女優のグレン・クローズさんが82年に舞台で演じた「アルバート・ノッブス」を、自ら企画して映画化した「アルバート氏の人生」が、18日からTOHOシネマズシャンテ(東京都千代田区)ほか全国で順次公開される。貧困にあえぐ19世紀末のアイルランドを舞台に、生き抜くために男性になりすましてホテルのウエーターとして働いてきた女性の物語。クローズさんは主演のほか、製作(プロデューサー)と脚本も兼務した。このほどクローズさんが電話インタビューに応じ、「経験したことがないような経験ができる映画になった」と語った。(上村恭子/毎日新聞デジタル)
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クローズさんふんするアルバートは、ホテルでウエーターとして長年勤務してきた。映画の冒頭、給仕するアルバートの姿は、客に椅子を引く動作一つとっても、その慣れた身のこなし方に長い間働いてきたことが表れていた。クローズさんは舞台で演じて以来、その力強いキャラクターに心引かれて、いつかこの役を映画で演じたいと思ってきたという。
「演じるのに今がちょうどいい時期でした。昔に比べ私自身映画への理解も、俳優としての技も高まった。それでも、アップの表情で見せなくてはならないし、男性に見えるために声の出し方、動作など、学ぶべきことはいっぱいありました」
課題は男性を演じるのではなく、男性として生きる女性になりきることだった。「アルバートという役柄を、エキセントリックだけどあり得るよねというところに持っていかなければならなかった。もし女性に見えてしまうと、アルバートを男性だと信じ込んでいるほかの登場人物がバカげて見えてしまうでしょう」と語る。
その男装のメークの手のこみようは驚くほどナチュラル。第84回米アカデミー賞では、主演女優賞、助演女優賞とともにメーキャップ賞でもノミネートされた。
クローズさんは今回、プロデューサーとしてキャスティングから資金集めまでこなした。その苦労だけで「本が1冊書けそう」と笑いながら打ち明ける。
「製作費は1000万ドル(約8億9300万円)以下で考えていました。資金繰りがうまくいかなくて、10年前に立ち消えになりましたが、結果的に800万ドル以下で作ることができました。今回挑戦だったのは、満足するストーリーを開発するということ。素晴らしいキャストに参加してもらうためには、グッとくるストーリーを書かなければならないと思いました。私だって、脚本が面白くなければ出ようと思わないですから」
脚本は、クローズさん自らが原作から草稿を書き上げて、ハンガリーの脚本家ガブリエラ・プレコップさんとノーベル文学賞に最も近い作家といわれるアイルランド人作家・ジョン・バンビルさんと共同で作成した。
男性として生きるのも、抑圧された社会で女性がたった一人で生き抜くための手段だったことが、舞台版よりも強調され、新たなラストが加わった。映像にすることで「ホテルでの生活ぶりが生き生きと描けて楽しかった」という。
「こう生きるしかなかった」という選択肢の幅がない人生の重みを描きながら、ホテルの従業員たちのユーモラスなやりとりに笑わされ、アルバートの夢を観客が共有できて心が沸き立つシーンも多い。「美しい人」など女性を主人公にした映画を撮ってきたロドリゴ・ガルシア監督の手腕が光る。
身を隠すようにコツコツと働いてきたアルバート。やがて同じように男性として生きる女性ヒューバート(ジャネット・マクティアさん)の生きざまに触れて、将来への夢を抱くようになる。それは、伴侶を見つけて自分の店を開くというささやかな夢だった。
「アルバートはヒューバートと出会うことで、こういう夢もあるんだと気づきます。アルバートは“自分が自分である”といえない、透明人間のような存在。人々はもう少し、インビジブル・ピープル(見えざる人々)にセンシティブになって(感づいて)ほしいです。この映画を見て、何かを感じて大きく心を動かされたら、それはなぜだろうと考えてもらいたいです」
映画は「自分らしく生き抜く」ということがテーマの一つになっているが、クローズさん自身の人生と重なるテーマなのでは?
「私はいろいろなチャンスに恵まれて、素晴らしい夫と娘にも恵まれました。仕事と生活のバランスをとるのが大変だけど、誰もが抱えている悩みだわ(笑い)。私は自分らしく生きています。幸運です」
映画「アルバート氏の人生」は18日から全国で順次公開される。「彼女を見ればわかること」「美しい人」のロドリゴ・ガルシア監督が手がけた。原作はアイルランド人作家ジョージ・ムーアさんの短編小説。出演はほかにベテラン舞台女優のマクティアさん、「アリス・イン・ワンダーランド」のミア・ワシコウスカさんら。
<プロフィル>
1947年3月19日生まれ。米国コネチカット州出身。74年ごろから舞台女優として活動を始め、82年に映画デビュー作「ガープの世界」でアカデミー助演女優賞にノミネートされ、ロサンゼルス映画批評家協会賞の助演女優賞を受賞。その後、「危険な情事」(87年)、「危険な関係」(88年)、「101」(96年)など悪女役で当たり役が多い。07年から米ドラマ「ダメージ」で弁護士役で主演している。今作「アルバート氏の人生」で米アカデミー賞の主演女優賞にノミネートされたほか、東京国際映画祭で最優秀女優賞を受賞している。女優のメリル・ストリープさんとは公私ともに親しい間柄で、「いつか眠りにつく前に」(07年)など共演作も多い。
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