1900年以降の米メジャーリーグで初の黒人メジャーリーガーといわれるジャッキー・ロビンソン(1919~72)の半生をつづった映画「42~世界を変えた男~」が1日から全国で公開中だ。メガホンをとったのは「L.A.コンフィデンシャル」(97年)や「ミスティック・リバー」(2003年)などの脚本で知られるブライアン・ヘルゲランドさん。今作はヘルゲランドさんにとって4作目の劇場映画監督作で、脚本も自身で手がけた。「ジャッキー・ロビンソンという偉大な人物の物語を、果たしてスクリーンで描くことができるのか。映像作家として、その挑戦を受けて立ちたかった」と語るヘルゲランド監督に話を聞いた。(りんたいこ/毎日新聞デジタル)
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ヘルゲランド監督はこれまで「L.A.コンフィデンシャル」をはじめ、「サブウェイ123 激突」(09年)や「グリーン・ゾーン」(10年)といったサスペンスタッチの作品を多く手掛けてきた。だが今作は人間愛が強く表れているという点で、これまでとは趣を異にする。
「僕はもともとアイデンティティーをテーマにした作品が好きなんです」と澄んだ青い目で、言葉を選びながら静かに話し始めたヘルゲランド監督。「これまでも、自分のアイデンティティーを見つける、あるいはそれを強く保つ人間の物語を描いてきたつもりです。かつて作った『ROCK YOU! [ロック・ユー!]』もアイデンティティーについての映画でした」と自身としては今作も従来の作品と同じ系譜であることを強調する。加えて、「今は米国という国自体が、自らのアイデンティティーを模索している。だからこそ、ジャッキー(・ロビンソン)という人間の存在が、米国がこれから進むべき道を指し示すことができるのではないかと思ったのです」と今作に込めた思いを語る。
ヘルゲランド監督の心をとらえたジャッキー・ロビンソンという人物は、1947年当時、白人選手だけで構成されていた400人のメジャーリーガーの中にたった一人で入って行きプレーをした黒人選手だ。ジャッキーを待ち受けていたのは観客やマスコミ、チームメートらからの「出て行け!」の大合唱だった。しかし、ジャッキーはそうした周囲からの罵詈(ばり)雑言に屈せず、黙々とプレーし続けることで自らの力を周囲に知らしめていった。やがて、誰もが認める選手となり、多くの人々の尊敬の的になったことは、彼が付けていた背番号「42」が、メジャーリーグで唯一の全球団共通の永久欠番になっていることが物語っている。また、2013年4月には、イチロー選手らメジャーリーグの全選手が、背番号42を付けて試合に出場したことでも見て取れる。
「彼(ジャッキー)は、大リーグ初の黒人選手。探検家であれ宇宙飛行士であれ、1人目というのは何が起こるか分からないところに足を踏み出すのだから、その勇気たるやものすごいものがある。彼がユニホームを着てメジャーリーグに初めて登場した47年4月15日は“始まり”に過ぎなかった。当時の野球シーズンでは、年間156試合ぐらいをこなしていた。その間、自分のことをやじる観客に姿をさらさなければならない。そんな中で毎日プレーする勇気もすごいし、彼はそこで味わったつらさを、一切、家庭に持ち込まなかったのだそうだ。それもまた、ものすごいことだと思います」とその偉大さに感服してみせる。
偉大なのはジャッキーだけではなかった。彼を支えた人々も素晴らしかった。そのうちの一人が、ジャッキーを発掘し、彼にメジャーリーガーとしての最初の一歩を踏み出す機会を与えた球団のGM、ブランチ・リッキーだ。演じたのはハリソン・フォードさん。実は、当初ヘルゲランド監督は、誰もが知り、イメージが確立されているフォードさんをリッキー役に起用するのにはためらったという。しかしフォードさんと話をし、彼がリッキーという人物を完全につかんでいることを知ると、その懸念を取り下げた。その判断が正しかったことは、映画を見れば明らかだ。
もう一人、偉大な人物として挙げられるのが、ジャッキーの妻レイチェルさんだ。彼女は、夫ジャッキーが亡くなった翌年の73年に「ジャッキー・ロビンソン財団」を設立。以来、才能あるマイノリティーの若者たちに奨学金を交付している。そのレイチェルさんを極めて魅力的に演じているのが、ニコール・ベハーリーさん。ジャズシンガーとしても活躍をしており、目下ハリウッドで注目を集めている女優だ。「実際のレイチェルさんもそうですが、2人とも勇気や強さ、忍耐力などを継続して維持することができる人物。そうしたことが(映画では)うまく伝わったのではないかな」と自身の演出は脇に置いて、その魅力をたたえた。
レイチェルさんご本人は、今回の作品を完成前の仮編集の段階で見たという。終映後、たくさんの人に囲まれているレイチェルさんに監督は「10分もかかって声を掛け」、感想を求めると開口一番、「あんなにキスするとは思わなかったわ」と言われたのだそうだ。その答えに面くらい、「えっ? どう思われました?と聞き返したら、脚本を読んだけど、あんなにキスするとは思わなかったわ、とまた言われたんです(笑い)。そのとき彼女は、涙ぐんでいるようにも見えました。これは僕の印象に過ぎませんが、40年前に生き別れた伴侶と、その晩、再び一緒に過ごすことができたと思ってらしたんじゃないかな。だからそういう(キスという)親密なシーンに反応されたのではないかなと僕は思っています」と当時の様子を回想する。そして、一呼吸おいてから「(日本で)ヒットするしないにかかわらず、この映画が彼女(レイチェルさん)にとってそれだけのものであるなら、それだけで僕は、作ったかいがあると思っているんです」と笑顔を見せた。映画は1日から全国で公開中。
<プロフィル>
1961年、米ロードアイランド州生まれ。「L.A.コンフィデンシャル」(97年)の脚本をカーティス・ハンソン監督と共同で執筆、米アカデミー賞脚色賞を受賞し注目される。99年には、「ペイバック」で長編映画監督デビュー。ほかに、「ROCK YOU![ロック・ユー!]」(01年)、「悪霊喰」(03年)の監督作がある。脚本を担当した主な作品に、「ブラッド・ワーク」(02年)、「ミスティック・リバー」(03年)、「マイ・ボディガード」(04年)、「サブウェイ123 激突」(09年)、「グリーン・ゾーン」「ロビン・フッド」(ともに10年)がある。
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