海堂尊:新作小説「アクアマリンの神殿」 「バチスタ」の10年後描く 田口医師訪問編2

幼稚園児だった頃、アツシは愚痴外来で田口先生に話を聞いてもらっていたのだ (c)海堂尊・深海魚/角川書店
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幼稚園児だった頃、アツシは愚痴外来で田口先生に話を聞いてもらっていたのだ (c)海堂尊・深海魚/角川書店

 ドラマ化もされた「チーム・バチスタ」シリーズの10年後を描いた海堂尊さんの新作「アクアマリンの神殿」(角川書店、7月2日発売)は、「ナイチンゲールの沈黙」や「モルフェウスの領域」などに登場する少年・佐々木アツシが主人公となる先端医療エンターテインメント小説だ。世界初の「コールドスリープ<凍眠>」から目覚め、未来医学探究センターで暮らす少年・佐々木アツシは、深夜にある美しい女性を見守っていたが、彼女の目覚めが近づくにつれて重大な決断を迫られ、苦悩することになる……というストーリー。マンガ家の深海魚(ふかみ・さかな)さんのカラーイラスト付きで、全24回連載する。

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◇ 田口医師訪問編 2 再会

 ぼくは微笑した。とはいうものの本業の神経内科の教授にはなれず、横滑りで医療情報危機管理ユニットの特任教授なのだから、やっぱり大学病院というところはどこか歪んでいるのだろう。

 そう思うと、「どうでもいいんですよ、肩書なんて」という、田口先生の穏やかな口調には深い含蓄があるようにも思えてくる。

 Aiセンターが崩壊した時の話も以前、聞かされたことがあったけれど、ネットで検索しても情報は少なくてよくわからなかった。なのになぜぼくが、Aiセンターが壊れたことを知っているかと言えば、ぼくが今住んでいる光塔はその跡地に建てられたものだからだ。

 階段を下り、一階の非常階段の扉を、ショコちゃんはノックもせずに、ばあん、と開ける。

 その瞬間、幼稚園児だった頃の、懐かしい空気が部屋から流れ出してきた。

 不定愁訴外来、通称愚痴外来の一室で、ぼくは田口先生と久しぶりの再会をした。

 田口先生はいつもと変わらず、珈琲を飲んでいた。昔はこの部屋には、藤原さんというおばさん看護師さんが秘書代わりにいたけれど、とっくの昔に退職してしまって、今は誰もいない。

 田口先生はぼくとショコちゃんを見て、腰を上げた。

「これはこれは、懐かしいお客さんですね。せっかくですから珈琲でもいかがですか」

 田口先生は奥の控え室から、両手にカップを二つ、持って戻ってきた。

 手渡されたカップからは馥郁とした珈琲の香りが漂う。カップを受け取ったぼくは、言われる前に患者席に座った。その傍にショコちゃんが佇む。

 田口先生は椅子の背もたれに寄り掛かり、ぎしぎし、と椅子を鳴らす。

<毎日正午掲載・明日へ続く>

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