大統領の執事の涙:ダニエルズ監督に聞く 主役はデンゼル、ウィルに断られた!? 真相語る

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 アイゼンハワーに始まり、ケネディ、ジョンソン、ニクソンら、1950~80年代に7人の米合衆国大統領に仕えた黒人執事の半生をつづった映画「大統領の執事の涙」が全国で公開中だ。綿花畑の奴隷からホテルの給仕をへて、ホワイトハウスの執事になったセシル・ゲインズ。執事としての誇りを持ち、大統領に忠実に仕えたセシルと、そんな父を恥じ、反政府運動に身を投じていく息子ルイス。これは、セシルの波乱に満ちた生涯を描くとともに、父と子の関係をつづった物語でもある。メガホンをとったのは、「プレシャス」(2009年)が高く評価されたリー・ダニエルズ監督。実話を基にしたこの作品について、ダニエルズ監督は「みなさんには、セシルがかわいそうとか、かかわった黒人がかわいそうとかあわれに思ってほしくない」と話す。来日したダニエルズ監督に、養子にとった監督自身の息子との関係を織り交ぜながら、映画について聞いた。

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 −−そもそも、あなたをこの作品に向かわせたものはなんだったのでしょう。

 この作品においては、公民権運動は背景であって、核は父と子、家族の映画。黒人家庭における父と子の物語というのは、これまで映画ではあまり描かれてこなかった。そこに引かれたのが理由の一つ。それと、僕は13歳のときに父を亡くしている。父とはあまりいい関係ではなかったけれど、この作品の企画に関わった当初、13歳の息子との関係がぎくしゃくしていた。そういったことも影響したと思う。

 −−その後、18歳になられた息子さんとの関係は改善しましたか?

 まだだね。前よりはよくなったけれど。どの親も、自分の子供と険悪な関係になる心構えなんてできていない。僕は、愛する人とケンカをするのが嫌なんだ。息子のことを愛しているからこそ、いさかいには心が痛む。映画のセシルとルイスもそうだよね。互いに愛し合っているけど考え方が違った。それはときに危険なことで、何年も言葉を交わさないなんてことになってしまう。僕は、息子とそんな関係にはなりたくない。

 −−セシルをフォレスト・ウィテカーさんが演じていますが、当初、デンゼル・ワシントンさんやウィル・スミスさんにオファーして断られたと聞いています。

 デンゼルは断ってないよ。オプラ(セシルの妻役のオプラ・ウィンフリーさん)もそうだけど、僕らは日ごろから何か一緒にできないかと話をしている間柄だ。デンゼルは最初のころ、この映画の脚本を書いていたくらいだ。監督をやるとか、プロデューサーをやるとかいう話も一時期、出ていた。彼に正式にオファーをしなかったし、だから彼が断ったということもなかった、というのが事実。ウィルは確かにパスしたけれど、ちょうど似たような企画が彼にあったからなんだ。だから、断られてがっかりということはなかったよ。

 −−みなさん仲がいいんですね。

 そうさ。実はデンゼルとウィル、ビヨンセで、「お熱いのがお好き」(1959年)のリメークをやりたいと僕は言い続けているんだ。だけれども、デンゼルとウィルは絶対やらないと首を縦に振ってくれない。だけど僕が決してあきらめない人間であることは彼らも知っているから、(映画化に向けて)頑張るよ(笑い)。

 −−監督が考える、主演のフォレスト・ウィテカーさんの魅力を教えてください。

 彼は、純粋で誠実で、美しい心の持ち主だ。それに謙虚。オスカー俳優なのに、オーディションでわざわざせりふを読んでくれたりした。これはすごくめずらしいことだよ。今回リサーチをしている中で、実は僕は米国の白人に大きな怒りを感じていたんだ。かつて彼らが、僕らの先祖を含め家族を痛めつけ、命を奪ったということに対してね。撮影初日にその怒りを抱えたまま現場に入ったら、フォレストが「リーだめだよ、(魂を)解放しなければ。もし自分の中にそうした気持ちを飼ったままにすると、それがどんどん育っていき、それに殺されてしまう。そうではなく、自分で一段高みに上がらなきゃ」と声を掛けてくれたんだ。

 −−そのアドバイスに助けられたわけですね。

 そう。ただ、そうはいっても人種問題や人種差別問題というのは、冷静に“高み”に上がろうと思ってもなかなか難しい。それに現代はどちらかというとサブリミナル(潜在意識)な差別がある。例えば、黒人だとタクシーを止めにくいとか、(レストランなどで)給仕に時間をかけられてしまうとかね。会話のトピックスとして出しても語りつくされているから、周囲はみんな飽き飽きしている。僕自身、ずっと語ってきているから飽き飽きなんだけど、でも現実としてある。とにかく、フォレストがそういうふうに言ってくれたことは、一番の贈り物だった。

 −−あなたは黒人であり同性愛者ですよね。

 ノー。僕はゲイじゃないよ。

 −−えっ!?

 (真面目な表情で)僕はゲイじゃない。

 −−でも……(汗)。

 ……ははははは、うそだよ、ゲイだよ。ロンドンのトークショーでも、「あなたはゲイですね」と言われて「僕はゲイじゃない」と返したら、司会者が冷や汗をかいていた。やったね、今回もまた、だませたよ(笑い)。

 −−あなたは、黒人でありゲイという二重のマイノリティーの立場にあります。そのことがあなたの作品作りに特別な影響を与えていると思いますか。

 米国で黒人男性であることすら大変なのに、さらにゲイであることは大変なことだ。でも、そのお陰でしなやかな強さを持てたと思っている。子供の頃、僕はいじめにも遭っていた。5~13歳の間は男子トイレに行くといじめられるからトイレに行くのを我慢して、学校が終わったら速攻で家に帰っていた。見かねた母が、13歳の時、僕を別の学校に転校させてくれた。だけど、今度は新しい学校で、黒人だということで白人から差別的な言葉をかけられるようになった。そんなふうに育ってくると、一種のシールドのようなものをかぶるようになるんだ。そのせいで他人の目には生意気とか傲慢と映ったかもしれない。でもそれは自分の劣等感や不安、あやうさを守るための装置でもあったんだ。

 −−あなたが作る映画には、そうしたあなた自身の経験が反映されているのでしょうか。

 僕がこれまで描いてきた物や人は、自分が知っている人たちや事象ばかりだ。自分が知らないことを監督として描いても、ほかの人が見て、信じられるようなものにならないと思っているからね。だからこそ、今回のホワイトハウスのシークエンスは撮るのが怖かった。というのも、あそこには行ったこともなければ、働いている人たちに会ったこともなかったからね。ホワイトハウスがらみ以外の部分での登場人物は、すべて自分が見知っている人だ。今後の映画作りにおいても、僕は、声なき者に声を与え、見られざる者に顔を与える、それをやっていきたいと思う。

 −−「それでも夜は明ける」のスティーブ・マックイーン監督、「フルートベール駅で」のライアン・クーグラー監督など、最近、黒人監督の作品が話題になっていますが、何かきっかけがあったのでしょうか。

 僕らも互いにこういう作品を手掛けていることを知らなかったくらいだから、偶然だろうね。ただ、こういう映画がいっぺんにこの世に出たということは、映画史の上で美しいことだと思う。「それでも夜は明ける」は奴隷制度、僕の作品は公民権運動、「フルートベール駅で」は現代の事件を描いているけれど、それぞれ重要な時期の物語であることに、何か神様のおぼしめしのようなものを感じるよ。

 −−その中でよきライバルは誰ですか?

 ライバル? 僕らはみんなブラザーだよ! アカデミー賞候補の発表のときだって、普通だったらエージェントや母親に最初に連絡するところを、スティーブ・マックイーンはまっ先に僕に電話をくれた。僕らはベストフレンドさ。お互いを支え合っているんだ。

 <プロフィル>

 1959年、米ペンシルベニア州出身。初プロデュース作「チョコレート」(2001年)で主演のハル・ベリーさんに黒人初の米アカデミー賞主演女優賞をもたらした。05年、「サイレンサー」で監督デビューし、09年の監督2作目の「プレシャス」は、アカデミー賞助演女優賞、脚色賞を受賞した。最近の作品に「ペーパーボーイ/真夏の引力」(12年)がある。ダニエルズ監督は自身が同性愛者であることを公表しており、おいとめいを養子にしている。

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