一色伸幸:連続ドラマW「配達されたい私たち」の脚本を担当 「リトマス試験紙のようなドラマ」

脚本を手がけた「配達されたい私たち」について語った一色伸幸さん
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脚本を手がけた「配達されたい私たち」について語った一色伸幸さん

 映画「私をスキーに連れてって」(87年)や「僕らはみんな生きている」(93年)などヒット作を数多く世に送り出してきた脚本家の一色伸幸さんが、自身のうつ病克服体験を元に脚本を手がけたWOWOWの連続ドラマW「配達されたい私たち」(WOWOWプライムで毎週日曜午後10時)が放送中だ。「うつ病という自分が命をものすごく粗末に扱った経験から、その貴重さに気づいていく話を描いた」と話す一色さんにドラマやキャストへの思い、今後について聞いた。(毎日新聞デジタル)

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 ドラマは、うつ病になった主人公・澤野始(塚本高史さん)が、自殺するため訪れた映画館の廃虚で7年前に捨てられた7通の手紙を拾い、“人生のカウントダウン”としてその手紙を配達するが、その向かう先々でさまざまな出来事に巻き込まれていく……という出会いと別れ、再生をテーマにしたヒューマンコメディー。始の妻・正美を塚本さんと初共演の長谷川京子さん、始が最初に手紙を渡し、その後も始と関わることになる理髪店を営む岡江有を栗山千明さんが演じている。

 ◇うつ病の時期は「すべてに実感がない」

 一色さんは人気脚本家として活躍していた93、94年ごろにうつ病を発症。2年ほど、「すべてに実感がない。笑うこと、泣くこと、もっと根源的な食べること、性欲とかも含めたすべてに感覚がない。ドラマでは澤野が役として『心がない』という言い方をしていますけど、とにかく感覚がないんです」という時期を過ごした。

 克服したのは「寝ていただけです。うつ病って諸説あるんですけど、結局原因が分からないんですね。米国ではウイルス説もあるくらいで(笑い)。原因が分からないから治し方もないわけですよ。唯一治せるのは時間だけなんです。うつ病って治らないという人もいるんですけど、僕の実感からすると治るんですよね」とじっと時が過ぎ治るのを待った。

 その克服体験をドラマにしようと考えたのは二つの理由がある。「一つは、うつ病が僕がかかったころに比べると誰でも知っている病気になったから、今だったらあまり余計な説明がいらないなということです。もう一つはこの作品を最初に小説で書いた時点からだいぶ時間がたって、それで客観視できるようなるとやっぱり面白い、コメディーだなというのがあって。普通の人間がやることって、幸せになりたい、結婚したい、子供を作りたい、健康でいたいとか全部生きていることを前提にしているじゃないですか。その一番前提となる生きていくことが嫌というのが不思議というか、とてもコミカルなことだなと時間がたつとそう思えてきたんです」と語る。

 ◇みんなで悩んで手探りの現場だった

 ドラマの「うつ病という自分が生きていること、命というのをものすごく粗末に扱った経験から、どこかその貴重さに気づいていく話」を託す相手として主役は塚本さんに白羽の矢が立った。8年ぶりに塚本さんと仕事をしたという一色さんは「塚本はすごく誠実に(この役について)迷ってました。同じうつ病でも症状の表れって人によってまたは状況によって違うじゃないですか。このシーンは感情をちょっとでも出すのか、出さないのかなど、2カ月間の撮影で最初の1カ月は彼も僕もそのほかの出演者のみなさんも、みんなでとにかく悩んで手探りでした」と難しい現場だったことを明かす。

 ただ、それもすごく幸せな時間だったと振り返る。「わりと今、子供向けのドラマが多いので、病気だから悲しい、というすごくマンガチックな表現になっているじゃないですか。でも、この作品はそうではなく、すごく大人向けの話にしているので、本当にみんなで悩みながら作れるというのはうれしいなと思いましたね」と手応えを感じた。

 悩みながらの手探りの現場だったが、「結構、栗山さんも明るい子だし、楽しかったなあと。(出演者やスタッフには)割と温和な人が多かったし。ただ、時間はかかりましたね。スタッフが映画の方なので、ここまで丁寧に撮るかねというくらい丁寧に時間をかけた撮り方をしていました」と充実した時を過ごした。

 ◇完成作は「見るたびに印象が違う」

 完成した作品について、「見るたびに印象が違うんですよね。結構楽しく笑いながら見れたり、割と深刻に見ちゃったり。分かりやすい展開をする話ではないので、主人公はこれからどうなっていくんだろうっていう娯楽作であることは間違いないんだけれども、どこか見る人の“リトマス試験紙”のような存在にならないかなと思っていて……」と表現する。

 例えば「塚本(さんが演じる始)は自分で死ぬこと、自分で自殺することに対していろんな理屈を言って正当化しようとするじゃないですか。それをこいつバカだなあと思って笑える人もいるだろうし、どこか同じような気持ち、そうだろうなと共感するような人もいるだろうし。見る人の心の状態や感じ方である場面が笑いになったり、同じ場面が悲しかったりというふうになっていかないかな、と思っています」とメッセージを送る。

 ◇書けるものより書きたいものを書く

 一色さんがうつ病を克服した後、手掛ける仕事に変化があった。「克服したから何か固く決意したということは特にないんですけど、無意識にはあるんだと思います。例えば自分が書けるものを書くというよりは、書きたいものを書く。何か発注されて、それは書けるから書こうというより、発注されなくても自分が本当に書きたいものをやっていこうというようになりましたね」と自発的になった。

 3月に放送された東日本大震災の被災地、宮城県女川町に実在する「女川さいがいFM」を舞台にしたドラマ「ラジオ」(NHK総合)の脚本を手がけた。その際に被災地を取材し、「ちょっと変な感覚なんだけれども、被災地の人たちがうらやましいなと思いました。自分たちの町をなんとかしなきゃいけないっていうことでみんなで一つになって、毎日生きがいを感じている。もちろん得た痛みの代償なのかもしれないけれども、ちょっとうらやましいなって」と感じた。「僕らってそんなにみんなで必死に思えることってない。『配達されたい~』の始も一回捨てた命というものの価値を取り戻しているので、ただ漫然と毎日を生きている僕らよりは絶対に彼は生に執着するだろうな」と今作との共通点を感じている。

 今後については「また全然違う形で被災地を取り上げてみたいなと思っています。企画としてはコメディーが一つ、あともう一つは小説。両方を今、やっています。小説の方は夫婦のラブストーリーのようなちょっとヘンテコな作品です」と明かした。

 <プロフィル>

 いっしき・のぶゆき、1960年2月24日生まれ、東京都出身。82年、火曜サスペンス劇場「松本清張の脊梁」で脚本家デビュー。映画「私をスキーに連れてって」(87年)が大ヒットし、その後、「彼女が水着にきがえたら」「病院へ行こう」(ともに89年)、「僕らはみんな生きている」(93年)などの映画や「ハーフポテトな俺たち」(85年)や「彼女が死んじゃった」(04年)などのドラマの脚本を手がける。著書に、うつ病の体験記「うつから帰って参りました」や題材にした小説「配達されたい私たち」がある。

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