海堂尊:新作小説「アクアマリンの神殿」 「バチスタ」の10年後描く 田口医師訪問編1

アツシの小児科の頃からの主治医、田口先生。教授になった今も、愚痴外来にいるらしい (c)海堂尊・深海魚/角川書店
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アツシの小児科の頃からの主治医、田口先生。教授になった今も、愚痴外来にいるらしい (c)海堂尊・深海魚/角川書店

 ドラマ化もされた「チーム・バチスタ」シリーズの10年後を描いた海堂尊さんの新作「アクアマリンの神殿」(角川書店、7月2日発売)は、「ナイチンゲールの沈黙」や「モルフェウスの領域」などに登場する少年・佐々木アツシが主人公となる先端医療エンターテインメント小説だ。世界初の「コールドスリープ<凍眠>」から目覚め、未来医学探究センターで暮らす少年・佐々木アツシは、深夜にある美しい女性を見守っていたが、彼女の目覚めが近づくにつれて重大な決断を迫られ、苦悩することになる……というストーリー。マンガ家の深海魚(ふかみ・さかな)さんのカラーイラスト付きで、全24回連載する。

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◇ 田口医師訪問編 1 懐かしの愚痴外来

 そう、世の中はタイミングがすべてだ。

 グッドタイミング・ガール、ショコちゃんが、ランクルを乱暴に走らせて連れて行ってくれたのは懐かしい場所だった。かつての東城大医学部付属病院本館、今は旧館と呼ばれる建物の二階への階段を上り始めた時、ショコちゃんがどこへ向かおうとしているのかがわかった。

「田口先生に相談するんだね」

「一見頼りないけど、なんだかんだ言いながら、結局最後には何とかしてくれちゃう人なのよねえ、田口先生ってばさ」

 ショコちゃんがうなずいて言った、その言葉に、ぼくも全面的に同意する。

 これから向かう場所の正式名称は不定愁訴外来、通称は愚痴外来だ。

 田口先生は小児科の頃からの主治医で、今は田口教授と呼ばなければならない。

 専門は神経内科だけど、今の肩書は医療安全推進本部のセンター長兼医療情報危機管理ユニットの特任教授だ。ぼくがその肩書を口にしようとするたびに噛むのを見て、「無理に肩書をつけなくても、昔みたいに『田口先生であります』と呼んでくれればいいんです」と言う。

 そんな時、幼稚園の頃の口癖をさりげなく引用されると照れてしまうけど、そんな些細な口癖まで覚えてくれているんだと思って感激もしてしまう。

 目的地に向かいながら、ショコちゃんはぺらぺらとウワサ話に花を咲かせる。

「あれでも田口先生はアツシの凍眠前はAiセンターのセンター長だったのよね。でも建物は壊されちゃって、センターも潰れちゃった。ツイてない人だなあ、なんて思っていたけど、一度センター長になったらおいそれと降格できないのが大学病院という組織の特徴らしくて結局、医療安全推進本部なんてわけのわからない組織が出来たら、今度はそこの教授兼センター長に納まっちゃったワケ。ウワサでは以前一度、病院長にされかかったこともあったらしいの。こうなると、実はとてもラッキーな人なのかもしれないなって、最近は認識を改めちゃっているのよ」

 こうしたウワサ話には、ろくに研究実績もないクセにとんとん拍子で出世していく田口先生へのやっかみも含まれているに違いない。なのでぼくは言った。

「でも、今は教授という肩書にふさわしい実績が伴っているから、そんな大昔のことなんて、もうどうでもいいんじゃないのかなあ」

 すると、ショコちゃんはぼくの肩を叩いて、にっこり笑う。

「わかってるって。田口先生がちゃんとした教授になれたのもアツシのおかげだったんだもんね。アツシの凍眠データを使って論文を書きまくったから、めでたく昇進できたワケだし」

<毎日正午掲載・明日へ続く>

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