巨匠スティーブン・スピルバーグ監督が、米国史上最も愛された大統領として知られるエイブラハム・リンカーンの“世界を変えた28日間”を中心に描いた映画「リンカーン」が全国でヒット中だ。今年のアカデミー賞では、主演のダニエル・デイ・ルイスさんが史上初の3度目の主演男優賞を獲得したことでも話題となった。リンカーンのリーダーの資質と、政治家として、さらに家庭人としての知られざる真実を描き出した今作でメガホンをとったスピルバーグ監督とリンカーンの長男ロバートを演じたジョゼフ・ゴードン・レヴィットさんに聞いた。(毎日新聞デジタル)
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−−デイ・ルイスさんはキャラクターを非常に印象的に演じてみせます。リンカーンの役作りについて彼にどんな指示を出しましたか?
スピルバーグ監督:ダニエルはどんな役に取り組むときでも周到な準備をする人だ。彼はリンカーンに敬意を尽くして彼について膨大な量の資料を読んだ。私が読んだ以上に多くを読みこなし、読んだものやリサーチで得た経験に基づいて、リンカーンについて彼なりの解釈を手にした。彼は私が想像した通りにリンカーンを演じてくれた。ダニエルを監督できたのは素晴らしい名誉だった。彼は間違いなく、世界でも最高の俳優の一人だと思う。
−−原作の「リンカーン」のうち、特定の4カ月間にどうやって焦点を絞ったのでしょうか。
スピルバーグ監督:私はリンカーンを肖像画のようではなく、人間として身近に迫る描き方をしたいと思ったんだ。我々は皆、リンカーンを彫刻や塑像、“大統領の日”に流れるコマーシャルのパロディーとして知っている。ドリス・カーンズ・グッドウィンの詳細にわたった原作「リンカーン」を読んだときには、彼女から挑戦されたように感じ、映画によって彼女のリサーチやリンカーンに対する称賛に見合うものを作りたいと思った。だから彼が二つの問題に集中的に取り組んだ最後の4カ月を扱った。問題の一つは、当然ながら戦争の終結で、2番目の問題は奴隷制廃止のため米国憲法修正第13条を可決することだった。特定の行動に取り組んでいる彼の姿からはリンカーンでいることがどんなものだったかが分かるし、大統領としてだけではなく家族の一員としての気持ちも分かる。家族の気持ちもね。
−−ゴードン・レヴィットさんにお聞きします。ロバート・トッド・リンカーンを演じていますが、彼がどんな人か知らない人は多いと思います。映画のロバートがどんな人物だったか、また、あなたがどんな役作りをされたか教えてください。
ゴードン・レヴィットさん:ロバートはリンカーンの長男で、今作で描かれた4カ月間に、ロバートは軍に入隊したいと望んでいます。自分と同じ年代の若者は誰もかも北軍のために戦っているし、南部にいれば南軍のために戦っているのに、両親は彼に入隊してほしくない。彼らはすでに2人の息子を失っていて、ロバートが入隊しないで済むように特別な計らいをしているから、息子としてはアウトサイダーのような、疎外された気がして自分を恥じている。今作では、監督が話したように、リンカーンを完璧な記念碑としてではなく、対処しなければならない複雑な問題を抱えた男として描いている。どちらの選択肢も完璧とはいえない。息子を軍に入隊させて危険にさらすか、特別扱いにして疎外してしまうか。どちらの選択もよくはないが、ああいうリーダーの立場にいたら対処しなければならない選択肢なんだと思う。そういうニュアンスや複雑な事情をからめた映画だから、見ごたえがある。実生活はなんでも黒白がつけられるほどシンプルではないからね。
−−ロバートの役作りで監督とどのような準備をしましたか。
ゴードン・レヴィットさん:僕たちは、役についていろいろと話し合ったよ。それに、役者としては、ダニエルの演技から影響を受けたことが多かった。彼の演技はとにかくパワフルだし、彼の途方もない役作りのプロセスが生み出す環境に夢中になった。彼の動きに注目していれば、この世界に吸い込まれる気がした。
スピルバーグ監督:それに、この役はリンカーンの息子だからね。ジョセフが演じるキャラクターには、強烈なもの、リンカーンと似通ったところがあって、ジョセフは素晴らしい息子役を見せてくれ、ダニエルから多くのヒントを得ていたと思う。君(ゴードン・レヴィットさん)とダニエルとの間には父と息子としてよく似た雰囲気があるからだよ。
ゴードン・レヴィットさん:今のは称賛の言葉だよね。どうもありがとう。
−−これはリンカーンの伝記映画だという人もいます。映画はとても大きな問題と大物を扱っています。監督はどうやってこの映画で若い世代の共感を得ようとしましたか。あるいは、どうやって歴史物を現代に通じるものにしようとしましたか?
スピルバーグ監督:今作のストーリーでは観客に参加してほしいと思っているんだ。観客はリンカーンに対する期待だけではなく、南北戦争についての知識、奴隷制について知っていることを生かして映画を見るはずだからだ。つまり、映画を見る前に、観客は奴隷制が残虐な行為だったこと、南北戦争では両軍で75万人以上の若者が死んだことを知っていると我々は考えている。ところで、この数値は最近、より大きな数に改定された。何十年もの間、60万人といわれていたが、つい最近、負傷者だけでなく死者が75万人以上だったと修正されたんだ。こういう知識は今作を見る上で知っていてほしいと思っている。なぜなら、これは修正案を可決するための戦いを描いているからだ。南北戦争に関わるスケールの大きなアクションシーンはない。畑の労働で苦労する奴隷を見せるシーンもない。我々が見せるストーリーでは、歴史の知識や状況についての知識を少しだけ生かしてもらいたいんだ。
−−今年公開されるゴードン・レヴィットさんが出演した新作は、どれも違う作品です。どうして今回の役を選んだんですか。
ゴードン・レヴィットさん:それほど複雑な話じゃないんだ。僕が今ここで隣に座らせてもらっている人(スピルバーグ監督)は、明らかに現在の、それに史上最高のフィルムメーカーの一人で、彼の映画に出られることが大きな名誉だったし、彼にいわれたことならなんだってするつもりだ。それに、ダニエルも驚異的な人で、史上最高の俳優の一人だと思う。彼は意外にもメール魔なんだ。彼は僕に何度かメールを送ってくれ、彼の息子を演じてほしいとわざわざ言ってくれた。そんなメールをもらってグッときたし、“ノー”なんて言えるはずがないよね。
−−スピルバーグ監督、あなたが描いた指導者としてのリンカーンから、観客にはどんなことを受け取ってほしいですか? 観客には彼のどんな功績を知ってほしいでしょうか。
スピルバーグ監督:分かってほしいのは、とりわけ国が二分され、憲法そのものが危険にさらされた時代の大統領として、指導者に必要とされた責任とそういうリーダーが背負った重荷のことだ。合衆国憲法の制定者たちはこの素晴らしい民主主義が作り上げた憲法を失う危機に陥り、リンカーンは憲法に対する大きな責任と義務を負った。大統領はだれでも、国を統一するための憲法に宣誓しているからね。そして、国がバラバラになったとき、リンカーンは多くの助けを手にして国を一つにまとめなければならなかった。それに、彼は崩壊の危機にあった家族をまとめ、一つにするためにも努力した。人々には指導者に必要とされる責任の重さを見てほしい。自分が心底信じるものに懸ける本当の情熱を見てもらいたい。リンカーンは本当に米国民を信じていたし、民主主義を信じ、憲法とそして家族を心から信じていた。
ゴードン・レヴィットさん:僕は、監督が話していた僕たちがリンカーンを偶像化していることについて話したい。彼は5ドル紙幣の顔だし、大きな塑像でもあり、米国文化のアイコンになっている人だ。僕は、彼が人間らしく描かれた映画を見られてうれしかった。欠点があって、過ちを犯し……。
スピルバーグ監督:妥協しなければならない。
ゴードン・レヴィットさん:そう、妥協しなければならない人だ。なぜかといえば、現実を直視すると、現在、この国の文化にはそういう傾向が蔓延(まんえん)している。我々は人をアイコンや象徴に仕立てて、人間として扱うことをしなくなっている。でも、人はだれでも人間なんだ。リンカーンだってごく普通の人だった。いくら並外れた人だったとはいってもね。
−−映画の準備期間中、もしくはリンカーンについて学びながら、驚いたことがありましたか?
スピルバーグ監督:彼のユーモアセンスには驚かされたね。遊び心や人をからかうところに驚いたし、自分に反対した人たち、対立候補となった人に取り入って、そういう人たちを利用したことを知ってびっくりした。リンカーンの国務長官は、修正第13条を可決するための戦いで最大の支持者だった。彼は、大統領候補としてリンカーンと対立したが負けた。でも、リンカーンはすぐに彼を国務長官として自分に助言する機関の一員として招いた。リンカーンは、必ずしも自分の影響力が及ぶ人ではなく、その職に最も適した人を選ぶという意味で信じられないほどの超党派だった。それに、自分に反対した人々や、ペースが遅すぎると批判した人々の言い分にも耳を傾けた。複雑にからみあったストーリーだが、これはとても面白いと思う。これまでの映画製作の中でも本当に魅力を感じた経験の一つだ。
−−以前、「戦火の馬」のあとのインタビューで、映画を作る度に「映画学校に戻って映画製作について新しいことを学んでいるような気がする」とおっしゃっていましたが、この「リンカーン」では映画製作について何を学ばれましたか。
スピルバーグ監督:映画によって、台本を片手に役者たちのそばや目の前に立っていなければならない場合と、脚本や役者より何歩か後ろに立っていていい場合がある。今作は、自分がそれほど指導する必要のない製作過程だった。私は、素晴らしいキャストが見せる演技をとらえることにだけに関心を向けていればよかった。私の仕事は、演技をカメラに最高の形でとらえるだけで、ストーリーテリングは役者に任せたんだ。
<プロフィル>
ジョゼフ・ゴードン・レヴィット(ロバート・リンカーン役) 1981年2月17日、米カリフォルニア州ロサンゼルスで生まれる。幼い頃から劇団に入り、テレビ映画「Stranger on My Land」でデビュー。92年の映画「リバー・ランズ・スルー・イット」での演技が認められ、ヤング・アーティスト・アワード男優賞(10歳以下)を受賞。テレビシリーズ「3rd Rock from the Sun」で注目されるようになり、映画「BRICK ブリック」(05年)に主演。「セント・アンナの奇跡」(08年)などをへて、「(500)日のサマー」(09年)の等身大の青年役でゴールデン・グローブ賞にノミネートされた。「G.I.ジョー」(09年)や「インセプション」(10年)、「ダークナイト ライジング」(12年)といった大作に加え、「メタルヘッド」(10年)、「50/50 フィフティ・フィフティ」(11年)といった意欲作にも出演。若手のトップ俳優として演技の幅の広さと存在感をアピールしている。
スティーブン・スピルバーグ監督 1946年12月18日、米オハイオ州シンシナティで生まれる。12歳で8ミリの短編映画を撮るほどの映画少年で、カリフォルニア州立大学ロングビーチ校で映画を学び、ユニバーサル・スタジオと契約。72年のテレビ映画「激突!」が高い評価を受けて、劇場映画に進出。「未知との遭遇」(77年)、「レイダース/失われたアーク<聖櫃>」(81年)、「E.T.」(82年)、「シンドラーのリスト」(93年)、「プライベート・ライアン」(98年)、「ミュンヘン」(05年)、そして「リンカーン」でアカデミー監督賞に7回、ノミネートされた。「シンドラーのリスト」と「プライベート・ライアン」で受賞を果たし、86年にはアービング・タルバーグ記念賞にも選ばれた。たぐいまれなヒットメーカーとして、米国映画界を先導する存在。
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