仕事ハッケン伝:アラサー芸人たちが出演を熱望 その理由は…

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 2011~13年にシーズン3まで放送されたドキュメンタリー番組「仕事ハッケン伝」(NHK総合)。「各界で活躍する著名人が“やってみたかった仕事”に一週間ガチで挑む姿」を追うをテーマにした番組で、出演者たちの葛藤や苦悩、挫折を経験しながら自分の新たな可能性を見いだす姿が伝えられてきた。同番組の河瀬大作プロデューサーは「著名人、とくにお笑い芸人の方から『出演させてほしい』とよく言われる」と明かす。なぜ、著名人が出演を熱望するのか、出演者と仕事の掛け合わせはどう決めているのかなど気になる質問を河瀬プロデューサーに聞きつつ、出演した「オリエンタルラジオ」の中田敦彦さん、「ピース」の又吉直樹さん、「たんぽぽ」の白鳥久美子さんと川村エミコさんに、その理由を聞いた。

ウナギノボリ

 −−まず「仕事ハッケン伝」が誕生した経緯から教えてください。

河瀬P:もともとは09年に放送された番組「地頭クイズ ソクラテスの人事」(同社)の「お仕事体験」コーナーを独立させたのがきっかけで、番組の意図は「タレントにガチンコで仕事をさせる」というシンプルなものでした。

 −−どのように撮影をしているのですか?

 河瀬P:テレビに出演されている方たちなので、カメラを意識する“タレント”なんですよね。番組の意図は「ガチンコで仕事をさせる」なので、出演者と就業先の社員さんのあいさつが済んだら、ディレクターとカメラマンはその場をすぐ去るようにしています。一人にさせられたタレントと、就業先の皆さんが初めてちゃんとコミュニケーションを取る瞬間です。その後は、就業先の方にランチに連れ出してもらったり、仕事内容を教えてもらったり、まるで新人のような状態になるわけです。

 −−出演者と挑戦する仕事の掛け合わせは、どのように決めているのですか?

 河瀬P:出演が決まったタレント本人に「挑戦してみたい仕事」についてアンケートをしています。ときどき、アンケートの回答を無視することがあります。本人の性格によって、あえて不得意そうな仕事に挑戦してもらうのです。たとえば、お笑いコンビ「インパルス」の堤下敦さんが酪農に挑戦した回なのですが、堤下さんのマネジャーさんから、堤下さんは「短気なところがある」と事前に伺っていました。そこで、人間の思い通りには動いてくれない“動物”を相手にしている仕事に挑戦してもらおうと考えました。撮影されていないところで、堤下さんはかなり牛たちに振り回されていたようです。ミスマッチが高い好感度を得た回になりました。

 −−番組では、仕事を体験する上で一つのミッション(使命)が課せられますね。

 河瀬P:そうですね。他の職業に挑戦する際、課せられるミッションの多くは、一週間、全力で取り組まないと作業が終わらないものばかりなので、撮影していようが必然的に真剣になって頑張るしかないんです。皆さん、考えて動きますが、必ず、一度は挫折する場面に遭遇します。そこを一緒に働いている就業先の皆さんが、励ましたり相談に乗るんですよね。ミッションを遂げたあとのやり切った涙、複雑な気持ちで流す涙と「いろいろな涙」が生まれます。本気で頑張った者だけが流す涙を見られるというわけです。

 −−お笑い芸人の皆さんが出演を希望する理由はどこにあると思いますか?

 河瀬P:社会人になら誰しもが感じる「30代の壁」というのがあると思います。この番組に出演していただいたタレントさんは、必ず最後に涙を流すんですよ。そんな番組はなかなか存在しないと思います。先日、「オリエンタルラジオ」の中田さんと話す機会があったときに、冗談で「ハッケン伝」トーナメントみたいなの面白いよねって聞いたら「ぜひ、やらせてください!オレ、優勝します」なんて本気で言ってたんですよ(笑い)。中田さんも、番組でスタジオジブリの映画宣伝プロデューサーに挑戦してから勉強系番組に出演する機会が増えたり、「ピース」の又吉さんもコンビニ業界の仕事を経験してから仕事内容の幅が広がった気がします。お笑いコンビ「ペナルティー」のワッキーさんも、大手中華料理チェーン店を経験してから体力系の仕事が増えたと聞いてます。テレビ画面にポンと出てきた20代から、経験と実力が問われる30代ということで、仕事の幅や自分の可能性を見出す次のステップへの足がかりになっているのではないかと思います。

  −−この番組の一番の魅力はどこだと思いますか。

河瀬P:「人間味が出てしまう」、これに尽きますかね。今している仕事とは、違う仕事や環境に挑むことで弱い部分をさらけ出し、テレビや舞台で見ることができない一面を見せてしまう。そして課題に立ち向かう姿を通して、“隠せない本音”が画面に伝わっているのだと思います。

 これまで、番組では「オリエンタルラジオ」の中田さんが、スタジオジブリでプロデューサーの鈴木敏夫さんのもとで映画宣伝プロデューサーを経験し、「ピース」の又吉さんはローソンの販売促進部に就業した。また「たんぽぽ」の白鳥さんは動物の飼育員、川村さんはパン職人に挑戦した。出演した皆さんに「番組の魅力」や「出演して得られたこと」などを聞いた。

 −−「仕事ハッケン伝」の魅力はどこにあるとお考えですか?

 オリエンタルラジオ・中田さん:この番組は“旅”に似ているんです。僕らは同じ業界、仲間と仕事をすることが多くて、まったく別の業種の人と仕事をすることがほぼないんですよ。例えば海外に行くと「日本ってこういう国なんだ」って分かるように、それをやることで、もう一度自分を分からせてくれる。番組を見るのも大好きなのですが「この人、実はこういうタイプの人間なんだ」というのが浮き彫りになるのがすごく面白いですね。

 ピース・又吉さん:芸人なのでネタを考えたりとかはずっとやってはいるんですけど、考えたことをちゃんと評価してくれる会社があったっていうのはうれしかったですね。なんか芸人って謎の仕事やないですか。自分らが面白いと思うことをやって「ウケるかな」「すべったな」って。その考えている時間には価値がないような気もしていたんですけど、就業先の会議に参加したら、普段やっているように、考えていることを言うことが評価される。そこが面白かったですね。

 たんぽぽ・白鳥さん:テレビということも、自分が芸人だということも関係なく、本当の新人として、今の自分とは異なる職種をガチンコで体験できるところです。

 たんぽぽ・川村さん:真剣ガチのところが一番の魅力だと思います。テレビだから「よく見せよう!」とか感動のために「ここでいったん、マイナスな方へ!」とか、私も参加させていただいたので分かるのですが、そういった類いの演出はなく、その職業その職業の本当の部分が見えるので、とても興味深く見入ってしまいます。それと「仕事ハッケン伝」は録画してもう一度見たくなる番組でもあります。二度目は「この職業の方にとっては、ここが最も大事な部分なんだ」など、一度目では気付かなかった新たな“ハッケン”があるのも魅力の一つだと思います。

 −−番組に挑戦してみようと思ったきっかけを教えてください。

 中田さん:この番組は芸人の間で有名なんですよ。僕も事前に又吉さんの回「ピース又吉×コンビニ業界」の評判とかを聞いていました。又吉さんがとんでもない才能を発揮したって。だから自分を試すいい機会にもなると思い、ぜひやってみたいと思いました。

 白鳥さん:憧れの職業ということもありましたが、バイトもすぐやめてしまうような人間だったので、仕事と本当に向き合うとはどういうことなのか、学べるチャンスだと思ったからです。

 川村さん:新しいこと、やったことがないことに挑戦するのは、脳にとってとてもいいことだと知ってから、「自分自身で向いている、向いていない!とか決めつけたりせず、なんでもやろう!やってみよう!」と、決めているのもあるのですが、違う世界に飛び込める機会なんてなかなかなく、ありがたいと思ったのと、小さい頃に憧れたことがあるパン屋さんで働けると聞いて、「パンが大好き!」という気持ちだけで飛び込んでみようと思いました。

 −−実際に本業以外の仕事に挑戦されてみていかがでしたか?

 中田さん:普通のバラエティー番組では、今まで培ってきたものを求められるんです。ですが、この番組は新人になるので、結果的に人間性、残酷なことを言うと才能もむき出しになる。つまり自分と向き合わざるを得ない状況になるんです。その結果「僕はこういう仕事の仕方をするんだ」というのが、はっきり分かった。たくさん調べ、その通りにやり、否定してって。それと、就業先のスタジオジブリや鈴木(敏夫)さんの、自分とはまったく違う仕事の仕方を知り、それを吸収することができたのが大きかったですね。

 又吉さん:まあ、大変でしたね。僕は芸人以外の仕事はできない人間だと思っているので、この番組やるってなったときに結構不安やったんですよ。あんまり前向きになれなくて。ちょっと引いたというか……。でも序盤で、僕ぐらいの考えでは「プロの世界じゃ甘いんだ」って言われて。それに会社の皆さんの熱量ですよね。それで僕もスイッチが入った。これはちょっと普段の仕事とは違うなって。だから僕、家に帰ってもずっとやっていましたよ。最後のプレゼンの時なんて、朝の7時まで作業して、寝ないでそのまま行きました。

 白鳥さん:初体験だったので、全部教えてもらおうという考えで行ったのですが、受身で教えてもらうことを待つのではなく「自ら観察して、考えて、動く」という大切さを学びました。

 川村さん:100種類近いパンの種類を一晩で暗記することや販売に関すること、目が引くようなポップ作りに、看板書きなど、お店に順応すること、そして次にパン作りのための技術。さらに、通常営業後の新商品の開発と、毎日の課題に、正直、想像以上に大変で過酷でした。しかし、いろいろな困難にブチ当たった時に支えてくださった店長、リーダーをはじめとしたベーカリーの皆さんのお陰で、とても充実した10日間になりました。

 −−最後に、番組出演を通して“ハッケン”できたことを教えてください。

 中田さん:それまでは、自分の考えと相方や放送作家の考えと、どう折り合いをつければいいか分からなかったんです。上司になってくれた鈴木さんは「あんまりだな」という案もボツにするのではなく、必ず少しは取り入れて全体のモチベーションを上げる。あれ以来、僕もそれを心がけています。「自分のネタと比較してダメ。だからなし」ではなく、納得できる何パーセントかは取り入れてお笑いのライブを作ってみたり。プロデューサー目線も入るようになりました。自分自身が変われた、大きな経験でした。

 又吉さん:相手の立場になって、何を求めているかっていうのを、以前より考える目線が生まれた部分があると思います。以前は、自分のネタ作りに関して、もうちょっとギャンブル性が高かったかもしれない。自分が好きなことをやって「イチかバチかウケてくれ」って願う感じだったんですけど、企業はそうではいけない。「ちゃんと調べる」ことを意識するようになりました。

 白鳥さん:私の場合は、とても厳しい上司の下で働きました。「すごく怖いなあ」と思って逃げたい時期もありましたが、その厳しさは仕事に対する真摯(しんし)な思いからであったり、その根底にある優しさからなんだと気が付きました。それを知ってから「こうやって仕事って面白くなっていくんだ!!」 という“ハッケン”がありました。

 川村さん:ベーカリーで「パンへの愛、お客さんへの感謝、仲間への尊敬」を、私は“ハッケン”できました。「愛、感謝、尊敬」この三つには、すべてが詰まっていると思います。そして大事なことは、貫くこと、考えをしっかり伝えること。何よりも“強い気持ち”だということを教えていただきました。現在も、ベーカリーの方と連絡を取らせていただいています。うそのない関係は、ずっと続くのだと思います。ベーカリーの皆さん、そして「仕事ハッケン伝」のスタッフの皆さん、このような機会を与えてくださり、本当にありがとうございました。

 *……2013年にレギュラー放送を終えていた「仕事ハッケン伝」(NHK総合)が20日に特別番組「仕事ハッケン伝・夏SP『パンサー 向井×東京駅 デパ地下」(同局、午後8時)が放送され、お笑いトリオ「パンサー」の向井慧さんが“デパ地下”のマネジャーに挑戦する。出演者は、中山秀征さん、お笑いコンビ「インパルス」の堤下敦さん、アイドルグループ「AKB48」の峯岸みなみさん。

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