「ウォーターボーイズ」(2001年)などで知られる矢口史靖(やぐち・しのぶ)監督の最新作「WOOD JOB!(ウッジョブ)~神去なあなあ日常~」が公開中だ。映画は、三浦しをんさんの人気青春小説で林業に従事する青年を描いた「神去なあなあ日常」が原作で、コンビニもなく携帯もつながらない都会から遠く離れた山奥の村を舞台に、変わり者に囲まれながら林業に従事することになった青年の成長ぶりを描く。主人公の平野勇気役には染谷将太さん、ヒロインの石井直紀役には長澤まさみさん、林業の天才という飯田ヨキ役には伊藤英明さんがそれぞれ扮(ふん)し、優香さん、西田尚美さん、光石研さん、柄本明さんら個性派俳優が顔をそろえている。メガホンをとった矢口監督に、最もこだわったというお祭りのシーンの裏話や主要キャスト決定までの経緯などを聞いた。
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今作の製作のきっかけを、矢口監督は「まだ見ぬ未知の林業という世界の面白さとお祭りのシーン、どちらも映画にした時にものすごく魅力を発揮できると(原作を)読んだ時点ですごく想像がふくらんだのが決め手」と映画化をあと押しした要素を明かす。初めて原作ものに挑んだ心境については「原作ものはずっとやりたかったのですが、(いい原作に)出会えなかった。ちゃんと付き合いたいなという“彼女”に出会ったのは初めてですね(笑い)」と良作との出会いを恋愛に例えて語った。原作ものとオリジナル脚本の違いについては「いや変わらなかったですね」といい、「原作を読み『こういうことが映画になった時に面白い』というのがすごく印象深かったのでそれを記憶にとどめて、あとは取材。9カ月間ほど三重県に行っていましたが、取材を通して得た情報やネタをいつも通りにシナリオに込めていきました。小説をコンパクトにした“短縮版”で映画を作るのではなく、小説の印象を基に“オリジナル”を作っている気分です」と製作の大まかな流れを当時の心情を交えて説明する。
矢口監督の作品は「スウィングガールズ」(04年)や「ロボジー」(12年)など独自のジャンルを描いたものが多い。自身の趣味嗜好(しこう)に寄る部分が大きいのか、それとも差別化などの目的も含め“あえて”そういう題材を選んでいるのかと質問すると、「(趣味嗜好とあえてというのは)どっちもありますかね」と矢口監督。「興味がわいて、一から調べ、それを映像に表現したい……という好奇心やワクワクを感じられるものは、すでに映画で散々やられたことではなくて、まだ誰も手を付けていないことや手を付けたいけど怖くてできないこととかで、そういう新鮮さやモチーフ自体が持つ危険度などに引かれます。『それは危ないんじゃない?』といわれるものほどやってみたいという気分になります」と新しい題材にチャレンジしたいという欲求が強いようだ。
作品のテーマに加えて、キャスティングへのこだわりも人一倍強いという。勇気役の染谷さんとの出会いは、まだ企画自体が秘密裏に進み、タイトルも台本も見せられない状況でのオーディションだったという。「染谷くんのオーディションをしたのが12年の5月ですから1年以上前なので、まだまだ(映画化が)秘密の段階。台本もなくタイトルも秘密というへんてこなオーディションで、その人となりを見るだけでしたが、ものの見事に当てました」と運命の出会いを表現。染谷さんの「若い俳優さんがどうしてもしがちな“役者として自分を使ってほしい”というアピールがない」点が心に響いたと語り、「決まるも決まらないも監督次第だから自分があがいても仕方がないといった感じが染谷くんにはあったように見え、とても自然体でリラックスしていたのがよかった。大好きだという映画の話をしているとものすごく笑顔が可愛く、その可愛らしさでいけると思いました」と染谷さんの選出理由を明かす。
迷わず決めたという染谷さんについて、矢口監督は「実はオーディションで会うまで染谷くんが出ているものを1本も見たことがなく、普段の演技やどういう役が多いかなどは知らなかった」と明かした。逆に知らなかったことが「とてもよかった」といい、「彼が実は屈折した影のある“陰”の部分を引き出されることが多いことを知らず、可愛らしい“陽”の部分がとてもチャーミングに見えて『これは勇気だ!』と。素でいる染谷くんの可愛い魅力が出せればいけると思っていました。過去の作品を見ていたらまた印象が違って、少し偏った見方をしたかもしれませんが、そうならずにすみました」と振り返る。
勇気の面倒を見るヨキ役とヒロイン役という重要なポジションを演じる伊藤さんと長澤さんのキャスティングについて、「伊藤さんは体の筋骨隆々な感じと甘いマスクとがヨキにはすごくいいと思いました。ただ、公のイメージとして『海猿』の爽やかな好青年という部分があり、どうやったらひっくり返せて勇気が『嫌いで怖い。こんな人と一緒に住めるわけがない』と感じる強烈なキャラクターにできるだろうか……という危惧や不安は少しありました」と矢口監督。続けて、「伊藤英明のファン全員が引くけれど、最後にはまた大好きになっちゃうというキャラクターを作れたらなと。伊藤さんにお会いした時はとても寒い時期でしたが、携帯用カイロを使いさしのものでしたが僕にくれて、だいぶ好感度が上がりました(笑い)。たたずまいもよく、この体と顔と芝居とがほしいと切望してなんとか出てもらうことになりました」と伊藤さんの出演への強い思いがあったことを語る。
一方、面識があったという長澤さんを「世間ではとても可愛らしい女性としてもてはやされていますが、僕から見るとざるそばのようなさらっとサバサバした感じがとても印象深い」と評し、「直紀という役が、大失恋をして恋愛というものをあきらめ、(直紀に)憧れて村に来た勇気が反発して『こんな女だったのか!』と驚くほど拒絶する役だったので、サバサバ感を生かせないかなということでお願いしましたら、二つ返事でOKをいただきました」という。
矢口監督が出演を熱望した長澤さんと伊藤さんは、今作でこれまで見たことがないような演技も披露している。「精神論などは一切なく、そのシーンになったら具体的に『手鼻よろしくお願いします』とか(指示を出し)、手鼻なんて映画でなかなか(そんな場面は)ないですが、『世界のサッカーシーンではよく見かけますよ』みたいなことを言い(笑い)、その気になってもらいました」とちゃめっ気たっぷりに明かす。そして「カッコいいも美しいも通り越した『田舎に行ったら実際にいるような人をそのままリアルにやってください』と。役者としてボーダーラインを超えてほしかったというのはあるし、それでこそ魅力的な役に見えてくるはずで、誰も拒絶せず軽々と超えてくれて本当にいい役者さんたちに巡り会えたと思います」と感謝する。ただ、「多分、伊藤さんも長澤さんもこの先、あのようなことは誰もさせないでしょうね」といたずらっぽく笑った。
今作に登場する林業シーンは俳優たちが吹き替えなしで演じている。矢口監督は「取材の結果、現場の迫力がとても重要なことが分かりました。そこで吹き替えや合成などをしてしまうと、おそらく迫力や大変さ、危険さが伝わらないと思いました」と意図を明かす。本業の人やスタントチームを配置し安全を確保しつつの撮影ながらも30メートルほどの木に登った伊藤さんを「登った地点は20メートルぐらいですが、標高が高いのですごい怖かったと思います」と証言。そして、「僕の作ってきた映画がシンクロナイズドスイミングやジャズ、ロボットを着させたりもしているので、なんとなくもう本人がやらなきゃいけないような空気が最初から漂っていて、(出演者を)説得するのもそんなに手間ではありませんでした(笑い)」と冗談めかして語る。
矢口監督が映画化に踏み切った決め手の一つでもあるクライマックスのお祭りのシーンは、「もしかしたら本当にあのお祭りがあるのではという“リアリティー”」に注力し、「企画が立ち上がって原作や台本を読んだ普通のプロデューサーなら、スタジオを押さえて(CG合成用の)グリーンバックの用意をしたでしょう。なのでそんな準備をする前に、ものすごい早い時期から『これは全部実写でやります!』と宣言していました」と矢口監督。「今どきのお客さんはCG合成を見慣れているので大迫力で危ないシーンはCGが当然だと思い、原作ファンは特にそうなると高をくくって来るはず。予想を裏切って驚かせたいと思わないと、ああいうバカデカいものでバカみたいな命懸けなことをする意味がなくなってしまう。ちゃんと巨大なものを倒して落としてぶつけるというのを、すべてカメラ前で実写で撮ることにとてもこだわって作りました」と持論を展開する。
矢口監督は最後に「林業という仕事があることは皆さん薄々は知っていると思うのですが、実態はまったく分かっていない」と切り出し、「実はこんなに大変で面白いということを映画を通して味わってもらえると思います」と林業の魅力を映像に詰め込んだと力を込める。「林業を舞台に描いたのは“都会っ子の成長”です。恋と仕事と、とんでもないキテレツなお祭りに参加することで主人公の男の子が少年から男になっていくという青春物語に仕上げました。当然、僕が作るので笑いはいつも通り、いやいつも以上、かなり高純度な危険な笑いも盛り込みました。でも気が付くと最後には爽やかな涙が流れる、そんな映画になったと思います」と独特の言い回しで自作をアピールした。映画は全国で公開中。
<プロフィル>
1967年生まれ、神奈川県出身。90年にぴあフィルムフェスティバルで8ミリ長編「雨女」でグランプリを受賞。93年に「裸足のピクニック」で劇場監督デビューする。2001年には“男子のシンクロ”というユニークなテーマを描いた「ウォーターボーイズ」で話題を集め、その後、「スウィングガールズ」(04年)、「ハッピーフライト」(08年)、「ロボジー」(12年)などを手がける。
(インタビュー・文・撮影:遠藤政樹)
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