実用書大手として知られる主婦の友社のライトノベルレーベル「ヒーロー文庫」。誕生から約2年と後発ではあるが、小説投稿サイト「小説家になろう」の投稿作品などネット小説から生まれた“なろう系”と呼ばれる作品が人気となっており、累計発行部数60万部を突破する作品が誕生し、すべての作品が増刷され、アニメ化が決まっている作品も出るなど好調だ。市場が飽和状態とも言われるラノベ業界で、新鋭として注目を集めているヒーロー文庫だが、担当編集は高原秀樹さんの“たった一人”というから驚きだ。高原さんに、ラノベ界新潮流のなろう系やレーベル誕生について聞いた。
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主婦の友社は、過去にはメディアワークス(現KADOKAWA)と提携していたことがあるものの、実用書の出版社というイメージが強い。ラノベに参入したのは、高原さんがなろう系に注目したことがきっかけだったという。ラノベは、出版社が主催する賞の受賞作や持ち込み、同人作品などの中から発掘するのが一般的だったが、近年は、テレビアニメが放送中の「ログ・ホライズン」(KADOKAWA)など小説投稿サイト「小説家になろう」に投稿されていたネット小説からもヒットが生まれている。
高原さんはケータイ小説の編集経験はあったが、ラノベに関してはヒーロー文庫を設立するまで門外漢だった。しかし「ログ・ホライズン」のヒットを知り、「小説家になろう」を見て「文章力が稚拙なものが多いのだろうと思っていたけど、ちゃんとしていた」と驚き、「ファンが多い作品は新人でもリスクが少ないのでは? 売れるのではないかと感じた」と商機と捉えたという。早速、高原さんは、100作以上の掲載された小説を読み、その中で目をつけた「理想のヒモ生活」「竜殺しの過ごす日々」を2012年9月に第1弾として刊行に踏み切った。
ラノベ業界は多数の出版社が参入し、毎月、大量の新刊が発売されることから、書店の棚は取り合いになっている。さらに、文庫だけではなく、1000円程度のソフトカバーの作品も増えつつあり、供給過剰の飽和状態とも言われている。ヒーロー文庫設立の際、他社のラノベの編集者や社内に意見を聞くと「文庫はやめた方がいい」という声ばかりだったというが、高原さんは書店で買い物をする学生などをリサーチして、若い人でも手に取りやすい文庫にすることを決めた。周囲の反対を押し切った形だったが、「竜殺しの過ごす日々」が11巻で約60万部、「ナイツ&マジック」が4巻で約28万部というように続々とヒット作が生まれた。
「小説家になろう」の投稿者は、出版社の目にとまることを意識している作家志望者がいる一方、読者を楽しませるのが目的でデビューには興味がない人もおり、投稿作品も玉石混交だ。人気の指標となるのは、読者数(ページビュー)のランキング。高原さんが商品化する際は「ランキングを気にしている」というが、「そもそもラノベに詳しくなかった自分が面白いと思ったものを選ぶ」と“臭覚”を頼りにしているようだ。
また、「小説家になろう」では、現代社会で生活する平凡な主人公がファンタジーな異世界に放り込まれ、活躍する……という“異世界もの”が人気を集める傾向があるという。ヒーロー文庫も「竜殺しの過ごす日々」「異世界チート魔術師」など異世界ものがほとんどで、高原さんは、人気の理由を「読者に近いキャラクターが、ファンタジーRPGのような世界で活躍するというのが感情移入しやすいのかもしれません」と分析する。
なろう系は一つのジャンルになりつつあり、出版社によってはネット小説の内容にほとんど手を加えずに出版しているものもあるという。一方で、ヒーロー文庫は「ネットを見れば十分」とならないように、オリジナルのエピソードを加えるなど、差別化を図っているのも特徴だ。
また、高原さんが編集の際にこだわっているのは“一般性”だ。例えば、ラノベやアニメにはMMORPG(多人数同時接続型オンラインRPG)やさまざまな専門用語が登場するが、ファン以外は理解できないことがある。なろう系の作品もネット掲載時は専門用語を説明しないものが多いが、ヒーロー文庫は「入口を広くしたい」という高原さんの思いから、きっちり説明して初心者でも読みやすくなるようにしている。
ヒーロー文庫の刊行ペースは月2~3冊と大手レーベルと比較すると刊行点数は多くはないが、担当編集は高原さんの一人のみ。また、高原さんはヒーロー文庫以外にも、ビジネス書や実用書など年間10冊程度を編集しているというから驚きだ。そんな中、高原さんは新人発掘のために「小説家になろう」の掲載作品を1カ月で100作以上チェックしており、驚異的な仕事量だが、「そんなに手間はかかりませんよ」と余裕の笑みを見せる。
ヒーロー文庫の成功もあって、各出版社がなろう系の作品を続々と刊行しているため、ダイヤの原石を求める編集者が増え、「小説家になろう」の人気作の獲得競争も起きているという。なろう系ブームの中、“一人編集部”で奮闘するヒーロー文庫の今後が注目される。
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