米アップルの創業者で、2011年に56歳で亡くなったスティーブ・ジョブズさんの半生を描いた映画「スティーブ・ジョブズ」が1日から全国で公開中だ。映画は、ジョブズさんの大学中退から40代前半までを中心に描いている。メガホンをとったのは、今作が日本では劇場公開初作品となるジョシュア・マイケル・スターン監督。「これは、絵画でいうなら印象派の作品で、写真ではない」と語るスターン監督に話を聞いた。(りんたいこ/毎日新聞デジタル)
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−−ジョブズさんの功績や人柄を総括的に知るには、またとない作品でした。その一方で、ジョブズさんのファンの中には、この作品を物足りないと感じている人もいるようです。そうした声をどのように受け止めていますか。
人それぞれ見方はあるだろう。ただ、映画はすべてを語ることはできないし、知られている事実から離れてゼロから作り上げることもできない。映画とは、最終的には物事に対する印象や解釈だと思う。スティーブ・ジョブズの本も出回っているが、それらを全部入れることはできない。いくつかの事実があり、そこから何を作り上げるかが問題なんだと思う。
−−取材はどのように進めていったのですか。
リサーチ専門のスタッフ2~3人を中心に調べた。さまざまな事実を照合したり、(過去の)インタビューを見聞きしたりした。時には同じ出来事について、スティーブとウォズ(アップル共同創業者のスティーブ・ウォズニアック氏。演じているのはジョシュ・ギャッドさん)の言っていることに食い違いがあることもあった。記憶違いということもあるだろう。そういうときには、ここはスティーブ的な見方をとるか、ウォズ的な見方をとるかで取捨選択していった。ウォズが、(この映画について)事実と違うと言ったことは知っている。でも、記憶というのはとても主観的なものだと思う。僕らは事実から解釈する、あるいは(事実から感じた)印象をとった。だからこの映画は、絵画でいう印象派のようなもので、写真ではないんだ。
−−評伝モノを扱う場合、ゴシップ的な話や悪評を強調して描くか、あるいはそういうものは極力抑えて描くか、どちらを選ぶかで悩むことはないですか。そういうときの選択はどのようにしていったのでしょう。
すべてはバランスの問題だと思う。スティーブに関することはたくさんの記事で読むことができるけれど、それをどう解釈し、実際に起きたこととどうバランスをとるかということなんだ。例えば映画には、妊娠しているガールフレンドにスティーブが「出て行け!」というシーンがある。非常に荒っぽいことだと思うが、そういうことがあったということは記事にもあるし、そう書かれてある文章もたくさんある。だからそれは事実だけど、それをどう解釈するかということなんだ。
ほかにも、マイク・マークラ(アップルの法人化に尽力した人物。アップルを退社するまでCEOを含む重役を務めた。演じているのはダーモット・マローニーさん)が映画に出てくるが、彼は最初に(スティーブに)多額の投資をし、そのあとずっと一緒にいた。しかしのちに、ビジネス上では息子同然のスティーブを取締役会での投票によって退かせ、今度、スティーブが戻ってきたときには追い出された。人によっては、(ペプシコ社から引き抜かれアップルのCEOに就任した)ジョン・スカリー(マシュー・モディーンさん)との関係のほうが面白いというかもしれない。でもスカリーは、スティーブと関わっていた時間があまりにも短過ぎた。だから僕からしてみると、マークラとの関係の方が面白い事実だった。結局、フィルムメーカーにとって、いろんな事実がある中からどこを取り上げれば面白いストーリーになるか、語るべきストーリーはどれなのかが問題で、そうなるとやっぱりバランスということが大事になってくるんだ。
−−ジョブズさんを演じたアシュトン・カッチャーさんは、あなたとの初めてのミーティングのとき役になり切って現れたそうですね。どのような姿で現れたのですか。
外見的にはいつもの彼の格好だと思うが、すごく微妙な仕草、例えば前かがみだったり、静かな語り口だったり、僕が今作のプロデューサーに「アシュトンはこういうふうにできる」といえる証拠を十分にくれた。役が欲しい役者として非常に賢い手段だったと思うよ。
−−カッチャーさんは、投資会社を設立し、デジタル業界に投資したりするなど、デジタル技術にも詳しいそうですね。彼のそういう才能があなたの演出上、役立ちましたか?
彼は、僕らの統率をとってくれた。例えば、この時代にこのチップはまだできていないからと捨ててしまったり、スティーブが話をする演台の色が違うとか、いつも何がしかチェックをしてくれていた。とても助かったよ。
−−晩年のジョブズさんを演じたカッチャーさんの“化けぶり”は見事でした。ただ、その場面が少なくて残念でした。
この映画は、スティーブの若いころからiMacが出る直前まで、つまり、彼が40代前半までの話が中心だ。だから年をとってからのスティーブは、この映画は、みんなが知っているスティーブの若いころの話だということを知らせるためのもの。彼が年をとってからの話は、この先、ほかの映画がやってくれるかもしれないね。
−−あなたにとってスティーブ・ジョブズという人はどのような存在なのでしょう。
スティーブに会ったことはないが、僕は最初、彼のことを、丸いめがねと黒いタートルネックのセーターを着て(新製品紹介などの)スピーチをする人、程度にしか知らなかった。でも、若いころの彼はヒッピーで、すごくフラストレーションを抱えていて、怒っていて、風呂に入らず、においがしたとか、説得したけどみんなに反対されたとか、そういうことを知るにつれ、ものすごい発明家であると同時に、とり付かれた人、とり付かれているけど物事を成し遂げる人間だと思うようになった。物事にとり付かれている人というのは、世の中に大きなダメージを与えることもできるし、非常にポジティブな影響も与えられる。カリスマ的リーダーにもなりえるし、狂信的な人の精神的支柱にもなりえる。彼は、そういう熱狂的、狂信的な人々のメンタリティーをよく分かっていたと思う。
−−ご自分がジョブズさんに似ていると思うところはありますか。
僕は、映画のことを考え始めるとそれだけしか考えられなくなる。だからその点において何かにとり付かれる感覚は分かる。それは呪いでもあり祝福でもある。ひとたび頭の中にそれが入ってしまうと、それ以外考えられなくなり、ほかの人からも、たとえそれが自分が愛する人からでも、自分が切り離されてしまうんだ。だからスティーブの奥さんが(映画の中で)「なぜあなたはここにいないの?」と言っているが、あの感覚もよく分かるんだ。
−−映画の中で、ジョブズさんの家の中にアインシュタインの肖像画が掛けられていました。それが、しばしば見かけるジョブズさんの晩年のポートレートに似ていたのですが、あの絵に特別な意図はありますか。
アインシュタインの絵はリサーチャーが調べて、実際、彼の部屋に飾ってあったんだ。いわれてみれば、確かに似ているね。
−−最後にメッセージをお願いします。
スティーブは日本が大好きだったよね? だから日本の人もスティーブ・ジョブズの映画は大好きなはずだ。いや、大好きになるべきだよ!(笑い)
<プロフィル>
米ニューヨーク州ニューヨーク市出身。テレビムービーなどの脚本を手掛けたあと、2005年、「Neverwas」で映画監督デビュー。その後「ケビン・コスナー チョイス!」(08年/日本未公開)を監督。今作「スティーブ・ジョブズ」が日本初公開映画となる。
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