SPECIAL EDITED VERSION 『ONE PIECE』魚人島編
第8話 弱虫で泣き虫!人魚姫しらほし
12月22日(日)放送分
話題の書籍の魅力を担当編集者が語る「ブック質問状」。今回は、米作家のジーン・ウルフさんのSF小説で、刊行から約40年の時をへて翻訳された「ピース」(国書刊行会)です。同社編集部の樽本周馬さんに作品の魅力を聞きました。
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−−この書籍の魅力は?
本書は、アメリカのSF、ファンタジー界の巨匠ジーン・ウルフが1975年に発表した初期の長編です。米国中西部に住む老人オールデン・デニス・ウィアが静かに自分の人生に起きた不思議な出来事、奇妙な事件を回想する、というのが大まかな物語ですが、回想はすぐに脱線したり、まったく別の物語が突然始まったり、謎めいた描写がずっと続いたりと、とにかく普通でない語り方で、初めてジーン・ウルフの作品を読む人は若干戸惑うかもしれません。ただ、じっくり読み進めていくと、バラバラで何も関係ないように思っていた物事や人物が少しずつからみ合っていく。必ずハッとする瞬間が現れます。それがジーン・ウルフの小説を読む快楽であり、物語を読む快楽、魅惑そのものなのです。
−−書籍が生まれたきっかけは?
国書刊行会では1960~70年代の伝説的なSFを集めた「未来の文学」というシリーズを出していまして、その第1弾としてウルフの初期中編連作「ケルベロス第五の首」を刊行しました(柳下毅一郎訳)。これも相当謎めいた、ある種難解なSFなのですが、幸い多くの読者に受け入れられました。この本の帯には「魔術的技巧でつづられた連作ゴシックミステリSF」と書いて、訳が分からない(笑い)といわれましたが、実際そうとしかいえない小説です。
このとき、私も担当編集としてジーン・ウルフ作品に接して、この人はすごい、はっきりいってジェイムス・ジョイスやウラジミール・ナボコフと同じレベルの作家であると確信しまして、これからジーン・ウルフの未訳小説をずっと出していこうと決心しました。この「ピース」のあとに、最近のファンタジー大作である「ウィザート・ナイト」(全4冊)、短編集「ジーン・ウルフの記念日の本」も刊行準備をしております。時間がかかっていますが……。
−−編集者として、この作品にかかわって興奮すること、逆に大変なことについてそれぞれ教えてください。
この作品、というかジーン・ウルフの作品にかかわって興奮することは、編集担当としても読者としても同じなのですが、「私は作家に信頼されている」と強く感じることです。つまり、ジーン・ウルフはわれわれ読者に「きちんと読めば楽しめるよ」と、読者に全幅の信頼と期待を寄せている。それはつまり文学のすごさをウルフが心底信じているということなんだと思います。それは絶対に揺るがないということをその作品で感じさせてくれる。
逆に編集担当として大変なことは、文章が大変に凝っていて難しい。本書の翻訳は3年かかりました。これもファンタジーの名訳者である西崎憲さんが中心になって進めたから3年で済んだのであって、普通の人なら10年かかるか、出来損ないのものを1年で出してごまかすか、途中で投げ出すかでしょう。正直こんな凝った文章や謎がちりばめられた箇所をよく訳せるなあと感心しっぱなしでした。このあたりもウルフ作品があまり翻訳刊行されない要因かと思います。
あと、読者として大変なことは、ウルフははっきりと「お前なら(よく読めば)分かるはずだ」と信じているはずなので、真剣にあらゆる読みを駆使して読書しなければならない。読書は暇つぶしではなくて、イノチガケの行為となる。しかし、快楽に満ちたものですが(こうなると読書の奴隷というべきでしょうか)。あと、ウルフ作品は再読以降が一番楽しめるので、時間がかかります。これも大変といえば大変ですね、ほかの本が読めなくなりますから。
−−最後に読者へ一言お願いします。
ジーン・ウルフの小説を一度読めば、世界の見方ががらりと変わります。それはモノクロだった画面が極彩色になるぐらいの違いです。人生に絶望している人はこの真のマスターピースである「ピース」を読んでください。
国書刊行会 編集部 樽本周馬
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