谷口悟朗監督:24年ぶり「ONE PIECE」で「何かを壊し、何かを足す」 「FILM RED」の挑戦

「ONE PIECE FILM RED」を手がけた谷口悟朗監督
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「ONE PIECE FILM RED」を手がけた谷口悟朗監督

 尾田栄一郎さんの人気マンガ「ONE PIECE(ワンピース)」の新作劇場版アニメ「ONE PIECE FILM RED」。興行収入が80億円、観客動員数は570万人を突破し、最終興行収入約68億7000万円を記録した「ONE PIECE FILM Z」(2012年)を超え、シリーズ最高記録を更新するなど大ヒットしている。「コードギアス」シリーズなどの谷口悟朗さんが、約24年ぶりに「ONE PIECE」の監督を務めたことも話題になっている。谷口監督は、1998年に開催されたイベント「ジャンプ・スーパー・アニメツアー’98」で上映された「ONE PIECE」の初のアニメ「ONE PIECE 倒せ!海賊ギャンザック」で監督デビューした。約24年ぶりに「ONE PIECE」に参加した谷口監督は新作で同作の「何かを壊し、何かを足す」ことを考えたという。谷口監督に「FILM RED」の挑戦について聞いた。

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 ◇敬意がないとただの乱暴者になる

 「ONE PIECE」は、1997年に「週刊少年ジャンプ」(集英社)で連載が始まり、今年7月で連載25周年を迎えた。テレビアニメは1999年10月にスタートし、2021年11月には1000話に到達した。谷口監督が「ONE PIECE」を手がけたのはテレビアニメが始まる前の1998年だった。約24年ぶり、自身の原点とも言える作品ということもあり「感慨深いですね」と語る。実は、この約24年で谷口監督にオファーがあったのは今回が初めてではなかったという。

 「実は、私のところに『ONE PIECE』の監督の話があったのは3回目なんです。1回目はお断りしたんです。当時は私が『ONE PIECE』をやる理由が見つからなかった。2回目の時は、私の方で『一度、持ち帰らせてください』となっている間に制作内の調整がうまくいかなかったようで、話が流れたんです。今回は3回目です」

 三度目の正直なのか? それとも三顧の礼? 3回目のオファーで谷口監督が動いた。

 「プロデューサーと話をして、『ONE PIECE』の“何かを壊し、何かを足す”必要があるということが分かったんです。そこで、私が担当するにあたり『尾田さんの許可をもらってほしい』とお願いしたら、OKが出たんです。それが大きかったです。ただ、(テレビアニメを手がける)東映アニメーションさんが私を受け入れてくれるのか?という気持ちもありました。歴史のある日本一のアニメ制作会社ですからね。最初に『監督をやってくれないか?』と言われた時に『うちの会社のイケていないところを教えてほしい』とも言われたんです。すごいことです。歴史があり、プライドもある会社ですが、芯が強いから、強がる必要がないんだ!と感じました」

 「何かを壊す」ことが念頭にあったが、もちろん原作、これまで続いてきたアニメへのリスペクトがあり「やっぱり敬意がないとただの乱暴者になってしまいますからね。その上で新しいことをするために呼んでいただいたのだと思っています」と話す。何を壊し、何を足そうとしたのだろうか?

 「テレビアニメは、1000話を超えていますからね。歴史が長く、スタッフも交代していますが、これまでやってきたことを壊す、疑うというのは、内部の人間ではなかなか難しいと思うんですよ。『変えちゃおう!』と気軽に言える人が必要だとプロデューサー側が考えていたのかな?と思っています。ただ変える、バージョンアップするだけではなくて、何かを足さなければ、私である必要がないですし。(脚本の)黒岩(勉)さんを交えたプロット、脚本の打ち合わせでも『何を足せるのか?』が大きな議題になっていて、ウタという女の子を中心とした大きな軸を作る流れになりました。歌うキャラクターが今までもいなかったわけではないので、やるんだったらもっと派手にやらないと中途半端になってしまうと思いました」

 ◇シャンクス登場の経緯

 「FILM RED」には、世界中が熱狂する歌姫・ウタが登場する。ウタのライブシーンが見どころの一つになっている。

 「最初は、強い敵が出てくるアクション映画の構造に乗ったプロットをいくつか探っていたのですが、尾田さんから『強い敵が出てくるのとは違うラインが見たい』という提案があったんです。いろいろと考えた上で、私の方から『歌を使いましょうか?』という話をしました。切り札に近かったんです。尾田さんは歌にはこだわりがありますから。黒岩さんと相談しながら、トータルで何曲くらい必要なのか、どこに歌を入れれば成立するのかを計算し、組み込んでいきました」

 ウタは、ルフィにとって憧れの存在であるシャンクスの娘だ。シャンクスは決して出番が多いキャラクターではないが、「FILM RED」ではシャンクスの活躍も描かれる。シャンクスが登場することは「尾田さんの提案」だったという。

 「最初は、シャンクスを出したらまずいだろうと思ったんです。でも、シャンクスを絡めた方が絶対にいい。いいんだけど勝手に出しちゃうわけにもいかないから、なんとなく影がちらつくくらいの落としどころなのかな?と尾田さんに相談したら『出していいですよ』という話になったんです。助かりました。ただ、シャンクスは本当に扱いが難しいんです。私としては、結局『ONE PIECE』はどういう話なのか?というのをやりたいところもあって、そのためにはキーマンであるシャンクスを出せることが大きかった。子供や若い人の目線は、ルフィの目線で表現できる。シャンクスが登場することで大人の目線を入れることができるんです。結果的に、今はルフィの目線で見ている人も10、20年後にもう一回見た時に、シャンクスの目線で見ることができる。そういう構造を組み込むことができました。音楽の中田ヤスタカさんにシャンクスのテーマをお願いして、きちんと応えていただけたこともよかったと思っています」

 ウタ、シャンクスなどキャラクターの親子関係が重要な要素になっているようにも見えるが、谷口監督は「今回描かれているのはいびつな親子関係」とも話す。

 「シャンクスからすると、ウタとは昔に別れた段階で止まっていて、今のウタの精神性がどうなってるかまで想像ができない。なので、彼女の自立を認めて送り出すという構造にしています。ウタに限らず、今回の主要キャラクターの親はほとんど無力なんです。生物学上もしくは保護者としての親、親的なポジションの人がいるんだけど、親によってずっと守られていたり、何かを託されたりというのがあまりない。子供たちは自分たちで人生を選んでいる。親子の絆はあるけど、一方的なものかもしれない。いい意味でちょっと放り投げるようなところがあります。実は私の作品は、親がほとんど出てこないんですよ。出てきても邪魔だったりとか、敵だったりして、親子仲良くっていうのが、できないんですね。親子だから仲良くせにゃならんとも思わないし、敬う気持ちはあるかもしれないけど、限度というものがあるし。そういう私自身の感覚も出ているでしょうね。それでも家族というものを改めて考えるきっかけになってくれたらうれしいです」

 ◇階級の断絶、分断を再発見

 谷口監督は「FILM RED」の制作が発表された際に「今まで見たことがない『ONE PIECE』を表現したい」「できれば私にとって『ONE PIECE』とはどういうものだったのかを見つめ直し、その答えを自分なりに少しでも出したいなと思っています」とコメントしていた。答えは見つかったのだろうか?

 「答えの半分は最初から想定していた部分であり、面白いことに残り半分くらいは完成してから分かったところがあります。基本的に『ONE PIECE』のバトルは明るい。殺し合うことが目的ではなく、信念と信念のぶつかり合いです。そこは、最初から想定していたところでした。再発見したのは、思っていた以上に、階級ごとの断絶、分断が仕込まれているところです。五老星や天竜人、世界政府、法の外にいる海賊、その間で揺れ動く一般の民衆がいる。自分がそこを重要な要素として捉えていたことに気付きました」

 「ONE PIECE」で描かれている階級社会について「結果論かもしれないけど、日本だけじゃなくて世界全体の断絶、分断とリンクしているのかもしれません」とも話す。

 「新津ちせさんが演じたロミィという少女にそこが露骨に出ているかもしれません。彼女の設定は農奴なんです。農場で働かされていて、つぎはぎの服を着ています。彼女に代表されるように、ウタのライブに集まっている観客は、実はいろいろな事情を抱えている、というように描いています。それぞれしがらみがあったり、力がなかったりして、どこかで諦めてしまったりする。そこを諦めずに突き抜けようとするのがルフィなんです。そこが『ONE PIECE』の気持ちよさにつながっているんだと思います」

 谷口監督は「ONE PIECE」をただ壊したわけでなく、壊そうとする中で、作品に込められた普遍的なメッセージを再発見したようだ。「FILM RED」は新しさがありつつ「ONE PIECE」の魅力が凝縮された作品になった。

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