瀬戸内寂聴さんが執筆し、これまでに100万部を超えるロングベストセラーとなっている小説「夏の終り」。寂聴さんが1962年から63年にかけて発表した「あふれるもの」「みれん」といった連作から構成されており、主人公の女性が、妻子ある小説家と、年下のかつての恋人の間で揺れ動く気持ちがつづられている。寂聴さんが自らの体験を基に著したとされるこの作品を、「海炭市叙景」(2010年)が高く評価された熊切和嘉監督が映像化した。主人公の相澤知子には満島ひかりさん、年上の小説家・小杉慎吾を小林薫さん、かつての恋人・木下涼太を綾野剛さんが演じている。昨年の劇場公開時には興行収入2億円という、いわゆる“アート映画”としてはヒット作となった。3月19日にDVD/ブルーレイディスク(BD)化されたこの機に熊切監督に、改めて作品について聞いた。
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−−光越しに浮かび上がる人間のシルエットなど、光と影の対比がきれいでした。
カメラマン(撮影)の近藤龍人くんや照明の藤井勇さんとはいつも組んでいるんですが、当初から陰影の美しさを表現しようと話していました。芝居もからめて、手前の電気を消したら(俳優が)シルエットになるとか、そういうことを計算して撮っていった。特に今回は昭和30(1955)年代の時代もの。かつてのモノクロの時代の日本映画は、陰影の美しさがあった。それに近いことをやってみました。
−−慎吾役の小林さんによると、熊切監督は手応えを感じる芝居を見ると「いいなあ、いいなあ」とおっしゃるそうですが、今回の作品でとりわけ「いいなあ」と感じたシーンはどこですか。
知子が慎吾の本妻から電話を受ける場面です。実は長回しで、ワンテイクしか撮っていません。押さえとして手元の寄りなど説明的なものも撮ったんですが、それは一切使いませんでした。あそこは今でもものすごいカットが撮れたと思っています。
−−慎吾の奥さんが、電話の相手が知子だと気づく場面ですね。二言、三言言葉を交わしたあと、画面がふっと暗くなります。あのときの知子のなんともいえない表情が印象的でした。知子を演じた満島さんは、役にスムーズに入れる方ですか。
知子という役はすごく難しい役だったので、僕も演出には迷いましたし、満島さんと互いに探りながらやっていった感じです。ただ、満島さん自身は、怒るとかストレートに感情を表現する場面は割とすっと(役に)入る女優さんのような気がします。その点でいくと、あのシーンは彼女もつかみやすかったんじゃないでしょうか。というのも、あの場面の撮影では、奥さん役の安部聡子さんには、あえて満島さんとは顔を合わせないようにして、別の建物から電話をしてもらって撮ったんです。奥さんがどんな顔をしているか満島さんには見せずに撮影したので、その異様な緊張感が生まれてよかったと思います。
−−映画の後半で「わが谷は緑なりき」(1941年)と「カルメン故郷に帰る」(1951年)の看板が映ります。あのあたりの一連の場面は、現在と過去が混じっていて、正直なところ、見ていて混乱しました。監督ご自身、冒険だったのではないですか。
冒険でした。分かりにくいとよくいわれます(笑い)。出会っていく話と別れに向かう話が同列に進んでいくような印象にしたかったんです。それに、「わが谷は緑なりき」は41年の製作ですが、日本公開は50年。公開は遅かったんです。
−−つまり、「わが谷~」の看板が映っても、「カルメン~」と同時期の出来事ということですね。ちなみに、「カルメン~」の看板を使ったのには特別な意味があるのですか。
「カルメン~」は、日本初のカラー映画で、時代を表しているということがありました。それに今回の作品の回想シーンは、当時の総天然色カラーのような色調にしています。その答えがそこにあるというか、いってみれば「カルメン~」に対するオマージュに近いんです。
−−ほかに冒険した場面はありますか。
知子が涼太の部屋に泊まって朝を迎えたとき、彼女が慎吾の手を握っていたと思ったら、(慎吾が)ぱっといなくなって知子の手がポトっと落ちる場面。あれは、ちゃぶ台がカメラを遮ると一瞬黒味になるので、それを利用して、(慎吾役の)薫さんがいるのといないのとで同じ動きを撮ってつないでいるだけという、超アナログな方法なんです(笑い)。満島さんの手を下ろすタイミングが違うとずれるので、そこは感覚で撮りました。
−−旅から戻った知子を、慎吾と涼太が港で出迎えるシーンでは、ストップモーションのような映像がありました。あれも不思議な感覚に陥りました。
見ている人を、一瞬、宙が浮くような感じにさせたかったんです。実はあれは(編集で加工したのではなく)現場でやっているんです。綾野くんが去っていったのに合わせて、5、4、3、2、1でエキストラにピタっと止まってもらって、そこに薫さんが来る、みたいな。止まる瞬間はコンピューターグラフィックス(CG)でも止めているんですが、(普通に撮ると)服が揺れたりするので、その瞬間にはみんなに止まってもらいました。だからカメラも自由に動けるんです。
−−今回一緒に仕事をされて、改めて、満島さんの魅力はどのようなところでしょうか。
まさに期待していた通り、芸能人っぽくないというか(笑い)。あがきながらやっていく、すごく人間的な女優さんだと思います。知子というのは、自分がどうしたいか混乱している感じの女性。満島さんにとってもある種、どうしてよいか分からないような役なので、その混乱のまま演じてもらったところがあります。多分、満島さん本人もそれをどこかで分かっていたんじゃないでしょうか。
−−涼太役の綾野さんは、現場ではどんな方でしたか。
綾野くんは、すごく熱い人です。「監督、こうもできますよ、こうもできますよ」といろいろ提案してくれる。例えばたばこの火を消すタイミングでは、「監督、どっち(の演技)がほしいですか。今は感情重視でやったので、次は見え方重視でやってみます」とやってくれたり。彼に、「じゃあちょっとやってみて」とやってもらって、それから選ばせてもらったりしました。
−−そもそも、今回この作品を作ろうと思った一番の理由はなんだったのでしょう。
なんでしょうね……。ただ、ジャンルは違えど、僕はきれいごとじゃない話のほうが好きなんです。善悪の基準を超えているというか、他人から見ると好ましく思われないようなキャラクターというか、そういうほうが僕は形にしたくなるんです。
−−最後に、DVD・BDだからこその見どころをお願いします。。
冒険したところもそうですが、それ以外の、ディテールにこだわった映画なので、そこも見ていただければと思います。例えば、慎吾が、知子がいないときにサボテンを買って来るんですが、当時、男の道楽としてサボテンがはやっていて、露店で売っていたらしいんです。実は慎吾の本家にもサボテンはあって、それはもっと育っている。そこには慎吾と本妻の歴史があるわけです。それを、慎吾の家を訪れた知子が見て打ちのめされる。知子に気づかれたときの薫さんの顔が、すごく好きなんです。そういうディテールの部分を楽しんでもらいたいですね。
<プロフィル>
くまきり・かずよし。1974年、北海道帯広市生まれ。大阪芸術大学の卒業制作「鬼畜大宴会」(97年)が第20回ぴあフィルムフェスティバルで準グランプリを受賞、劇場公開もされた。ほかに、「空の穴」(2001年)、「アンテナ」(04年)、「青春☆金属バット」「フリージア」(ともに06年)、「ノン子36歳(家事手伝い)」(08年)、「海炭市叙景」(10年)、「莫逆家族 バクギャクファミーリア」(12年)、「BUNGO ささやかな欲望−人妻−」(12年)がある。「私の男」(13年)が今年6月に公開予定。初めてはまったポップカルチャーは「ジャッキー・チェンの映画」。「初期のころの、タイトルになんとか『拳』とつくのは全部好き」だそうだが、中でも“隠れた傑作”として挙げたのは、小学校4年生のころにテレビで見た「ドラゴンロード」(82年)だという。
*……ブルーレイディスク:2枚組み、5800円(税抜き)▽DVD:2枚組み、4800円▽発売元:バップ
(インタビュー・文・撮影:りんたいこ)
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