夏の終り:熊切和嘉監督に聞く 主演の満島ひかりとは「一緒に悩みながら探り探りだった」

最新作「夏の終り」について語った熊切和嘉監督 (C)2012年 映画「夏の終り」製作委員会
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最新作「夏の終り」について語った熊切和嘉監督 (C)2012年 映画「夏の終り」製作委員会

 瀬戸内寂聴さんのロングセラー小説「夏の終り」を、熊切和嘉監督が映画化し、8月31日から全国で公開されている。妻子ある不遇の作家である年上の男性・小杉慎吾を小林薫さん、そして、激しく求めてくる年下の男性・木下涼太を綾野剛さんが演じ、2人の間で苦悩する女性・相澤知子を満島ひかりさんが演じている。奇妙な三角関係を、静寂の中に情熱をたたえた映像で描き出した熊切監督に聞いた。(上村恭子/毎日新聞デジタル)

ウナギノボリ

 −−原作で一番引かれた部分、映画にしたいと思ったところはどんなところだったでしょうか。

 ヒロインのキャラクターに引かれました。みっともなくて不器用で、言動も激しい知子に、新しいヒロイン像を見つけました。慎吾と涼太との奇妙な三角関係にも興味が引かれました。実際に瀬戸内さんがその年代だったころの話を書いたエッセーも読み、原作にない知子のイメージを埋めていきました。

 −−配役のポイントを教えてください。

 満島ひかりさんの型にはまらない演技が好きで、お願いしました。気は強そうだけどチャーミングで、知子の女性としての“いやらしさ”も出せると思いました。小林薫さんは以前、僕の作品「海炭市叙景」に出ていただきました。ひょうひょうとした憎めない雰囲気が慎吾という役にピッタリだと思いました。あと、着流しが似合いそうだった。僕の中にあるヒモ的な男性の持つイメージが、背が高くて猫背気味なんですけど、それを体現してくれそうだと思いました。綾野剛さんは、ちょうどこの映画のキャスティングを考えているときに、ドラマ「カーネーション」に出ているのを見て、いいと思いました。今どきのイケメンにはない、不健康な雰囲気を出せるのではないかと思いました。

 −−満島さんは現場ではどんな女優さんでしたか? 役についてどんな話をしましたか。

 彼女は表現的な芝居をするというより、核になる部分を役に落とし込んでいくタイプの女優です。明確な物語がないので、話し合いというより、一緒に悩みながら探り探りやっていきました。

 −−原作にはさほど描写がない知子の職業の「染色」を、かなり丁寧に描写していました。そこで表現したかったことは?

 自立している女性という部分をきちんと描かないと、三角関係でただのだらしない女性になってしまうと思いました。染色を調べていくうちに、それ自体が面白いと思ったというのもあります。染色をしているシーンは、女性として凜(りん)として美しい知子を撮るよう心がけました。満島さんには先生に指導も受けてもらいました。染色作業の、細かいディテールが重なっていって、作品完成に向かって静かに高まっていく感じを、知子の心情の変化に合わせて見せています。ある種、アクションシーンのようなつもりで作っていきました。

 −−映画にない時間、知子の過去や将来を感じさせられました。時間の描き方のこだわりを教えてください。

 知子の回想シーンをどう入れるかに悩んで、編集でいろいろなパターンを試しました。説明的にならないよう心がけたんです。後半、出会いと別れをひっくるめて同列で見せていく構成にしていて、現在の時間軸だけではない描き方になっています。時間の描き方は難しかったですけど、ポイントになったと思います。

 −−昭和30(1955)年代を描くのに、小津安二郎監督や成瀬巳喜男監督の映画も参考にしたと聞きましたが、どんな部分を大切に再現したのですか? ロケ地を探すのに苦労したのではないですか。

 当時の映画を見ると、なんてことのない道に人の気配がするんです。あと、道に看板が多いのも特徴。映画のほかに、木村伊兵衛さんの写真集も参考にしました。ロケ地探しは大変でしたが、加古川に舗装されていない道があって、その場所に出合えたのは大きかった。最後の駅のシーンは、大学の裏で撮りました。日本初のカラー映画「カルメン故郷に帰る」の看板が出てきますが、その看板作りはワクワクしましたね。

 −−レトロな小道具、モダンな衣装も見どころで、映像のすみずみまで時代の雰囲気が出ていますね。子猫も印象的です。

 猫が好きなんで(笑い)。淡路島の保護施設から譲り受けた子猫で、とてもいい芝居をしてくれたので、もう一度、別の作品に出そうとしましたが、成長してしまったら、もう芝居をしてくれませんでした。猫は今、うちで飼っています。

 −−今作の取り組みで大変だったところと一番の思い出のシーンを教えてください。

 初めての時代ものに低予算で取り組んだことが大変でした。低予算だからといって安っぽい映像にはしたくなかったので。思い出深いシーンは港のシーンです。背景がストップモーションになるところは、現地のエキストラさんに「3、2、1」で動きを止めてもらって撮りました。タイミングを合わせるのが難しかったですけど、楽しかったです。

 −−監督がこれから撮りたいテーマは? また、最後に今作をこれから見る人に一言お願いします。

 いろいろあります。戦争ものもやりたいですし、今作と次に公開する「私の男」と男女ものが続いたので、男性を主人公にした作品を作りたいです。時代に取り残されたおじさんの話を撮りたいです。

 あと、一言としては、ここまで照明を落として暗闇を出して陰影をつけた映画は、最近なかなかないと思います。DVDで見ると波が出て見づらいです(笑い)。ぜひ、映画館のスクリーンで楽しんでください。

 <プロフィル>

 1974年生まれ、北海道出身。「鬼畜大宴会」(97年)で一躍注目を浴びる。手がけた映画に「アンテナ」「ノン子36歳(家事手伝い)」(ともに2008年)、「海炭市叙景」(10年)、「莫逆家族 バクギャクファミーリア」(12年)、「BUNGO ささやかな欲望−人妻−」(12年)など。公開待機作に「私の男」(14年公開予定)がある。

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