昭和を代表する国民的作家・井上靖の自伝的小説を、役所広司さん、樹木希林さん、宮崎あおいさんらの共演で映画化した「わが母の記」が全国で公開中だ。脚本を書き、監督を務めたのは、原作者が通った静岡県立沼津中学校(現・沼津東高校)の後輩に当たる原田眞人さんだ。原田監督に作品に込めた思いや出演者などについてたっぷりと聞いた。(毎日新聞デジタル)
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映画「わが母の記」は、幼い日に母親に捨てられたという“記憶”を持つ小説家・伊上洪作(役所さん)が主人公。父亡きあと、その母・八重(樹木さん)の面倒を2人の妹や家族とみることになり、記憶が失われていく八重に振り回されながらも見捨てることができない複雑な心情が、家族愛とともにつづられていく。映画に込められたメッセージは海外でも共感を呼び、第35回モントリオール世界映画祭では審査員特別グランプリに輝いた。
−−「クライマーズ・ハイ」(08年)や「突入せよ!あさま山荘事件」(02年)など、社会派のイメージが強い原田監督がヒューマンドラマを撮るとは意外です。
井上靖先生の高校の後輩として、先生について語れないのは恥ずかしいと50歳を過ぎてから再勉強を始めました。まずは、井上先生の50歳を過ぎてからの身辺雑記風の作品から読み始めたんですが、「わが母の記」を映画にしたいと思ったのは、それが「東京物語」(53年)の真逆の話だったからです。
−−原田監督が敬愛する小津安二郎監督の「東京物語」ですね。
あれは、上京してきた親を子どもが邪険に扱う話。それが1953年当時の日本の風潮であるとしたら、60年代を舞台にしたこれはその逆。子供が面倒をみようとすると、親が(故郷の伊豆に)帰りたがる。その、親を子供が止めようとする攻防が面白かったのと、やはり、井上先生が描く家族のあり方が、僕自身の家族と重なる部分があったからです。うちは旅館をやっていましたが、祖父母がいて、両親がいて、大勢がにぎやかに食卓を囲んでいた。その実、両親と祖父母は裏ではいろいろあった。そういう3世代のつながりと、小津安二郎的な日本家屋の奥行きや心の奥行きみたいなものを、井上先生のこの作品で表現できると思ったのです。
−−キャスティングは原田監督のアイデアだったんですか。
役所さんは最初からイメージしていましたが、樹木さんと(洪作の娘役の宮崎)あおいちゃんは、プロデューサー側からの提案でした。実は最初、樹木さんは僕のイメージではなかった。でもお会いしたら、特殊メークはやらず、ご自分の体を縮めることで老女を演じたいと。また、この八重さんというのは健脚で、記憶をなくしても動くのだけは細かく早いと樹木さんはおっしゃった。その言葉になるほどと納得して、そこからは樹木さんに託しました。あおいちゃんは、実際に会ってみたら、テレビなどで見ていたのよりはるかに魅力的で、その段階でファンになりました(笑い)。彼女をより魅力的に見せるために脚本に手を入れました。
−−どういうところを変えたのでしょうか。
彼女が酔っ払って父親に本音を語る場面と、おばあちゃんの詩の朗読を聞いた後、洪作が洗面所に行き泣き顔を洗う場面。入ってきて、「何かあったの?」というのは、彼女をイメージして書きました。
−−洪作の妹・志賀子を演じたキムラ緑子さんも素晴らしかった。
彼女、「パッチギ!」で見たときもうまいなあと思ったけど、本当にうまいんですよ。実際はもっともっといい女で、本人もいい女をやりたいわ、なんて言っているけど(笑い)、志賀子のもともとのイメージは、小津作品の杉村春子さん。キムラさんには最初、洪作の奥さん役をオファーしていたんですがスケジュールが合わなくて、ならばと志賀子役に変更したんです。
−−原田監督と役所さんは、「KAMIKAZE TAXI」(95年)に始まり、「金融腐蝕列島・呪縛」(99年)や「突入せよ!あさま山荘事件」でも組んでいます。今回は、家長としてときに横暴で、その一方で、母を思い慟哭(どうこく)したりと、いつもの硬派な役所さんとは違います。
今回はひと味もふた味も違いましたね。実をいうと終盤の、志賀子に礼を言って電話を切ったあと、姨捨(うばすて)の話をするくだりは元の脚本にはなかったんです。でも、直前の緑子さんの芝居が素晴らしくて、そのまま最後のシーンに突入してはバランスが悪いと思い始めて。それに僕自身、役所さんの泣き顔をもう一度見たかった。それで、井上先生の短編に「姨捨」があったのと、これが小津監督が読んでいる唯一の井上作品であることから小津監督へのオマージュも含めて、あの場面を撮影の1週間ぐらい前に加えたんです。
−−原作では明らかにしていない八重が洪作を捨てた理由を、映画では提示しています。
あれも元の脚本にはなかったんです。でもプロデューサーに、理由があったほうが分かりやすいのではといわれ、僕なりに分析した結果があれでした。日本の観客に対して効果を上げるのかどうか分かりませんが、海外の観客に対しては100%受けたと感じています。最初は、僕の中に説明することへの葛藤がありました。でも、2時間という枠の中で家族のドラマを語るには、やはり謎解きの要素があったほうがいい。やっておいてよかったと、イラン映画の「別離」(アスガー・ファルハディ監督)を見たときつくづく思いました。あれも謎解きがある。僕の好きな作品です。
−−最後にメッセージをお願いします。
このサイトは、どんな人が見ているんですか?
−−アニメやマンガ、ゲームが好きな、10代から20代からの若者が多いですね。
うん、この映画は、若い世代にこそ見てほしいんですね。今の若者は井上靖を知らない、小津安二郎を知らない、(イングマール・)ベルイマンを知らない、ジョン・フォードを知らない、でしょ。古典の世界に入っていってほしいんです。映画というのは奥深いものです。この「わが母の記」は、手法は新しいですが、その先に見えるものは、井上靖文学であったり、小津安二郎作品であったりするわけです。ですから、この作品を入り口に、日本の過去の巨匠たちの世界にどんどん突き進んでいってください。
<プロフィル>
1949年静岡県出身。79年「さらば映画の友よ インディアンサマー」で監督デビュー。95年、「KAMIKAZE TAXI」は海外でも高い評価を受けた。ほかの監督作に「金融腐蝕列島・呪縛」(99年)、「突入せよ!あさま山荘事件」(02年)、「魍魎の匣」(07年)、「クライマーズ・ハイ」(08年)などがある。初めてハマった日本のポップカルチャーは「月光仮面」「まぼろし探偵」などの桑田次郎(現・桑田二郎)のマンガ。中でも、悪役のクラーク東郷が大好きだったそうだ。
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