解説:アニメ「違国日記」 安易な共感ではなく“尊重” 日常と心象風景を丁寧に描く

アニメ「違国日記」のビジュアル(C)ヤマシタトモコ・祥伝社/アニメ「違国日記」製作委員会
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アニメ「違国日記」のビジュアル(C)ヤマシタトモコ・祥伝社/アニメ「違国日記」製作委員会

 ヤマシタトモコさんのマンガが原作のテレビアニメ「違国日記」。1月からABCテレビ、TOKYO MXほかで放送中で、SNSのトレンドを埋め尽くすような派手さはないが、視聴者の心に静かに浸透している。同作の魅力や、アニメならではの演出について解説する。

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 ◇分からないままでもいい

 「違国日記」は「FEEL YOUNG」(祥伝社)で2017~23年に連載されたマンガ。人見知りの小説家・高代槙生(こうだい・まきお)は、姉夫婦の葬式で両親を亡くした姪・田汲朝(たくみ・あさ)を、勢いで引き取る。孤独を好む槙生と、人懐っこく素直な性格の朝という、性格も価値観もまるで違う二人が、ぎこちない共同生活を始める。

 単なる「叔母と姪の同居物語」ではない。他者とは100%分かりあうことはできないという孤独な事実を、絶望ではなく「尊重」として描いているのが特徴だ。別の人間であることを認め合い、適切な距離感を保ちながら、家族とは異なる絆を築いていく。

 槙生と朝は、性格も年齢も、歩んできた背景も全く異なる。二人の間には常に壁のようなものが存在するが、共に過ごすうちに心が通じ合うという安易なカタルシスや共感は描かれない。

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 他者を理解できずに苦しむことがあっても、「分からないままでもいい」という光を見せてくれる。安易な共感に逃げず、現代を生きる人々の孤独に寄り添う姿勢こそが、同作の魅力なのだろう。

 ◇アニメだから表現できたこと

 アニメでは、何気ない日常を丁寧に描くことで、キャラクターの繊細な感情や心理を浮き彫りにしている。食事や料理のシーンも緻密に描写されており、そのリアリティーによって、キャラクターの生活が生々しく立ち上がってくる。

 監督を務める大城美幸さんは、本作が初監督となった。大城監督に取材した際、「実写寄りの絵を作ろうとしている」とも話していた。同作は、俳優の新垣結衣さん、早瀬憩さん主演で実写映画化もされており、アニメ化が発表された際は「アニメ化する意味は?」という思いが頭をよぎったのも事実だ。しかし、アニメの放送が始まると、そんな疑問は霧散した。

 大城監督は「企画の段階から『実写向きですよね』『アニメ化する意味は?』と言われていました。確かにその通りなのですが、そもそもマンガなので、アニメとの親和性が高い。原作には、砂漠やオアシスなどをイメージした心理描写があります。アニメじゃないと表現できないだろうなと最初から思っていました。アニメにすることで、原作のイメージをそのまま表現できるし、アニメならではの表現ができるはずです」と語っていた。

 独特の間やテンポ、心象風景などアニメならではの演出が、繊細な世界観をより深い次元へと昇華させている。

 「違国日記」は、ドラマチックな奇跡が起きる物語ではないが、個々の孤独を静かに肯定してくれる。「話題」「トレンド」「歓喜」「感動」「まさかの展開」といったSNS的な消費とは一線を画し、一人一人の心に寄り添い続ける作品だ。(阿仁間満/MANTANWEB)

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