「愛のむきだし」(09年)がベルリン国際映画祭国際批評家連盟賞に輝き、今年のベネチア国際映画祭において、最新作「ヒミズ」(12年公開予定)の染谷将太さんと二階堂ふみさんという若手俳優2人に最優秀新人俳優賞をもたらした園子温監督。その「ヒミズ」の前に製作した「恋の罪」が12日から全国で公開されている。97年に東京都渋谷区円山町のラブホテル街で実際に起きた殺人事件から着想したという作品。くしくも今年、事件のやり直し裁判を求める再審請求審が行われたが、映画の公開と重なったのはたまたまのことで、そもそも「機が熟したからこの作品を作った」と園監督は話す。(りんたいこ/毎日新聞デジタル)
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「『愛のむきだし』のときもそうでしたが『なぜ今、この作品を?』とよく聞かれるけど、特に理由はないんです。だいぶ前から抱えていたものがやっと描けたという感じかなあ」。そうサラリといってのける園監督だが、「恋の罪」の脚本については、「書きづらい題材で、2年くらい放っておいた」という。だが書き出すと一気にペンが走り2カ月程で書き上げたという。
映画は、水野美紀さん演じる殺人課の刑事・吉田和子が、猟奇殺人事件を追ううちに、その背後にある女の怨念(おんねん)ともいえる情念と欲望に、自らもからめとられていく様子が描かれている。和子を“地獄の糸”でからめとるのは、冨樫真さん演じる大学准教授の尾沢美津子と、神楽坂恵さんがふんする専業主婦の菊池いずみだ。彼女たち3人による、まがまがしくも、ときに甘美な女の世界が見る者を圧倒する。
強烈なラブシーンもいくつかあり、女性の観客はしばしば居心地が悪くなるだろうが、それもまた、女性心理を鋭く突いているからに他ならない。園監督が今作を製作した背景には「今の世の中、女の子映画はたくさんあるけど、女性の映画はほとんどない」という思いがある。確かに、80年代以前は、成熟した女性を主人公にした女性映画がたくさん作られた。一方最近は、若い女性が好みそうなロマンチックな、あるいは感動ドラマばかりで、今作はある種、そうした風潮に風穴を開けるものでもある。
それにしても、男性である園監督が、なぜ女性の内面をそこまで掘り下げて描写できるのか? その問いかけに監督は「女性の気持ちが分かるというより、いろんな女の人を取材し、そこから僕の中に女性の心理が生まれたのかもしれない」と明かした。そのほかに心掛けたこととして「男目線で映画を撮らないようにした。女性目線というか、いわゆる男性目線のエロスはやめておこうと思った」ことを挙げ、さらに「もともと僕は中性的なところがある。どちらかというと女性心理のほうが強いのかもしれない」と話した。
園監督といえば、女優の発掘という点でも一目置かれている。満島ひかりさんは、園監督の「愛のむきだし」での演技が注目され、いまや売れっ子になったし、今作に出演している元グラビアアイドルの神楽坂さんも、園監督の作品「冷たい熱帯魚」での熱演が多くの人の関心を引いた。女優発掘のバロメーターとなるのが、本人が自分の才能を疑っているか否かだという。「今の芝居で十分うまくいっているという人とは、いつもと同じ芝居になっちゃうから、一緒に仕事をしても面白くない。自分の芝居はまだまだもっと先に行けると考える人を手伝ってみたい」と指摘する。
映画は、不倫や売春、殺人といった深刻な問題をはらんでいるが、ときおり観客の間で笑いが起きるのも、また“園映画”らしさだ。「笑わせることを狙っているわけじゃないんだけど、結局笑われてしまうのがいつものパターン」というのが園監督の本音のようだが、「ヒミズ」がベネチア映画祭で上映されたときは「全然笑いがとれず、すごくがっかりした」と悔しがる。
「あなたにとって映画とは?」とたずねると、「仕事だよね。家賃払わなきゃならないし」と即答。インタビューをしたときには、ちょうど“吸引力の落ちない”という某メーカーの高級掃除機を欲しがっていた。「次の映画はその掃除機がテーマ」と冗談交じりにいうが、そんな軽いジョークで質問をいなす監督だからこそ、深刻なテーマを扱いながらも、ときおりクスリと笑えるユーモアのあるシーンを盛り込むことができるのだろう。
ただ、監督本人は今作のテーマを「女」というだけにとどめ、女性についての“何か”と限定するつもりはないらしい。「『女』というタイトルの詩集があって、テーマが女性で、ページをめくると女性にかんする詩がたくさん入っている。個別のシーンごとにいろんなことを描いているけど、その中の何か一つを抜き出して描こうとしたわけじゃない。いつも『テーマは?』と聞かれ、『分からないな』となるんだけど、今回も同じ。細かいことは表現していない。女の何を? いや“女”、それだけだと」。“女”がテーマの「恋の罪」。男性、女性とも、それなりの覚悟を持ってスクリーンに挑んでいただきたい。
<プロフィル>
1987年「男の花道」でぴあフィルムフェスティバルのグランプリを受賞し、90年、ぴあスカラシップ作品として「自転車吐息」を製作。以降、「自殺サークル」(02年)、「紀子の食卓」(06年)、「エクステ」(07年)、「ちゃんと伝える」(09年)などの映画を世に送り出す。また「愛のむきだし」(08年)はベルリン国際映画祭カリガリ賞、国際批評家連盟賞に輝き、「冷たい熱帯魚」(11年)はベネチア国際映画祭オリゾンティ部門に正式出品。さらに今作「恋の罪」はカンヌ国際映画祭監督週間に正式出品された。なお、12年公開の「ヒミズ」では、主演の染谷将太さん、二階堂ふみさんにベネチア国際映画祭最優秀新人俳優賞をもたらしている。
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