ダンダダン
第7話「優しい世界へ」
11月14日(木)放送分
話題のマンガの魅力を担当編集が語る「マンガ質問状」。今回は、12月に実写映画が公開される青木琴美さんの「カノジョは嘘を愛しすぎてる」(カノ嘘)です。小学館「Cheese!」編集部の畑中雅美さんに作品の魅力を聞きました。
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−−この作品の魅力は?
たくさんの音楽関係者に「リアルすぎて怖い」と言われてしまうほど、「口パク」「あてぶり」など音楽業界の裏側を綿密な取材によって丁寧に描いた部分が注目されがちな本作ですが、担当の私が思う「カノ嘘最大の魅力」は、個性的な登場人物たちにあると思っています。
一番はやはり主人公・小笠原秋。年収4億円を超える売れっ子サウンドクリエーターなのに、それを自慢に思うどころか、成り上がったことが恥ずかしくて仕方がない。みんなから天才と呼ばれるのが心底嫌で、注目を浴びるのも大嫌い。高級車より電車が好き。はっきり言って変わり者。でも、この面倒な男が不思議なほど魅力的なんです。
そして、そんな秋が「カノジョには一生かなわない……」と思うほどに恋してしまうのが、8歳も年下の女の子・理子。バカなのに鋭い。バカだけど生き方に信念がある女の子。瞬は、成功しているのに、悔しさをいつも抱いている男。心也は、誰より秋の才能に焦がれながら、彼の敵になってしまった男。高樹は……と書き出せばきりがないほど、たくさんの魅力的な登場人物たちが、それぞれきちんと考えながら動いている。それぞれが良かれと思って行動したことが、立場の違いで新たな波紋を呼んでゆく。全員に感情移入してしまう分、誰を敵にも思えず、切なくて泣きたくなる。
−−作品が生まれたきっかけは?
青木先生の前作「僕の初恋をキミに捧ぐ」の映画の打ち上げの席でした。どういう話の流れか、音楽番組の「口パク」「あてぶり」「同期」といった話になったんです。カノ嘘3巻に「一回もおかしいと思ったことないのかよ? ピアノとかバイオリンとか、ガキの頃から死ぬほど英才教育受けて、音大入って死ぬほど練習して、それでもプロになれるやつはほんの一握りなのに、なんでバンドやってるやつらだけ、中学や高校から“友達とバンド始めました☆”程度でプロになれんだよ?」というせりふが出てくるんですが、その日、青木先生も私も、「わー! おかしいと思ったことなかった!!」と価値観を揺さぶられてしまって。
でも、帰りのタクシーの中で青木先生が「でも、この感情って……私が18歳でマンガ家デビューした時と似てるかも」と言い出したんです。「投稿時代、私はうまい人がデビューするんだと信じてた。だからデビューが決まった時、うまいと認められたと勘違いしちゃってたから、新人時代いきなり畑中さんに『下手だ』と言われた時、本当にびっくりした。俯瞰(ふかん)して考えたら、18歳の新人なんて下手で当たり前で、練習あるのみで当然なんだけど……。でも新人の時はそうは思えなかった。プロなのに下手だってことがつらかった……いや、これ過去形じゃないな。キャリア10年なんてまだまだぺーぺーで、うまいと思う方がおかしい!と分かっててもつらい」
その時点で青木先生は、20代にして著作累計は1000万部を超え、2作連続で映画化、賞も取って……と、端から見れば順風満帆な作家人生。「それでもこんなことを思ったりするんだ……」「その感情って面白いね」と盛り上がったんです。今振り返ると、あれが、この物語が生まれたきっかけだったと思います。音楽の世界でもがく人たちに、強烈なシンパシーを青木先生が抱いた夜でした。
−−編集者として作品を担当して、今だから笑えるけれど当時は大変だったナイショのエピソードを教えてください。
今も笑えない話ですが、青木先生って、すぐ絶望するんです。生で目撃しないと、なかなか信じてもらえない光景だと思いますが、「どうしてこんなに才能がないのか……」とさめざめと泣くんです。下手だと言って、描き上がった絵をすぐ消すし。ほんと……この世から消しゴムをなくしたいくらい、描き直すんですよ。で、原稿が遅れる。私が知る限り、いつもいつも悩んでる印象です。どうやったらもっとうまくなれるかと。
もし私が青木先生なら、いつもいつも調子に乗ってますけどね。私、才能あるなーって。凡人とは見える世界が違うんだろうなーと思います。マンガの道は天井知らずですから、私には完璧に見える絵も、青木先生の目には、発展途上のモノに見えてるんだと思います。その証拠に、これほどキャリアがあり、完成された絵柄のように見えるのに、見比べてみると、1巻と最新13巻では絵が違う。まだまだ伸び盛りなんだなー、自分でぺーぺーだって言ってるもんなー……とは思いますが、正直早く描いてくれっていうのも本音です(笑い)。
−−今後の展開は?
最新刊の最後で、まさかの2人がキスをしてるのですが、その理由がもう……すごくて。ネタバレになるので、これ以上は言えませんが……。ただ、カノジョにとって、あれが初キスなので……、いやー25歳過ぎての初キスは……大変だろうなー……とか……いろいろ思います。担当者として、続きが本当に楽しみです。
また、これは担当編集者の想像ですが……。秀才は秀才のままだけど、天才は凡人になったりする。天才である秋は、ある日ふっと、曲の書き方が分からなくなる時が来るかもしれません。そんな時、なにが彼を支えるのか。理子なのか。友達なのか。ライバルなのか。ファンなのか……。私は、青木先生の描く「逆境をはね返す話」が大好きで、例えば11巻で、口パクを強要された理子が本気を見せるシーンを読み返すたび興奮してしまうんですが、もし秋が逆境に立たされたら、あれ以上のすごいシーンが生まれる予感がしています。
−−読者へ一言お願いします。
12月14日に映画公開を控えているのですが、本作の監督を務めてくださった小泉徳宏監督が「僕が少女マンガに対していだいているイメージを壊してくれた」とおっしゃっていました。男の方もぜひ、だまされたと思って3巻まで読んでみてください。「3巻で、あーもうダメだ、読むのをやめられないと思った」という男性続出中なので。
小学館 Cheese!編集部 畑中雅美
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