。それに先立つ6月、来日したコンさんに話を聞いた。(りんたいこ/毎日新聞デジタル)

 −−ご自分の小説が国を動かしたことをどう思いますか。また、映画化に対する率直な気持ちをお聞かせください。

 自分の作品によって韓国の法律が改正されたことは、作家としては光栄なことです。同時に、責任の重さも実感しています。映画化については、いままで私の小説は、この「トガニ」を含めて3作品(他に「サイの角のように一人で行け」「私たちの幸せな時間」)が映画化されていますが、この小説の映画化のオファーは16社から来ていました。その点からすると当然の結果だと思っています。

 −−兵役中にこの小説をプレゼントされたコン・ユさんが、多くの人にこの事実を知ってほしいと映画化に動いたそうですね。彼ほどの人気俳優が主演することで、映画が実際の事件の内容にそぐわない娯楽作になることは懸念しませんでしたか。

 実は私は普段テレビや映画を見ないので、彼のことを知りませんでした(笑い)。映画化のことを友人に話すと、その友人は「彼にこんな(重たい)役が演じられるわけがない」と言っていました。でも、私にはそういう心配はまったくありませんでした。というのも、コンさんはこの小説について深く理解してくれていましたし、彼自身、兵役を終えたあと、(従来の)ロマンチックな役ばかりではいけないという思いがあったはずです。何より、彼のこの作品に対する愛着が非常に伝わってきたので、安心してお任せしました。

 −−小説には事実をどの程度盛り込んだのでしょう。

 実際の事件より加害者、被害者の数を減らしました。その代わり、この事件を第三者の目を通して伝えたかったので、(被害児童に寄り添う)教師(コンさん)や人権センターの女性幹事(チョン・ユミさん)を作り、登場させました。そのほかの事件の経緯や裁判過程などは、ほぼ事実に忠実に描いています。

 −−本当に事件があった光州ではなく、霧津(ムジン)という架空の場所を舞台にしたのはなぜでしょう。

 光州は「光州事件」(民主化を要求する市民らのデモ隊を軍が武力で制圧した1980年の事件)が起きた場所です。現代韓国における民主化運動の象徴的な場所なので、あえてそこは避けました。

 −−小説でも映画でも、終盤の判決を不服とした人権団体によるデモは光州事件を連想させます。

 光州事件を意識したというより、実際のデモが行われたのは07年のノ・ムヒョン政権のときでした。当時は警官隊による鎮圧はなく、デモは普通に行われていました。一方、小説の執筆中と映画の撮影中はイ・ミョンバク政権で、この政権では、デモは厳しく取り締まられます。ですから小説でそう書きましたし、映画でも給水車による散水でデモ隊を鎮圧する場面を入れました。ただ、この場面の撮影のときは、どこも場所を貸してくれませんでした。最初は光州市で行う予定でしたが、結局、大田(テジョン)市で行いました。光州市だけでなく、学校もどこも協力を嫌がりました。一番嫌がったのは鉄道庁。線路で人が2度も死ぬからです。それである線路でこっそり撮ったそうですよ。

 −−メッセージをお願いします。

 私の小説で映画化された3本の中でも、この作品は私の意図を最もよくくみ取った作品だと思います。こうしたテーマの映画を作るとき、一歩間違えると安っぽい映画になってしまうおそれがありますが、この作品は品格を落とさずに、非常にうまく映像化したと思います。ですからみなさんには、映画をそのまま楽しんでほしいと思います。

 <プロフィル>

 1963年、韓国ソウル市出身。延世大学英文科卒業。出版社勤務の後、大学院をへて労働運動に飛び込む。88年、短編「日の上る夜明け」で文壇デビュー。05年、死刑制度を背景にした長編「私たちの幸せな時間」(新潮社)を発表、のちに映画化、佐原ミズさんによりマンガ化もされた。09年、「トガニ」を発表。日本語版が今年5月、「トガニ 幼き瞳の告発」のタイトルで新潮社から出版された。ほかに日本語訳が出ているもので、自伝的小説「楽しい私の家」(新潮社)、辻仁成さんとの共作「愛のあとにくるもの」(幻冬舎)がある。

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