東京・世田谷パブリックシアターで3月12日から上演される舞台「メディア/イアソン」。本作で、夫イアソンの裏切りによって、我が子を殺めるという悲劇の王女・メディアを演じるのが俳優の南沢奈央さんだ。俳優を目指すきっかけとなったのが「舞台に魅了されたから」と語っていた南沢さんは近年、舞台俳優としても目覚ましい活躍を遂げている。一方で、初エッセー集「今日も寄席に行きたくなって」を発売するなど、幅広い活動を行っている南沢さんが、2020年7月に所属事務所から独立してからの3年半を振り返った。
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舞台は、世界中で上演されているギリシャ悲劇「メディア」を、フジノサツコさん脚本、森新太郎さん演出により、これまでの復讐劇だけではなく、若きメディアと、その夫・イアソンの出会いから愛に満ちあふれた日々を描くことで、新たな解釈をもたらす。
タイトルロールのメディアを演じる南沢さん。これまでの作品では復讐に明け暮れる残酷な一面が強調されていたが「メディアとイアソンの前日譚(たん)が描かれることで、神々しい存在からより人間味あふれる物語になっていると思います」とより多くの人に共感してもらえる話になっていると強調する。
演出を務める森さんとは、2019年上演の「HAMLET ―ハムレット―」で作品を共にしている。南沢さんは「とても鍛え上げていただいて、新しい自分になれた感覚があったので、またいつかご一緒できればなと思って頑張ってきました。私自身、ギリシャ悲劇という題材は初めてで、自分が演じるなんて考えたこともありませんでしたが、森さんのエネルギー、発想、演出にしっかりと食らいついていきたいです」と意気込みを語る。
今回の大きなテーマは、メディアの変化。これまで復讐という怒りの炎の象徴のようなキャラクターだったが、本作では人間味あふれる一面も表現。そこからガラッと変わっていくメディアを演じることが要求される。
南沢さんは「イアソンに恋する乙女だったメディアが、夫に復讐する妻に変貌するまでの過程がしっかりと描かれているというのはやりがいがあります。ただ復讐をするというよりも、そこまでにどんな思いがあったのか……ということを表現できるのは、メディアの気持ちの経緯を理解できるので、より怒りに説得力を増すことができるのではないかと思います」と期待を口にする。
デビュー当時は映画やドラマなど映像の仕事での活躍が目立っていたが、近年は精力的に舞台で活動する南沢さん。「もともと舞台を見て、このお仕事をやりたいと思ったんです」と原点は舞台にあるという。さらに2020年に所属事務所を退社したということも、ワークバランスを考える上で影響があった。
「事務所を独立してから、どんなお仕事に取り組むかは、全部自分で選択させていただいています。それまでは『こういうお仕事が来ています』ということに対して、しっかり応えていこう……という思いが強かったのですが、いま自分がどんなことに興味があるのか、どんなことをやっていきたいのか。そういうことをしっかり考えられるようになったと思います。やっぱり私は舞台が好きですし、生半可な気持ちではなく、しっかり腰を据えて取り組みたいと思って意識的に挑戦しています」
もう一つ、大の読書家である南沢さんは「南沢奈央の読書日記」という連載を行っているが、自身の初エッセーとなる「今日も寄席に行きたくなって」を昨年出版した。南沢さんは「何がやりたいのか――という意味で、文章を書くことはずっと続けていきたいことの一つだったので」とこちらもさらなる広がりを期待する。
エッセーのテーマは「落語」。こちらも南沢さんの10年来の「好きなもの」である。これまでも落語の魅力を多々語ってきている南沢さんだが、落語との出会いによって「自分自身に寛容になれた」という。
落語には、いわゆる「あんた、何やってんのさ!」と突っ込みをいれたくなるような愛すべき登場人物が多い。南沢さんは「私自身、自分の失敗に寛容ではないタイプだったんです」とつぶやくと「デビューしてからは、自分でも失敗しちゃダメだとプレッシャーをかけてしまい、周囲からの目も気にしていました。萎縮してしまうタイプだったんです」と語る。実際、いまの現代は一つのしくじりに対して厳しい世の中になっているという風潮も、こうした気持ちに拍車をかけた。
しかし落語と出会ったことで「失敗しても周りが笑って励ましてくれて、明るく前向きに進めばきっと楽しいことがある」ということを教わった。だからこそ、落語の魅力を伝えたかったという南沢さん。
いまは「失敗したっていいじゃん! そこで人生が終わるわけではない」と開き直ることができるようになったという。独立したことについても「仕事の選び方もそうです。以前は『自分にはできないかも』とブレーキを踏んでしまうことが多かったのですが、いまは『やりたいと思ったらやってみよう』という気持ちになっています。実際、失敗から学ぶことってすごく多いんですよね」と柔和な笑顔で語る。
「失敗してもいい」という思いは舞台をやっていると、より強く実感できるという。
「前回の森さん演出作のとき、いろいろやっても『違う』と言われることが多かったんです。でもそれって、後になって『失敗じゃなかった』と思えるものばかり。やらないよりもやった方がいい。いろいろなチャレンジを恐れずにやることの大切さは舞台で実感できています」。
舞台は生もの――。「前日と同じことをすれば、うまくまとまることも多いと思うのですが、それは絶対ダメだなと言い聞かせています。皆さんがそれぞれ作品のことを考えて臨むからこそ、どんなことでもしっかり対応できるようにならなければいけない」と高い意識で臨む。「メディア/イアソン」は多くの人物が登場するが、キャストはたった5人。南沢さんは「どう演じていくのだろうかと、今はまだ想像できないのですが、それが演劇の面白さですよね。ぜひ期待してください」と目を輝かせながら語ってくれた。(取材・文:磯部正和)